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第1話 婚約破棄なんかされてません!

私はティナ。


アルクマール王国の王女。そして、この城の主人。


まあ、城と言っても忘れ去られたような、小さなお城。ゴージャスではない。


でも、森の中のこのお城は、石造で古めかしく、あたかも人の訪問を(こば)むような雰囲気があるけど、中の部屋の方は、自分の魔法力で私好みにかわいくリフォームしちゃった。壁紙や家具とかね。


裏側には、お茶にぴったりな日当たりのいい石畳のテラスがあって、花が咲き乱れている庭に続いている。


スローライフを楽しむのには完璧な環境(シチュエーション)。仲間は侍女のラビリアくらいのもの。



「ティナ様あ! 池に落ちちゃったんで、服、洗濯しといてください」


「なんで、池に落ちたのか先に言いなさい」


「だって、薬草を()んでいたら、草むらに入ってしまって、池と地面の境目がわからなくなったんですぅ」


またか。この侍女はかなり抜けているのだ。



私は、愛する王子様に婚約破棄されて、逃げるようにこの古城にやってきて住み着いたのだと、言われている。


……と、言われている。


誰だ、そんなウソを言って回ったのは!


私は婚約破棄されていないし、逃げるようにここへきたんじゃない。


自分の意思で! ここへきたのよ。





*********





婚儀の行列を麗々しく連ねて、ガレンの王国までついたはいいが、肝心(かんじん)の婚約者の王太子が不在だった。


「王子不在?」


青天の霹靂(へきれき)とはこのことである。



アルクマール国から一緒に付いてきた全員が顔をしかめた。


しかも、めっちゃムカつくことに、(自称)幼馴染、兼(自称)真実の愛で結ばれていると言う従兄妹ジェラルディンが出て来た。


「ごゆっくりお待ち遊ばせ。エドウィン殿下が帰ってくるまで。いつ帰ってくるのか存じませんが」


そう言うと彼女は持ってきた豪勢な扇で口元を隠して、薄笑いした。



『なんかイヤな女だな』


ラビリアはウサギ特有の高音で堂々と言い放った。人には聞こえない高音なので、それはもう堂々としたものだ。





言い忘れたが、ラビリアの正体はウサギ。


私の変身魔法で、侍女の格好をしている。


ほんのちっちゃな子ウサギの頃から、可愛がって育てて、嫁入りにも連れて行きたかったのだけど、ガレンの国ではウサギはペットとして認められていないそうで。


「ガレンのペット事情ですか?」


在ガレン大使は怪訝(けげん)そうに聞き返したが、律儀に答えてくれた。


「イヌかネコ止まりですね。ウサギは主に食用か毛皮を……」


この時点で、私はおばあさまに泣きついた。モフモフ命。


「ラビリアを連れて行きたいの。ラビリアを侍女にして」


おばあさまは知る人ぞ知る大魔女で、私の師匠である。


「仕方ないねえ。でも、あんたがやるんだよ?」


「わ、私が?」


そんな高度な魔法、失敗したらラビリアの命がない。無理。


「一緒に行きたいんだろう? お前の術でなければ、ラビリアの変身が()けても直してやれないよ? ラビリアが、ウサギの背肉(せにく)シチューになってもいいのかい?」


「ダメー!」


私は必死になった。おばあさまは満足そうに付け加えた。


「変身魔法を取得できたら、の話だけどね。ラビリアはお前に忠誠を誓う侍女になる。貴重だ。高度な魔法だから、修行に励まないといけないけど。できるかなあ?」




私はアルクマール王家の末娘で、誰からも甘やかされ、可愛がられていた。


「王女殿下はガレンの王太子の婚約者なのですから、少しはそれらしく……」


「勉強なんかまるで必要ないだろう。今のままで十分美しく、可憐で、愛らしい。可愛いのだから良いではないか。ガレンの王太子は果報者である。腹ただしい」


兄の王太子が口を(はさ)んだ。横で父が残念そうな顔をしながら、(うなず)いている。


「婚約者からの溺愛も、過ぎると色々と心配である」



まだ、会ってもいないのに、もう溺愛の心配? どこからそんな自信が? 私は危惧(きぐ)していますのよ?


