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第35話 噂の真相

一週間、二週間経つうちに、じわじわとイズレイル先生が放ったらしい噂話は広がっていった。


最初は騎士たちだった。


「弟が学校から聞いてきたんだけど……」


このフレーズを聞きつけた途端、私は、店主のハンスさんに、代わりに料理を運ぼうと申し出た。


「おっ? 珍しいな? 気に入った男でもいた?」



「そんなんじゃありませんよ」


違いますよ。ここで働く本当の理由は、噂の収集だ。特に貴族たち、騎士たちの噂。



私はミートパイと、鴨肉のソテー、牛タンのワイン煮込みにパンやバターを添えてテーブルに持っていった。


「本当に生きているらしい」


「まさか、王太子殿下が……」


だが、彼らは私の姿を見ると口をつぐんでしまった。


「お待たせしましたあ」


わざとニコッと笑って見せた。

私に邪気はないのよ? ただの料理店の従業員なの。


だけど、全員ピタッと黙ってしまった。


仕方ないわ。話題が話題だもの、当然警戒するわよね。


「ごゆっくりー」


やはり、彼らもこの話題は人前でするわけにはいかないと思っているのだわ。


騎士たちは、私がいなくなると、急に頭を寄せ合いコソコソ声を潜めて話を始めた。


必死で、聞き耳を立てたが、どうしてもラビリアみたいなわけにはいかなかった。断片を拾うのが精いっぱいだ。


「スッゲー可愛い」


「クルな」


「どうする?」


何の話だろう。もしかして、十三歳のエドが可愛すぎて有名になっているんじゃないかしら。




夜の客はどうなのかな? 飲んでいれば、当然、警戒心も薄れているはずだ。



翌日、私は店主のハンスに聞いてみた。


「最近、騎士の皆さん、どんな噂をしています?」


「あれ? 聞きたいの? 興味あるの?」


店主が微妙に笑っている。


ほおおお? 何かあるのね。


「教えてくださいな」


「いやあ、最近はちょっと困った話題が多くてね」


店主は勿体(もったい)ぶって笑っている。


とくダネが期待できるのだろうか。


きっと、王都だけでなく地方でも噂が広がってきているに違いない。


エドウィン王太子が生きていると。




このところ、毎晩、私は手紙を送っていた。


イズレイル先生に言われたことを忘れたわけではなかったので、エドと私は、夜、魔法陣のある三階の窓からこっそり紙の鳥たちを放っていた。


「これは誰に?」


「南部地方に住む親友のジョージ」


彼の手を(つか)むと、親友のジョージの顔と、家のイメージが浮かぶ。堅牢な城だ。一度遊びに行ったことがあるらしい。


「行って!」


私は、先を尖らせた形に折った茶色い紙を、空に向けて投げた。


紙は自分で折り畳まれて精巧な鳥の形に変わり、やがて本物の羽を羽ばたかせて、南を目指して星空を飛んでいった。


「こっちは、ジョージの家の隣のメリキス家だ。ジョージの親戚だと言っていた。一度訪ねて歓待されたことがある」


エドの手から流れ込んでくるイメージの中のその家は、陽気な白亜の邸宅だった。騎士の家系らしい。


「メリキス家に行って!」


白い紙は使わない。白い鳥になってしまうから。白は目立つ。


わたしたちは、見つからないように行動しないといけない。


今度は灰色の紙で、灰色の鳥になり、夜空を飛んでいった。


「もし、途中で鷲や鷹に襲われたらどうなるの?」


エドが聞いた。


「紙に戻るのよ」


「文字は?」


「安心して。粉々に裂けるようにしてある。秘密は漏れないわ」


「そう。よかった」


鳥は方向を見定めるように、王都の上を一周すると、南を目指して飛んでいく。


「届くのはいいけど、その家を知らないといけないだなんてね」


「だって、届け先がわからないと、着かないに決まっているじゃない」



私は大きくて暖かいエドの手を離した。


家の中でまで変身していると、魔法力を喰ってしまう。

それで、家に帰れば、私は金髪のアルクマールのクリスティーナ姫に、エドは黒髪の大男、そしてラビリアは茶色のウサギの姿に戻っていて、もう寝ていた。


「郵便に魔力を使うから、変身魔法は控えないといけないの」


「すまない」


真っ暗にした部屋の中で、エドが言った。


外から見咎(みとが)められてはいけないので、あかりは、点けていない。部屋は、開け放たれた窓から見える満天の星の光で、ほんのり明るいだけだ。


「寒い思いをさせてしまった。下に戻ろう」




そう言うわけで、私は騎士の話には猛烈に興味があった。


そろそろ効果が現れてきても、いいはずじゃないかしら?


物騒(ぶっそう)な話とか?」


ハンスはちょっとびっくりしたらしかった。


「よくわかるね? 気がついていたの?」


私はニヤリと笑った。


「それは王太子殿下に関わる話とか?」


露骨に誘い水を向けてみた。


「え? 何言っているの。王太子殿下が生きてるとかいうバカ話? 誰も信じちゃいないって。最近、よく聞くけどね。そうじゃなくて、もっとずっと重要な問題だよ。ここんとこ、その話で揉めているらしい」


もっとずっと重要な問題? 揉めている?


「そ、そんなに大事な話があるんですか? もし、よければ、聞いてもいいですか?」


私は、無関心を装いながら、ハンスの言葉に全神経を集中した。


「うん。聞きたいらしいから言うけど、騎士の皆さん方は、誰があんたに交際を申し込むかで揉めている」


「……は……?」


……どこが重要なの?

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