第10話 滋養強壮剤、完売
一応、私は変装している。と言っても、髪の色を変えているのと、質素な村娘の格好をしていると言うだけなのだけど。
クリスティーナ王女殿下はいつも豪奢な礼装を纏っていた。
髪も高く結い上げ、花や宝石を飾っていた。
そして、今は生死不明ということになっている。
きっと誰にもバレないと思う。
一方でリンデの村の住人は、かつてない危機に陥っていた。
連中のほとんどが、算数ができないのでイマイチピンときていないらしかったが、村中の蔵や倉庫を領主特権で開けさせて計算したところ、春になるまでに完璧に食糧不足になることが判明した。
さすがに富裕な農家や、雑貨屋の親父は計算が出来るので、相当な危機感を持っていて、ケチケチ節約していたが、貧乏人ほど危機感は薄い。
「そんな連中、どうしようもないじゃないですか。神様だって助けませんよぉ。神の摂理って、そのことじゃないんですかあ」
助けられるものを助けないのと、神の摂理は別次元じゃないかと思うのだが。
「こっから数千マイル行ったとこにも似たような人いるかもしれないけど、そっちの人は助けなくっても良いんですかあ?」
ラビリアは、返事しにくいことばかり聞く。
それを思えば、顔出しくらい、なんの危険もない。髪の色も変えているしね。誰もアルクマールの王女だなんて思わないわ。
私は、ショールを、あのみすぼらしい騎士が上げた場所まで上げて、顔を出した。
そして、もう一枚紙を持ってきて、『一本、三十ジル』と書いて滋養強壮剤と書いた下に貼った。
「本当にあの騎士の言うとおり、こんなことくらいで効果があるのかしら?」
私は独り言を言った。
それから三時間後、持ってきた滋養強壮剤は、見事に完売した。
「理屈がわからぬ」
私はぼやいた。
「値段が分からないと、買いにくいと言うのは分かったが」
なぜかというと、私の顔に目を止めて、それからツカツカと買いにくる男がやたら多かったからだ。
女性もそうである。
ただ、女性は、わたしが子どもだと思い込んでいる人が多くて、それはそれで、何だか腹がたった。かわいそうにと思うらしい。
男性は、「お前と、この強壮剤は別売りか?」と聞く輩が多くて、話がさっぱり通じなかった。
午後にかかった頃には、商品は全部なくなったので、私は店じまいすることにした。
そして隣の食料品店に入り、買えるだけ食料を買った。
食料品店の女店主は私をじろじろ見たあげく、夕方以降は店を出さないほうがいいと妙なアドバイスしてくれた。
「ここらは治安はいいんだけどね。売ってる商品が滋養強壮剤だもんで、精力強壮の方に頭が行っちまってるらしい。可愛らしすぎる女の子だから余計心配だね」
心配? 何の心配?
「私は男っぽいと言われているのですが?」
「いや、とんでもない。あんたみたいに顔立ちの整った子どもには会ったことがないよ。心配だね。人さらいにあいそうだよ」
「人さらいって……いるんですか?」
私は不安になってきた。
「私は会ったこともないけど、たまに王都じゃ出るらしい。身寄りのない可愛い顔立ちの女の子は危険だと思うよ」
「それと滋養強壮剤って言うネーミングがちょっとね」
奥から出てきた食料品店の親父が躊躇いながら教えてくれた。
「どう言う意味で書いたの?」
「えーっと、飲むと元気になれるんです」
「どう言うふうに?」
「体調が良くなります。風邪症状や、下痢、便秘にも効きます。あと、持病の方ですね、良くなります。完全には治りませんが、症状が改善します。この薬は即効の栄養剤みたいなものなのです……」
親父は私の話をさえぎった。
「わかった、わかった。明日からは、滋養強壮剤はやめた方がいい。勘違いした男が大勢いると思うよ」
「勘違い?」
「即効の栄養剤。体質改善に効果あり。そう書いとけ」
親父はまじめな顔で言った。
「そうね。そう書いたほうがいいわ」
なぜか、食料品店の女店主も同意した。
「はあ。わかりました」
この人たちは、本気で心配してくれているらしい。
「商品の内容をしっかり説明することは大事だからな」
私は買った食料品を五回に分けて、三階まで運び、ぐったり疲れ果てて、城の屋根裏部屋に戻った。
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