11 最後のワルツ
デビュタントの衣装というのはーーあたしには純白のウェディングドレスにしか見えなかった。
女性が正式に社交界デビューするときに、ただ一度だけ身につけるものだそうで、だからお姉さんたちも、着られはしないけれど、取っておきたい思い出の品として、実家に置いていったというわけだ。
アルストロメリアはすでにデビュタントの衣装をまとったはずだから、本来であれば身につけられるものではない。だから、メイドたちも困惑した表情をしていたのだろう。
胸元に刺繍の施された、スリーブレスのロングドレスに、肘が隠れるまでのグローブをつけ、鏡台の前で座っていると、着替えの間、部屋の外に出ていたシオンが戻ってきた。
鏡ごしに目が合い、なんだか新郎がやってくるのを待ってた新婦みたいだと思って、恥ずかしくなって、そっと伏せる。
「すごく綺麗だ……とてもお似合いですよ」
髪の毛を直してくれたメイドは、ドレスに合わせて、髪の毛を後ろでまとめてお団子にし、真珠のヘッドドレスをつけてくれていた。
純白という色だけが持つ清楚な美しさがあり、ウェディングドレスを身にまとっている非日常感が、あたしの足元をふわふわとさせた。
「さあ、行きましょう。最後のワルツが始まります」
あたしの王子様が、手を差しだす。
あたしはその手を取った瞬間、魔法にかけられた。
広間の扉が開けられて、千の瞳がいっせいにこちらを見る。
ぶざまな格好で退場したあたしが、純白のドレスーーデビュタントの衣装に身を包んでいるのに気づいて、人々はどよめきの声をあげた。
礼儀にはかなっていない。
だが、それがなんだというのだ?
ドレスが引き裂かれた時点で、礼儀も何も、あたしは全てを失った。
そう思ったのに、あたしの憧れの人が、引き留めてくれた。
あたしと2回目のダンスを踊るために。
その事実が全て。他に何を望むというのだろう。
あたしは今、灰かぶりからシンデレラになった。
嫉妬も羨望も、他人の目なんてどうでもいい。
目の前にある、ブルーグレーの瞳が全てだ。
あたしたちは再び、広間の中央で見つめあった。
やがてオーケストラの音楽が流れはじめ、最後のワルツが始まる。
心を解き放った体は、とても軽かった。
2回目のダンスは、探りあうような最初のダンスとはまるで違うものになった。
ステップを踏むたびに、お互いの心に触れる。
あたしたちの間に、今、言葉は必要なかった。
つけなおしたばかりの竜涎香の香水が、体温と溶けあい、甘く官能的な香りを放つ。
シオンは、物欲しげな瞳をして、あたしを見つめた。
前世だったらーー人はこういうときにキスするのだろう。
しかしここは異世界で、彼はマナーを叩き込まれた公爵家の息子だった。
でも、キスなどしなくても、彼が誰を選んだのかは明らかであり、そのことが他の人々ーーとりわけシオンを熱心に狙っていた令嬢たちや、あたしの母に、どう受けとられるかなど、このとき、少しも考えなかった。
シオンの瞳にあたししかいなかったように、あたしの瞳の中にも、シオンしかいなかったから。
だから、知らなかったーーこのことが、のちの大きな災いの火種となるなんて。
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