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6 あとで必ずダンスを頼みにくるわよ

 レトヴィース公爵の邸宅は、2階建ての建物で、比翼が両側面に広がる形をしている。


 バルコニーと欄干で飾られたファサードは、豪華絢爛そのもので、地位と財力を端的に表していた。


 入り口にアーチをつくる柱には、細かく装飾が施され、下をくぐるときに、思わずぽかんと口を開けて見とれそうになった。


 あたしの目にはお城にしか見えませんけど、個人宅ですか? ここ。


 建物の入り口で執事に出迎えられ、招待状を渡すと、クロークルームに案内された。


 そこにはメイドが控えていて、馬車移動の間に、髪型が崩れていないかなどをチェックしてくれる。


 そして、付き添い役(シャペロン)の母に導かれるまま、舞踏会が行われる広間に向かう。


 この世界の母は、当たり前だけれど慣れた様子で、颯爽と歩いていく。


 あんまりきょろきょろしていては、はしたないかと思い、あたしは前を歩く母の裾のあたりだけを見るようにして、伏し目がちについていった。


「これは、ようこそいらっしゃいました。バドリアス伯爵夫人とアルストロメリア嬢」


 深みのある声が聞こえて、ぱっと顔をあげると、立派な髭をたくわえた燕尾服姿の紳士が立っていた。


「ご招待にあずかり、光栄ですわ。レトヴィース公爵様」


 母も優雅にお辞儀した。


 あたしがどうすればいいんだろう、とどぎまぎしていたら、


『お目にかかれて光栄です、レトヴィース公爵様』


 とアルストロメリアも品よく挨拶を返した。


 ありがとう、()()()()


「今宵は、楽しんでいただけたら幸いです」


 にこやかに微笑まれて……これで定型のやりとりは終了らしい。


 促されるまま広間に入ると、下僕が「バドリアス伯爵夫人とアルストロメリア嬢!」と声を張りあげ、視線をいっせいに浴びる。


 同じ年頃の女は、どれくらいの脅威になるだろうかとライバルを品定めし、男は花嫁候補に足りうるかを見極めようとし、かなり無遠慮なまなざしだった。


 その大半は好奇で、決して悪意ではなかったが、ここまで視線を浴びたのは、教室の後ろでヒエラルキー上位の女に花瓶の水をぶっかけられたときくらいで、居心地が悪かった。


 母が、あたしの手を引き、耳元でささやく。


「背筋を伸ばして、しゃんとして。自分を高く売るのよ」


 ふたりで深々とお辞儀をすると、歓迎するような拍手がぱらぱらと起き、360度くまなく視線の集中砲火を浴びながら、広間の中に分け入っていく。


 そして、広間の片隅の席に落ち着く。


 次の客が現れるころには、視線も剥がれて、ようやくまともに息が吸えるようになった。


 そこで、あの人の姿を目だけで探したが、女性がそれぞれボリュームのあるドレスに髪型をしていることもあって、なかなか全体を見渡すことができず、それらしき姿を見つけることはできなかった。


 もちろん、あの人でない可能性もあるわけだけど。


 ぱっと見たかぎり、この部屋にあたしの前世からの知り合いはいないようだし。


 という結論は、一蹴された。


 大家さんだ!


 こちらに向かってにこやかにやってくる白髪の小柄なご婦人は、まさしく大家さんだった。


「ああ、レッドフォード侯爵夫人。こちらからご挨拶に伺おうと思っておりましたのに」


 母が席を立ったので、あたしもあわてて立ちあがりながら、まじまじとご婦人を見つめる。


 大家さんが、レッドフォード侯爵夫人なの?


 あっちでもこっちでもお世話になりっぱなしじゃん。


 大家さんはあたしたちが住むアパートの隣にある一軒家に住んでいて、母が男としけこむために、小学生のあたしを寒空に放りだしたときなどには、暖かなこたつに匿ってくれた。


 夜ごはんを食べさせてくれたり、困ったときに電話するよう電話番号とお金をくれたり。


 本当に親切にしてもらったのに。中学生になるころには、あれこれ心配してくれる大家さんの言葉に、無性にいらだつようになっていて、道端で声をかけられても、無視するようになっていた。


 最近は、全く会っていなかったけど、こんなにおばあちゃんになってたんだ。

 

「あらー、かわいいわねえ。そのドレスもよく似合っていること」


 目尻に人のよさそうな皺を刻んで、レッドフォード侯爵夫人はあたしを見あげる。


 あたしはとっくのとうに背を追い抜いてしまったことを今さらながらに気づいて、目頭が熱くなった。


 レッドフォード侯爵夫人は、乾いた小さな手で、ぱしぱしとあたしの背中を軽く叩く。


「大丈夫だからねえ。ちゃんと紹介をしておいたから、あとで必ずダンスを頼みにくるわよ」


 なんで、あたしは、この人の親切を、きちんと受け取れなかったんだろう。


 周りの世界が歪んでぐちゃぐちゃになって、いつしか真っ直ぐな言葉が聞けなくなっていた。


 こんなに、あたしのことを考えてくれているのに、あたしの苦しみなんて絶対にわからないと思っていた。


「……ありがとうございます」


 これまでずっと言えなかった言葉に、声が震える。


 そのとき、周囲のざわめきがボリュームを絞ったように、すっと消えた。


 広間が静まりかえり、誰もが上を見ている。


 あたしもつられて上を見た。


 吹き抜けになった広間の二階部分には、ぐるりと回廊がめぐらしてあって、そこにレトヴィース公爵と夫人の姿があった。


「みなさま、お揃いになったようなので、ご紹介させてください」


 レトヴィース公爵の張りのある声が響きわたる。


「私と妻カトリーヌの息子、シオンです」


 紹介に合わせて、回廊にゆっくりと姿を現したのはあの人ーー初恋の人・風見(かざみ)くんだった。

 

お読みいただき、ありがとうございます。

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