10 夢破れたあとで……
シオン・レトヴィースは、ドーム状のペチコートのせいで、引っくり返った亀のようになっているあたしを助け起こすと、敗れた箇所が見えないように燕尾服をあたしに着せ、両肩に軽く手を添えて歩きだした。
公衆の面前で、下着をさらすことになったあたしを、それまで野次馬根性丸出しで眺めていた女性陣は、にわかに羨望のまなざしとなった。
あたしは、シオンにこんなところを見られてしまった羞恥心と、助けてくれた嬉しさがないまぜになって、気持ちが混乱していた。白ブタへの恨みつらみなんて、優先順位が低すぎて、遥か彼方に消し飛んでいく。
シオンは、あたしをクロークルームに連れていくと、内側から鍵をかけた。
中にいたメイドふたりが、何事かと近寄ってくる。
「アルストロメリア嬢のドレスが破れてしまったんだが、応急措置で縫い合わせることはできそうか?」
メイドたちは、破れた程度を見てから……首を振った。
「申し訳ありません、範囲が広範囲ですので数時間はかかってしまうかと…」
そりゃ、そうだよね! こんだけ、ビリビリになっちゃったんだもん。
あたしはがっかりしながらも、当然のこととして受け入れた。
ドレスはあとで白ブタに弁償させるとして、今夜はメイドの服でも借りて、こそこそ帰るしかないだろう。
ドレスが破れた時点で、シオンともう一度踊るという夢も敗れたのだ。
……と、当の本人があきらめようと必死になっているところに、シオンが思いがけないことを言う。
「姉上たちは、ほとんどのドレスを嫁ぎ先に持ってゆかれたけれど、デビュタントの衣装はここにあるよね? アルストロメリア嬢は2番目の姉上と同じくらいの身長だから、それを持ってきてくれないか?」
デビュタントの衣装?
なんのことかわからず、脳をつついて催促したが思い出してくれず、シオンがあたしに、お姉さんのドレスを貸してくれようとしていることだけはわかった。
しかもそれは、メイドの表情を見るかぎり、特例中の特例対応のようだ。
「あの……シオン様、ご親切に感謝いたしますが、そのようなご配慮をいただくわけには……」
アルストロメリアの自動回答から学習した話し方を駆使して止めようとすると、シオンはあたしの手をとって、顔を覗きこんだ。
美しいブルーグレーの瞳は、間近で見ると、とても複雑な色合いをしていて、わずかな蝋燭の明かりを反射し、濡れたように光っていた。
「私があなたと踊りたいから、と言ったらお嫌ですか?」
破壊力がっっっ!
半端ないっっっっっっ!
あたしは完全に敗北して、顔を赤らめた。
「……嬉しいです」
よかった、とシオンは微笑むと、メイドのひとりにドレスの用意を、もうひとりにぐしゃぐしゃになったあたしの髪を整えるよう指示を出した。
その姿を見ながら、ぼんやりと考える。
あたしにとって特別だった風見くんは、あたしのことは特別じゃなかった。
だから、魅力の半分もわかっていなかったんだと。
先ほどの悩殺ワードが頭の中でリフレインし、そのたびに全く色褪せない喜びがわきあがる。
そして、悟った。
人を好きになるという沼に、底はないのだとーー。
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