4 アルストロメリア様が幸せになられることを一番に考えています
転生初日に「レトヴィース公爵主催の舞踏会で長男シオンの花嫁候補に躍り出ろ」と、どれくらい無茶なのかもよくわからない無茶ぶりをされたあたしは……不覚にも鏡の前でときめいていた。
シュミーズにドロワーズをはき、コルセットと鯨の骨でできたペチコートをつけ、舞踏会用のボールドレスに袖を通す。
胸元が広く開いたデザインだけれど、栄養のおかげか、補正のおかげか、きちんと盛れてる。
ドレスは、はっとするほど色鮮やかなロイヤルブルーで、ウエストはきゅっと引き締まり、スカートはチュールが3段重ねになっている。
コルセットでふんわりとボリュームの出たスカート部分には、銀糸の刺繍が入り、真珠が夜空に輝く星のように散りばめられていた。
ペールブルーの幅広のサッシュでウエストを上から締め直し、リボンを作って大きく垂らす。
胸元には生花のコサージュが飾られていた。
え、言ってもいい? ……超かわいい。
前世では、服にかまう余裕なんて全くなくて、昼休みに教室で「ニコラ」を広げて読んでいるヒエラルキー上位のリア充女子たちを、何か別の生き物のように眺めていた。
夏はTシャツにショートデニム、冬はセーターにジーンズ、そんな格好ばかりだったあたしがドレスを着るなんて、夢みたいで気持ちがふわふわしてしまう。
テキパキとあたしにドレスを着せてくれたロベリアは、あたしが目を輝かせているのを見て、クスッと笑い「よく似合ってますよ」と言った。
椅子を持ってきて座らせ、櫛を持って、あたしの髪をとかしはじめる。
「髪型はどうしましょうね……前髪を巻いて垂らして、後ろは編み込んで、花飾りをつけてまとめましょうか? それとも、サイドも全部巻いてみますか?」
どちらも想像がつかなかったけれど、最初に言ったほうにしてもらう。
すると、ロベリアは、前髪を縦ロールにして両サイドに垂らし、ハーフアップにしていた髪をほどいて、両側から編み込んでいった。そして後ろの低い位置でまとめて、花飾りを差し込み、上から軽く銀粉をはたく。
その髪型はドレスにとても合っていて、かわいらしくも上品で、素敵だった。
「ありがとう」
鏡ごしにお礼を言うと、ロベリアはとんでもないというように手を振った。
「今日は、アルストロメリア様にとって、大事な日ですから」
その言葉で現実に引き戻されたあたしはうつむいた。
前の世界でも人権がなかったけど、この世界でもなかなか人権がない。
自分の行動は、自分以外の誰かのために、すでに決められているのだ。
ロベリアもあたしの味方のようでいて、結局「旦那様」の思惑どおりにしか動いていないのかもしれない。
「シオン様は見目麗しいだけでなく、まだお若いのに、広大な領地を治めるお父様の右腕として、すでに立派に働かれているそうです。とってもよいお方だと思いますよ」
ロベリアがあたしの気持ちを見透かしたように言う。
「あたしは、アルストロメリア様が幸せになられることを一番に考えていますし、旦那様や奥様だって、もちろんそうです。爵位の上の方に嫁ぐほど、名家のお嬢様にとって、幸せなことはありませんから」
言葉どおりに受け取っていいのか迷っていると、変な間があく前に、
『それはもちろん、わかっているわ』
とアルストロメリアが自動で回答した。
驚いて、思わず口を押さえる。
朝食のときに、執事に好みの紅茶をオーダーしたのと同じ現象だ。
どうやらこれも、この世界のことを思い出すのと同じ補助機能らしい。
この機能があれば、舞踏会での立ち居振る舞いを心配する必要はなくなるかもしれない。
心配事がひとつ減ったことに、少しほっとする。
「どれがいいでしょうねえ」
ロベリアは、自動回答を特に不審にも思わなかった様子で、宝石でできたブレスレットを、悩ましげに次々と取り出す。
あたしは迷って、地金が銀で、小さい粒の真珠とラピスラズリを交互に並べたものを選んだ。
これで、舞踏会コーデが完成する。
そのとき、扉がノックされ、正装をした女性が入ってきた。
母だ。
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