第17話 迎えにきたおばあさま
とにかく、いきなり、結婚の申し込みなんかされても判断がつかないわ。
「ティナ様、悩んでるくらいなら、エド様の話を聞いたらどうですか? 向こうは何でも話すって言ってるんだから」
ウジウジしているのには訳がある。
だって貧乏騎士が、貧乏騎士だったらどうするのよ。
「だからー。どんな相手なのか聞いてから判断すればいいじゃないですかー。なんか、それっぽい貴族の家みたいですしー」
それっぽいって、どんな家なの……。
何の用事で王城まで行くのか知らないけど、王城に出入りするくらいの家柄だと自慢されたような気がするわ。
「対私では自慢にならないけどねっ」
王城に出入りできても、私にはお目にかかれないのよ。
王家にお目通りが叶うのは結構だけど、それでも、王家の娘と結婚するわけには行かない。
「まあ、私があぁぁ……例えば、すっごく例えばだけど、あんな男が好きで、お父様に泣きを入れれば……まあ、それも結局は家柄次第だけど」
「何、一人でブツブツ言ってるんです、ティナ様。最近、気持ち悪いですよ」
それに、ますますエドに近寄りたくなくなってしまった。あんなことを言われたら、誰だってそうなると思う。
柱の影からとか、扉の後ろからとか、こっそり眺めるだけになると思うの。
「ティナ、何してるの?」
時々見つかって、ものすごく心臓に悪いんだけど。
「何もしてません!」
しかも、そう言う場合は、たいがい大笑いされる。猛烈に嬉しそうに。
「ラビリア、早く帰りましょう。もうすぐ、雪解けが始まるわ」
エドを見ていると精神衛生上、悪いような気がする。
「えー? エド様、あのままでいいんですかあ?」
「放っときましょう」
だが、その時、ずっと使っていなかった玄関で、誰かが叫ぶ声がした。
「クリスティーナ! どこにいるの?」
玄関の扉は雪で固まっていて、開かないはずだ。
「雪が溶けてきたんですよ」
ラビリアが興奮して叫んだ。
「あの声は、おばあさまだわ!」
「クリスティーナ?」
傍らで声がした。エドが初めて出会ったような顔をして、私を見ていた。
ああ。エドにはティナとしか名乗っていなかったから、クリスティーナと言う名前を知らないのだわ。
「私の名前よ」
私はエドのそばを離れて、おばあさまのところへ走っていった。
「なんだい、この出来損ないのウマは?」
走って一階のホールまで行くと、しかめ面をしたおばあさまが、緑色のカエルを嫌そうに一本だけ足をつまんで吊り下げていた。
「もっとまともな馬にならなかったのかい? それにこっちの斑馬はなんだ。顔がカエルのままだよ」
「ジャンプがうまいのよ」
私は出まかせを言った。
でも、私は嬉しかった。おばあさまが来てくださった。これで自分でどうにかしなくても済む。
変なポーション売りとか、妙な商人との付き合いとか、村人との付き合いとか、別に悪くは無かったけど、最後は訳のわからない連中に襲われた。
「二週間ほど前にガレンの街で襲われたんだって? どうして連絡をよこさなかった?」
「でも、連絡の取りようがなくて」
「このバカもの」
おばあさまは、一枚の紙を取り出すと、素早く畳んで私に向かって投げた。
紙は、おばあさまの手を離れた途端、綺麗にトリの形に折り畳まれ、次に本物の鳥になってバサバサと翼をはためかせて玄関ホールをくるりと一周すると、私の肩に留まった。
「ごめんなさい」
ああ、何回見てもおばあさまの魔法は見事だ。
私も教わったのだけど、私はスズメしか出せなかった。
「別に見た目なんか、スズメでもニワトリでも飛べばいいんだよ」
おばあさまは、スズメでも蚤でもいいから使いを出さなかったことを怒っていた。
「アルクマールに戻っておいで。変なポーション売りをしていたことも知っているよ。それから、あの男はなんだね?」
二階へ続く階段では、エドが目を丸くして、この光景を見ていた。




