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第21話 婚約は破棄

私は晩餐に備えて着替えた。


ブルーのドレスは金髪に()える。


ビスマス侯爵を始め、あの時、一緒にガレンに渡った人々が全員顔をそろえるそうだ。


その中の二人はもういない。ガレンのせいで命を失った。


私は、ガレンの王太子にどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。



晩餐会は、大きい方の客間で行われていた。


ガレンの王太子の生死は、(おおやけ)には、はっきりしていない。

まだ生きていることが分かれば、ガレンはどうするのだろう。アルクマールにいることがわかれば、引き渡しを求めてくることも考えられる。



非公式な場なので、殿下は兄の王太子と並んで座っていた。


随分(ずいぶん)な差だった。


片方は亡命中の王子。もう一人は将来を保障された王太子だ。


「クリスティーナ様、ご着席」


従僕頭が告げる。


私が席に着くと、ビスマス侯爵が、国王陛下の目線を受けて重々しく口を開いた。


「残念なことではございますが、この度、エドウィン王太子殿下とクリスティーナ王女殿下の婚儀は再考の余儀(よぎ)なきに(いた)りました。しかし、王太子殿下は、身を(てい)してアルクマールの王女を守ってくださり、また、大勢の家臣を(かば)って頂きました。自身は、そのせいで大怪我を負い、生死の境を彷徨(さまよ)ったと(うかが)っております。王女殿下におかれましては、ご存じないことと思われますが、当時現場にいた者として、エドウィン殿下には御礼申し上げたいと存じます」


長い、婉曲(えんきょく)な謝辞が述べられた。


アルクマールとしてはガレンは許せない。しかし、殿下個人と今のガレン王家は別だと言うことだ。


私はチラリと殿下を見た。


黒い髪、大きくて(たくま)しい体つき、鋭い目を見た。



あれ? あれは…あの人は……?



「エ……ド?」


(ティナ)


エドウィン王子と言う人の口が、ティナという言葉を発する形になった。


その目が私を見て、呆然としている。




婚約は破棄されてしまった。


今この瞬間。


この人が、私の婚約者だったの?


あの古城で一緒に暮らした、貧乏騎士……?


ガレンの街で、ひっそり人目を避けて、腕に仕込まれた毒に命を細らせていた……?




むこうも負けず劣らず、驚いていた。



「どうかされましたか?」


隣席のうちの兄(アルクマールの王太子)が、エドの妙な反応に驚いて尋ねた。


「あ! ええと、その……いや、あんまり美人なので驚いてしまって!」


たちまち、兄と父が不機嫌モードに移行し、母が上機嫌モードになった。


「まああー。残念ですわねー」


娘を()められると、途端に機嫌の良くなる母がコロコロと笑い出した。


笑う場面ではないと思う。残念ですわねーって、王妃様、嫌味すぎでは。



「ざ、残念です。本当に。痛恨の極みです」


そこの正直者も、もう少し言い方、どうにかならないの?



私は、エドの驚きっぷりにかえって平静になった。


「あのー、クリスティーナ様は元々金髪なのでしょうか?」


そういえば、薄茶色に染めていたんだっけ。


「ティナは元々も何も、生まれた時から金髪だ。肖像画もそうだったろう」


兄のアルクマール王太子が少々不機嫌そうに答えた。


「そうでした」


どうして私がもらった肖像画は黒い目だったのかしら。


聞こうかと思ったが、もう婚約者でもない私が彼に興味を示すのはどうかと思ったので何も言えなかった。




しかし、この顛末(てんまつ)、どうしてくれる。


私は晩餐会から自室に戻って、怒りのあまり、クッションをベッドに投げつけた。


「エドが、名を名乗ってくれてれば!」


ラビリアが肩をすくめた。


「名乗らなかったのは、ティナ様の方じゃないですか。王女なんですもの、なんて気取っちゃって」


気取ってたわけじゃない。王族たる者、当然の配慮だろう。ほら、暗殺者とか色々いるし。


「だって、エド様の方は、散々名前聞いてましたよぉ?」


「それが……こんな結末に」


婚約破棄! くやしい。惜しい。かえすがえすも、何てことだ。


「名乗っておけば、結婚できたかも知れないのに!」


「ティナ様? 結婚したかったんですか?」


…………………。


「……別に」


「あー、痩せ我慢は良くないですよお」


痩せ我慢ではない。結婚したいとか思ってない。


何となく惜しいだけ。


「それ、なんですか? 何となく惜しいって?」


それは……可能性はとっておきたいかなと? 


そう。可能性だけよ!


私の理想は知的なすらりとしたタイプで、あんな脳筋系マッチョ体型は全然趣味じゃないんだから!



だけど、あんな目は反則だ。


あんな目で見られたら、うっかりついて行きたくなるではないか。庇護欲そそる貧乏痩せ騎士は気になるのよ。それに王子様なんだし。


「王子……それですかー」


軽蔑したように、ラビリアは言った。


「身分ですかー。なんかイマイチですね、ティナ様って」



バカにするなああ。


「いいこと? ラビリア」


私はラビリアに詰め寄った。


「冒険の香りがするわ」


ラビリアは鼻をヒクつかせた。


「しません」


「するのよ! これから、エドウィン王子は、王位を取り戻しにいくの」


「まあ、あんまり勝算(しょうさん)はなさそうですけどねえ。国王陛下がダメかも知れんとか言って、軍資金をケチってました」


お父様ったら! エドにお金くらい貸せばいいのに。


「でも、この私がついていけば、どうなると思う?」


私は腰に手を当てて、背筋を伸ばし、威風堂々、ラビリアを見上げた。


「足手まといでしょう」


何失礼なこと、言ってんの! 私は魔女よ?


「私は魔女よ? 魔法の限りを尽くして、エドを助けるのよ。そしてガレンの王位を取り戻すの」


素晴らしい冒険のテーマじゃない? 王位奪還。正当なる継承者のために。くぅ、かっこいい!


「えー……?」


「大丈夫よ! 任せなさい!」


ちょっと浮かれた。


王宮の奥深く、恋愛小説に埋まっているより、ガレンの街で物を売ったり、森でピカナの実を集めたり、カエルを馬に変える変身魔法に熱中している方が、ずっとずっと楽しかった。それに人々!


呆れられたり、笑われたり、感謝されたり、一緒に働いたりした。



いきなり古城での(ワン)シーンが(よみがえ)ってきた。


ウマの手綱(たづな)を片手に、屈託(くったく)なく笑いかけてくる元痩せ痩せの貧乏騎士だ。


一緒がいい。一緒にいたい。何かやりたい。


「冒険物語へ出発するわ」


私はラビリアに宣言した。

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