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第41話 クレイモア伯爵邸

馬車の中には、不気味な沈黙が支配していた。


いたたまれない。


エドは黙り込み、じっとしていたが、ファルクは私の髪を指に巻き付けて身を引き寄せた。


まずい。まずいですってば。


エドが猛烈にイライラしてきたらしかった。


「弟の前で恥ずかしいわ」


止めてくれないかしら。


だが、これを聞いて、ファルクは逆に喜んだらしい。


「そうか……」


そしてじっと見つめてきた。横では、不機嫌が頂点に達しているらしいエドが、かわいらしい唇をかんで、私たちを見ないように窓の外をにらみつけている。


「ティナ、結婚して欲しい」


私は、もう何が何だかどうでも良くなってきた。


なんなの?これ。


大体、伯爵家の御曹司が、何が悲しくて町娘なんかと結婚しなくちゃいけないの? おかしくない?


「大事にする。僕は次男だから爵位を継ぐ予定もない。誰と結婚しようが自由だ」


自由なわけがないでしょう! 騎士団長の妻が平民だなんて、しかも町の料理屋で働いていただなんて、身分違いも甚だしいと思うの!


私の知る限りでは、街のどこかにこっそり囲っておくくらいのものよ。それでも、上等らしいわ!


こんな、こんなにとろけるように大事そうに平民の娘の肩を抱いて、あからさまに結婚してくれとか言う男は、貴族の片隅にも置けないと思う。


「ファルク様、身分違いですわ」


そう! 身分違い。


ただ、その真意は、逆ですけどね! あんたは伯爵家の次男で、私なんかと結婚できるような身分じゃないの! 大体、貴族たるもの、家の存続を第一に考えるべきなのよ! ……次男だから、どうでもいいの? 


騎士団長は実力さえあれば、何でも許されるとでも言うのかしら。


騎士団長の地位を得るくらいだから、もっと常識的なんだと思っていた。なんか言っていることがおかしいけども。


「身分なんか関係ない……」


ファルクは本気なのかしら! 同じ伯爵家でも、色々あるのだけど、ファルクの家はどうなのかしら? 


店主のハンスは、名門伯爵家だと言っていた。


乗った馬車の御者は、行き先を聞いた途端に、ぐっと低姿勢になって、軽口を叩くのをやめてしまった。


余程の名門貴族なのだろうか。


「さあ、着いたよ。ここだ」


大きな門を貧相な馬車がくぐっていく。


豪勢な建物だった。


むしろ品がないくらいだ、と思ったのは内緒だ。


「僕の家だ」


ファルクは何が面白いのか、口元に笑いを浮かべながら言った。


彼は御者に投げつけるように金を払った。だが、御者は卑屈に喜んでいるらしかった。


「さあ、入ってくれ」


私はどうしたものか困った。


こんな町娘のなりでは、つまみ出されるか、女中の応募と間違えられるかも知れない。



それにもっと危険なのは、エドだ。


こんなところに連れ込まれて、万一、私が暴力を振るわれたりして気が緩んだら、彼は元の姿に戻ってしまうかも知れない。


「こんな立派なお屋敷、とても中へ入れませんわ」


私は言った。


「帰らせてくださいませ」


「ダメだ。家族に紹介したい」


な、なんですって?


「会ったばかりですのよ? 私はあなたをよく存じ上げません。ファルク様も私のことをよく知らないではありませんか?」


「それはどうでもいい。大体の見当はつくからね」


賭けてもいいけど、ファルクのその見当は、見当違いも(はなは)だしいってやつですわ!


「町娘など気楽なものだ」


ぐいぐい来るファルクは、屋敷の中に入っていく。


私のスパイ大作戦は、致命的な大失敗だった。


でも、どこの誰がこんな展開を予想できる?


遊びで連れ出されただけのはずの平民の娘が、伯爵家の御曹司から本気の求婚を受けるだなんて?



通りすがりの女中が、私と弟のエドを見て、びっくりしている。



「まあ、ファルク様!」


黄色い声がして、背後から軽い足音がする。


「どうなさいましたの? 今日は?」


私は妙な予感に背中が震えた。


どこかで聞いたような声……


恐る恐る振り返ると、そこにいたのは、かつての知り合いと、多分その妹……

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