7 ちょっと待って、反則が過ぎる
回廊に姿を現したシオン・レトヴィースは、熱烈な拍手でもって迎えられた。
あたしは呆然と風見くんを見上げる。
クセのある黒髪を、オールバックになでつけ、燕尾服に身を包んだ姿は……最高にかっこよかった!
最後に会ったのは1年半前だから、その時よりもすらりと背が伸びて、さらに大人っぽくなっている。
切れ長の瞳は、見ているだけでどぎまぎしてしまうようなミステリアスなブルーグレーだ。
は? ブルーグレー。
ちょっと待って、反則が過ぎる。
心臓がもたずに、転生初日で昇天してしまいそうだ。
端正な顔立ちは、ともすると冷たくも見えてしまいそうだが、生来の人好きのする性格が、柔らかな印象に変えていた。
彼は、形のよい唇を開いた。
「みなさま、本日はお越しいただき、誠にありがとうございます。みなさまと今宵をともにすることができるのは、またとない栄誉です。この機会にぜひ、さまざまな方と、親交を深められたらと思います」
完璧な挨拶。
そう、彼は完璧なのだった。
顔だけでなく、勉強も運動も抜きんでていたようで、平成において「神童」と呼ばれていた。
でも案外かわいいのが、笑いの沸点が低いところで、ほら、今も笑いだしそうな口元をしている。
小学生のころ、通学班の班長だった風見くんは、1年生のあたしがかまってほしくて何か言うたびに笑ってくれた。優しいお兄さんになついたあたしは、その年のバレンタイン、初めて本当に好きだと思って、チョコをあげた。今となってみれば、最初で最後の本命チョコだったのに、板チョコを湯煎して、アルミのカップに流し込み、アラザンで飾りつけしただけの手づくりチョコは、もちろん義理チョコとして処理された。
あのころは、リーマンショックで外資の会社をリストラされた父が、友人と始めた会社がまだ順調で、あたしはオートロックのマンションに住む、普通に満ち足りた子どもだった。
だから、5つも年上のお兄さんに、本気で憧れて、好きになることもできたのだ。
それからたった2年で、環境ががらりと変わってしまった。
事業がうまくいかなくなった父が、家で酒を飲んで暴れるようになり、あたしをかばって、母は体中、あざをつくった。
DVと借金。二重苦で離婚を決意した母は、あのとき強かった。
大家さんのアパートにふたりで移り住んでからの日々は、最初こそ希望に満ちていたものの、年を追うごとに坂を転がるように悪くなっていって、あたしが高学年になるころには、家庭は2度目の崩壊を迎えていた。
引っ越したときには、風見くんは卒業していたし、引っ越して学区も違っていたのだけど、最寄り駅は同じで、あたしは駅周辺で時間を潰していることが多かったから、たまに私立の学校に通う風見くんを見かけた。
見つけるたびにドキッとして、そわそわと近くのショーウィンドウで自分の髪型をチェックしたりしていたけど、結局一度も声をかけられなかったし、相手にも気づいてもらえなかった。
今夜は、そんな彼を射止めることが使命……?
あたしを道具としかみなさないイベリスの言いなりになることは気が進まないことだったが、彼の命令には、最初から「はい」か「イエス」の答えしか用意されていない。
それなら、あたしはあたしのために、風見くんに振り向いてもらう努力をしよう。
もし、あたしが彼の特別な存在になることができたなら、神が言うところの<大逆転だ! ざまあ!>への近道にもなるはずだった。
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