第33話 ティナ、利用される
「うん。君のおかげなんだ。自分では何もできない」
ほらほらほら! 私って、役に立つでしょ?
「エドウィン王子が生きているなんて噂は危険すぎる」
ちょっと悲しそうな瞳でエドが言った。
「リール公爵が探すからですか?」
「もちろん。ずっと探し続けていると思う。彼らは俺の死体を確認していない。あれ以来」
あれというのは、ガレンから私たちが帰る時の襲撃事件の時のことだろうか。
私は、事件の詳細を知らない。おばあさまは知らなくていいと言った。
「君のおばあさまのおかげで、俺はガレンの街に飛ばされた。この家だ」
「え?」
全然知らなかった。
「あの時、戦って斬りつけられた。だが、それは毒の剣だったのだと思う。気を失ったところへ、君のおばあさまが現れて、逃してくれたのだろう。それからは、知っての通りだ」
エドが情けなさそうな顔をして笑った。
「何もできない。君のいう通りだ。金もないし、最初はボロの服をわざと買って街中に紛れていたけど、街角には俺の顔の絵が貼られていた。死体を見つけられなかったので、万一、ガレンの王都に、戻った時のことを考えたのだろう。怖くなった」
『弱虫!』
弱虫ではない。周り中が敵だらけなのだ。
「それに腕の傷が治らなかった。仕事を引き受けても、半分も力が出ない。半端な仕事をし損じた時、雇い主に顔を張られたよ。この口先だけ野郎って」
エドは弱々しく笑った。いい思い出ではないのだろう。
「だけど仕方ない。金もなければ仕事もない。だんだん追い詰められていって、このまま死ぬのかなと思っていた時、君に会った」
『こいつ、こんな時にティナ様を口説いてますよ。同情を買う作戦ですよ』
黙れ、ラビリア!
「腕の傷さえ治れば、どうにかできると思っていた。ラビリアが作っていたラビレットとポーション、劇的に効いたよ」
『え?……と? 知らないんですか。あれ、作ってたの、ティナ様ですよね?』
ラビリアも知らない。ポーションでは不十分だったこと。私が、魔力で彼の毒を抜いたこと。
知らないのね。あなたの命の恩人は、私なのよ?
「ただで恵んでくれたよね。ありがとう。しかも、こんな危険な冒険に巻き込んでしまってすまない」
『……はッ! やっぱ、こいつ、ティナ様の魔法目当てですよ? 絆されちゃいけません!』
「いいのよ、エド。だって、私は冒険目当てだし」
あなた目当てではないんだし。
「君の変身魔法があれば、俺は絶対に安全だ。安全さえ確保できれば、できることはたくさんある。先生からの噂だってそうだ。俺が生きていると噂になれば、貴族も街の連中も、必ず動揺する。今の王の存在に疑問を抱いて、離反する者が必ず出る。リール家をはじめとした王家は、きっと目の色を変えて俺を探すだろう。君の魔法がなかったら、噂を流すなんて怖いこと、決してできない。でも、それが一番効果的で、危険が少ない。」
エドの目がちょっと苦しそうだった。
「それに、手紙だってそうだ。まごうかたなき、元王太子の筆跡の手紙を王都、地方を問わず、鳥メールの魔法で送ることができる。全部、新しく書かれた内容だ。どこかで生きていることは間違いない。それだけで、政権は揺すぶられる」
エドは正直に言った。
「申し訳ない。君は冒険だと言ったが、利用されているだけだ」
「ほら、ご覧なさい、ティナ様」
ラビリアが毛を逆立てて私に言った。
「こんな奴に肩入れする必要なんかないのですよ? この男は、ティナ様を利用しているって言いましたよね? それ、本当です。彼は、今、浪人なんです」
それは知っている。
ラビリアは続けた。
「たとえ人物がどんなに立派でマッチョだろうと、彼は現政権にとって目の上のタンコブです。すごく邪魔」
事実だ。
「犯罪者ではないけれど、常に追われている立場なのです。暗殺される。誰が敵だかわからない。そして捕まれば殺される。いろいろな罪を、無実の罪を着せられて死ぬほかない」
エドの青い目は静かだった。わかっている。それでも挑戦しているのだ。
「挑戦するなら、自力でやればよろしい。ティナ様の冒険心を利用しているだけなんです。ティナ様がいなければ王都に入ってくることさえ出来ない腑抜けなのです」
「それは違うよ、ラビリア」
エドが抗議した。
「徒歩ででも国境を越え、一番近い貴族の家に泣き込みに行ったと思う。その家がどれだけ肩入れしてくれるかはわからないよ? だが、どこかの家が受け入れてくれると思っていた」
エドは言った。