なぜなら、私は読書が大好きなので、王太子の婚約者の多くがたどる道を知っているの。お父様はご存じないと思いますけど、この世には婚約破棄がとても多いのですよ?


侍女たちも同じような本を好むので、本には不自由しない。王女様のためにと言って、彼女たちは次から次へと新刊本を買ってきてくれる。


それによると婚約者とは、幼馴染とか義理の姉妹とか転生者の男爵令嬢と、真実の愛に目覚めて、パーティの席上で婚約破棄をする機会を(ねら)っている生き物なの。


本を読めば読むほど、正当な婚約者の私は不安が増してきた。


「でも、王太子妃教育に(いそ)しんでも、婚約破棄は避けられない。しかもその多くが断罪とセット……」



忠実な侍女……よろしい。必要だわ。


私はおばあさまに頭を下げて、変身魔法をモノにすることを誓った。




「最近、クリスティーナは花嫁修行に、いやに熱心に打ち込んでるそうじゃないか。エドウィン王太子の肖像画がよほど気に入ったのか?」


父のアルクマール国王は複雑そうだったが、肖像画が届いた時期と、おばあさまに脅された時期がたまたま重なっただけなのよ。


「エドウィン様は、男らしいステキな方ですのね!」


「あのティナ様が、突然、花嫁修行に(はげ)みだされるだなんて!」


侍女たちはキャアキャア騒いで、何回も違うと言ったのに信じてくれない。


届いた肖像画は、一枚は半身、もう一枚は全身像だが、いずれも筋肉を強調している……ように見えるんだけど。


黒い髪と炯々(けいけい)とした黒い目。大柄で筋肉隆々なためか、横のウマがポニーかなんかに見える。


何だか、怖そうな人だ。


私は、スタイル細め、理知的メガネが好きだと(父の誤解を解くためにも)、必死で弁明に努めたのだが、十五歳の趣味は、母にも叔母達にも、その上、義姉にまで大笑いされた。


屈辱である。


「わかってないわねー、ティナ。男性は(たくま)しさが魅力なのよ?」


「実際に、会ってみなければわからないわよね」


なんだ、その上から目線。子ども扱いして!




「クリスティーナ様は本当にお美しいですから」


「金髪の長い巻き毛に、夢見るような青い目、陶器のような白い肌。整った小さな目鼻立ち。うっとりします」


「本当に、こんなにお美しい姫君様にお仕えできて幸せですわ」


侍女たちが嬉しそうだ。


「これは溺愛路線まっしぐらですわ」


エドウィン王子が大人な女性が趣味だったらどうなるの? それに私は見た目じゃなくて、実力勝負派なのよ。


「みんな、私をお人形扱いするけど、今に見るがいいわ。私には実は膨大な魔力があって、今に世界を席巻(せっけん)する大魔女に……」


私は(にぎ)(こぶし)をグッと作って天に誓った。しかし、ここで横槍が入った。


「ティナ! 魔力があることは家族にも秘密にするように」


おばあさまが厳命を下した。


「えー? どうして?」


「だめだよ。実際、まだ子どもだからね。それにお前の魔力は希少なものだ。他国に嫁がせるのは勿体無い」


そ、そうなのかな? 私、そんなに魔法の潜在能力があるのかしら?


「お父様には伝えたのだけれどね。もし、女の子が生まれたら、必ず婚約する約束だったので撤回できないそうだ。ガレン側からの強い望みであると。だけど、魔力のことは絶対に秘密にしなさい」


私はうなずいて……そして、大勢の人々に見送られて、花嫁として出立した。



**********



婚礼のために、ガレンの王都に着いた私に、なにかこわばった顔つきの王妃様が言った。



「エドウィンは、すぐに戻って参りますわ。それまで、どうぞごゆるりと」


王妃様にそう言われてしまうと、私たちは黙ってしまうほかなかった。


「お寂しいでしょうから、リール公爵家の令嬢でエドウィンの幼馴染、ジェラルディン嬢をお相手に寄越しましょう」


こいつが曲者だったのだ。

*ウサギのラビリア;ティナ様(飼い主)命のペットの茶色のウサギ。スイーツ大好き。おばあさまの魔術とティナの魔法力で侍女の形を保っている。ティナ様のために真実ばかり語る、最悪のバクロ(暴露)口。得意技は、後ろ足キック。

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