2 もしかして、お姫様なの?
次に目が覚めたとき、あたしは天蓋付ベッドに寝ていた。
すえた臭いのする薄っぺらなふとんじゃない。
ふかふかの羽毛ぶとん。
柔らかな肌触りに、とろけそうになる。
ゴミだらけの部屋で、ビールの空き缶やら何やらが周りに積み上がっていて、ゴキブリが出ても、動じる気持ちすら生まれない。
そんな環境に比べると、転生先は「ややイージーモード」どころではない気がした。
ちょっとテンションがあがって、ベッドをするりと抜けだす。
部屋は、あたししかいないが、あたしが住んでいたアパートより余裕で広い。
ミントグリーンの壁紙に、ピンクとホワイトを基調にした家具。
え、かわいい。
こんなおしゃれな部屋、小さい頃の友達が持ってたドールハウスくらいでしか見たことがない。
もしかして、お姫様なの?
あたしは、壁にかけられた立派な額縁の鏡に、自分の姿を映してみた。
鏡の中に映る自分は、死ぬ前の自分と同じ、15歳だった。
残念ながら、顔かたちは変わっていなかったけど……でも全然見た目が違う。
誰にも髪を切ってもらえず、自分で適当に切っていたボサボサの髪は、天使の輪ができて、毛先までつややかだ。生活指導の先生に、何度、地毛だと言っても信じてもらえなかった栗色の髪は、絡まりもせずに、ゆるやかなウェーブを描いていた。
そして栄養が足りず、目ばかりがギョロギョロと目立っていた顔は、適度にふっくらとし、肌はハリとつやを取り戻し、カサついていた唇はうるおって、自然な赤みが差していた。
薄ピンクに小花が散ったナイトドレスをまとう自分は、元の自分より、ずっと上等に見えた。
こんなによく手入れされた自分を見るのは、七五三以来かもしれない。
思わず、ぼんやりと自分に見入っていると、コンコンコンコンと扉をノックする音がした。
どうしようか、一瞬迷って、ルームシューズを脱ぎ捨て、ベッドに滑りこむ。
すると、「入りますね」と柔らかな声とともに、メイド服姿の女性が入ってきた。
この声は!
バレないように薄目を開けながら、近づいてくる人の姿を見定めようとした。
丸顔につぶらな瞳、ややぽっちゃりとした体型に、大福のようにぷくぷくした手。
やっぱりそうだ! 峯岸先生!
前世で唯一頼れた大人、保健室の先生だ!
あたしがほとんど学校の給食だけで生きていることを知っていて、こっそりとパンを渡してくれたりしていた。
峯岸先生だけには、なんでも素直に話すことができた。
「あらあら、こんなところまでシューズを飛ばして……アルストロメリア様、起きていらっしゃるんでしょう」
その言い方は、授業に行きたくなくて、保健室のベッドで寝たふりを続けるあたしに、「起きてるんでしょう」と言った先生とそっくりだった。
優しく、ちょっとからかいを含んだ言い方。
あたしは照れて、羽毛ぶとんから顔を出した。
黒すぐりのような先生の目を見た瞬間、先生がこの世界では「ロベリア」という名前のあたし付きのメイドであることを思い出した。
そして、あたしがアルストロメリア・バドリアスという伯爵令嬢であることも。
ロベリアは、温かな手をあたしの額に載せると、優しく前髪をかきわけた。
「今日は、レトヴィース公爵主催の舞踏会ですものね。楽しみで早起きしてしまったとしても、無理はありませんわ」
突然、耳慣れないことを言われて、ギョッとする。
しかも、先ほどのように脳が思い出してくれない。
あたしはあいまいに微笑むしかなかった。
「さあ、まずはお着替えになって。旦那様がお見えになる前に食卓に着かれませんと」
その名を聞いた瞬間、心臓がドクンとはね、浮き立っていた気持ちが、ペシャンコになる。
旦那様というのは……父だろうか、それとも母の彼氏だろうか。
どちらにしたって、会いたくない。
しかし、ロベリアはテキパキと仕事をこなし、お湯の入った洗面器を用意すると、あたしのナイトドレスをめくって、薔薇の香りのする石鹸をつけた布で、体をこすりはじめた。
驚きで棒立ちになったあたしを器用に洗いおえると、ナイトドレスを脱がし、足首まであるローズピンクのドレスに着替えさせ、櫛で髪をとかし、ゆるやかな編み込みを作って、ハーフアップにまとめあげた。
そして、仕上げにベルガモットの香りのする香水をさっと吹きかける。
ここまでものの15分! 優秀すぎる……。
おかげで、あたしは心の準備ができないまま、食卓に向かうことになった。
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