「なにしろ、王位の継承は唐突で、俺が死んで王太子がいなくなったこと以外、俺の従兄弟が国王になる理由なんか全くなかったのだから。辺境から徐々に勢力を伸ばし、リール王家の失政を狙ったと思う」
「それ、何年かかるんですか?」
ラビリアが肩をすくめた。
「何年もかけたくなかった。だから、すぐに王都に行けるなら、その話に乗った。徐々になんて難易度が上がりすぎる。その間に王家と関係が出来て、利権を得るようになった家々は、俺の味方なんか絶対しないだろう。混乱に陥っている今が好機なんだ。逃すわけにはいかない」
「そんなわけで王女様を利用しようとしているのですよ、この男は」
ラビリアが締めくくった。
「今の話、ティナ様の魔法力に頼り切ったお話ですよね? 自分の力で乗り切ろうなんて気概、持ってないんですよ。それより、アルクマールに帰りましょう。いっくらこの男がティナ様の好み、どストライクの筋肉隆々でも、もっと体自慢が探せばいくらでもいますって」
「私は、筋肉フェチではないと、何回言ったら……」
「筋肉好きでないなら、余計、この男に執着する理由がないでしょう?」
理詰め? ウサギのくせに。
「お父様とお母様が、いい男を取り揃えて待ってらっしゃいますわ。ティナ様は末娘。政略結婚は、お兄様とお姉様が役割を果たしておられます。ガレン国の王太子との婚約は、生まれた時からの決め事でしたが、それがなくなった今、ティナ様は自由なんです。よりどりみどりのいい男に散々甘やかされて、お好きな方をお選びになって、お父様ともお母様とも、それから大好きな兄上様とも自由に会えて、今まで通り、アルクマールで何不自由ない生活を送れるのです。こんな暗殺者に狙われまくりの危険極まりない男なんか要りません!」
その上、ラビリアはエドに向かって言った。
「あなた様にしてもそうです。ガレンを離れ、アルクマールに頼る道だってあるのです」
エドは静かに首を振った。だが、ラビリアはひるまなかった。言い募った。
「アルクマールの王家は、あなたを決して粗雑にしないでしょう。あなたはアルクマールにとって有効なカードなんです。アルクマール王家は、表立ってガレンの今の国王に異議を申し立てたりしないでしょうけど、何かことが起きればあなたを王位に就けようと試みるでしょう。つまり、今の王が病弱だったとか、失政続きだったとか、王妃と仲が悪くなったとか」
王妃とはジェラルディンのことだ。王妃と不仲とは、リール家と敵対すると言う意味だ。王とリール家が対立すれば、当然、ガレンは不安定になるだろう。
ジェラルディン嬢はあまり、王妃向けの人材とは言えない。
それに彼女はいい男が好きだ。今の王がどんな人か知らないが……
「今の王は私の従弟だ」
エドが低い声で言った。
「私の伯母がその昔リール公爵家に嫁いだ。その息子だ」
従兄弟じゃないじゃないか。
「結構王家から血が遠くはありませんか?」
「彼しかいなかった。だが、血は繋がっている。だからこそ、皆が迷っている。やつは実は筋肉質じゃない。ヒョロヒョロだ」
「それはどうでもいいでしょう!」
全く、どいつもこいつも。男の評価は、そこじゃない! 頭だ、アタマ。
「有能な人物かどうか聞いているんです!」
「噂の限りしか知らないが……」
エドは躊躇いがちに言った。
「年は確か十四歳。おとなしいほっそりした知的な美少年だと聞いた。……それでポイントがなかなか高いそうだ」
「まあ。わかりますわ……」
私は深く頷いた。もう少し深く突っ込んでお聞きしたいわ。エドは、しかし話題を変えた。
「今がチャンスだ。俺がティナ様を利用していることはわかっている。だが、本当に数週間程度のことだ。それにティナ様に危険はない。この家にいる限り。なぜなら、この家には魔法陣がある。いつでも好きな時にティナ様は、ティナ様だけは安全なアルクマールに帰れるのだ」
ラビリアは鼻を鳴らした。
「つまり、危険人物はあなただけよね」
「そうだ」
ラビリアは呆れたと言う顔をした。
「認めましたよ、こいつ」
エドは早口になって言い出した。
「俺は命を狙われている。巻き添えになってはたまらない。あなたに万一があってはならない。あなただけは守りたい」
『何言ってんだ、こいつ。てめえが一番危険だっつってんだよ。ティナ様に手、出しやがったら得意の回し蹴りで顔面崩壊させちゃうからな。頭、回ってないのか。この前、ティナ様に厚かましくも結婚申し込んでいやがったくせに、忘れたんかい』
「忘れてんのよ、ラビリア」
私は生ぬるく笑いながら言った。
「私もその方がいいのよ。これは冒険物語なんだから」
忠兎、ラビリア




