第27話 王都の屋敷
私たちは、魔法陣で、一挙に例のガレンの屋敷に行くことにした。以前、ラビレットを売っていたあの建物だ。
「魔法で移動できるなら、それが最善だ。森の中の移動なんか、時間の無駄だ」
目つきの鋭い少年はあっさり言った。
「ティナの言う通りだ。問題は王都なのだ」
「そのお屋敷は危なくないですか? 一度襲撃されたことがあるんですよね?」
ラビリアが用心深く確認した。
「そうだ。でも、その襲撃はガレンの王家と関係はないと思う。ただのがめつい商人が、ラビレット売りを狙っただけだと思う」
私も頷いた。
「もし、魔法陣が壊されていたら?」
それでも信用できないらしく、ラビリアが聞いた。
「行けないだけよ。この場所から移動できない」
私は言った。
「だから、安全よ。次に取る手段に困るけど」
私は元気よく簡易魔法陣を草の上に敷いた。
「さあ、エド、こっちへいらっしゃい。大丈夫。心配はいらないわ」
簡易魔法陣は便利だが、いささか狭い。私は、茶色いウサギを頭に乗っけた少年エドをぎゅうむと抱きしめた。
「王都の屋敷へ、連れてって!」
幸いなことに、ガレンの屋敷の魔法陣は完全に無事だった。
三人は王都の魔法陣についた途端、バラけて倒れた。
ラビリアは、ちょうどいい時にエドの頭から離れた。
でなければ、エドの頭を踏み潰すところだった。侍女の姿に戻ったからだ。
エドは魔法陣の威力にものすごく驚いたらしく、真っ赤になっていた。
「無事でよかったです、ティナ様」
ラビリアが、侍女服を撫でながら言った。
「次は、この家がどうなっているか確認すべきね」
もう夜遅かったが、私たちは手燭を持って部屋を確認した。
襲撃してきた連中は、魔法陣の意味がわからなかったらしく、この部屋には汚い足跡がいくつかついていただけだった。
「下はどうかしら?」
恐る恐る降りていってみたが、机や椅子がひっくり返されたり、いくつかドアが壊されていたが、彼らは長居しなかったらしく、ほとんどそのままになっていた。
「使えるわ。ここをしばらく拠点にしましょうよ」
二階の食堂に私たちは陣取った。
「ティナ」
美しい少年が、まじめな青い目を向けて聞いた。
かわいい。
「手紙って、何通くらい出せるの?」
あんまり少年が可愛らしすぎて、私は身をくねらせた。
「そうね、一度に出せるのは十通くらいかな?」
思わず笑顔になってしまう。
「毎日?」
「毎日は厳しいかな。でも、何日かおきに出せばいいと思うわ。全部で何通くらい出したいの? エド」
「そうだな。俺も覚えている貴族の家がそう多くはないが……手紙を出すとなると、少なくとも宛先くらいは知っていないといけないよね?」
ラビリアがあくびを始めた。
「とりあえず、明日の朝でもいいんじゃないでしょうか? ここに人が住んでいるとは誰も思っていないでしょうし、ラビレットもポーションもないから、誰も襲ってこないと思います。みんな寝ましょう」
「そうね。睡眠は大事よね。さあ、こっちよ」
私は、エドを抱きしめた。なんて可愛いのかしら。
「寝巻きを出してあげる。一緒に寝ましょう。ベッドが一つしかないの」
「え? あの、ラビリアと寝れば?」
可愛い少年が真っ赤になった。
「ああ、お姉さんと寝るのが恥ずかしいのかあ」
私は寛大な気持ちになって笑った。
「大丈夫よ。三人で寝ましょう」
「いや、いいって」
「遠慮しなくていいわよ」
「あ、ほら、あんたって偉大な魔法使いなんだろ? ベッドや寝具くらい簡単に出せるんじゃないか?」
「こんな夜遅くに、めんどくさいこと言わないで。もう後は寝るだけなんだから」
「その、寝るのがですね……」
「子どもがごちゃごちゃ言うんじゃありません」
私はピシャリと言った。
あー、なんだか快感。今までずっと言われ続けてきたんだもん。逆に言うのって楽しいわ。
私もラビリアのあくびがうつってきた。
今日は大変だった。
だって、二回も魔法陣を使ったのだもん。その上、エドを可愛い少年に変身させたのよ。すっごくいい魔法の使い道だと思う。でも疲れたわ。
寝室に連れ込まれたエドは、それでもまだ抵抗していた。
「俺は一階の部屋でいいんだ」
「遠慮しなくていいの!」
すっかりお姉さんが板についた私は、たしなめた。
「いえ、そうではなくてですね……」
「あんなとこ、人が寝るところじゃないわよ。私は人非人じゃないわ。さっさと寝巻きに着替えなさい。でないと、お姉さんが脱がせちゃうわよ?」
エドは、それはそれで困るらしく自分で着替えた。
だが、まだ抵抗していた。
「狭くないか、そのベッド? 俺、下で寝るわ」
私はエドの襟首を掴んだ。面倒臭い。それに眠い。
「狭くないわよ。だってラビリアはウサギですもん」
もうラビリアは、いつもの茶色いウサギの姿に戻っていた。エドの目がまん丸になっていた。可愛い。
「ラビリアは、いつも私の足下で寝てるの。人は私たち二人しかいないから、狭くないわ」
人と一緒に寝るのって、あったかい。
なんだか久しぶりに熟眠した気がした。




