37話 誘拐事件ー始まりー
私が庭園から戻ると、ちょうど授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「すみません。お待たせしました。‥‥授業時間終わってしまいましたね。勝負は引き分けですよね?」
「そうね‥‥あ。水溜まり解消してくれてありがとね。」
「いいえ。」
「勝負はまたいつかやりましょ。」
「はい。是非!」
「じゃあまたね。マリン。」
「はい。」
と言ってリサ先生達は去っていった。
◇◇◇◇
そして入学当初の精神的疲労が嘘のように平和に時は過ぎ、数ヶ月後、夏休み数日前。
その日は休日だった。いつもなら兄様と姉様と3人で魔法の練習をしているが、もうすぐ夏休み。領地に帰ったら思いっきりやろうということで今日は3人共別行動だ。
兄様は入試前に私も会った友人達と、姉様もリリ様やマリア様と出掛けている。
ちなみに兄様の友人達は生徒会にいた人達でもあって、その内の1人は姉様に「マリンと名前で呼べ」的なことを言われるまで私をひたすら「妹さん」と呼んでいた人だ。
そして私はというと、リジアやアイリスを誘っても良かったんだが「1人で回ってみたい」と家族からの反対覚悟で言ってみたところ、あっさりOKが出たのでとりあえず屋敷がある貴族街からふらふら特に目的を決めないまま歩いていた。
まさかあんなあっさり「いいよ」って言われるとはね。
王都での仕事をして、一緒に領地に帰るってことで父様もいたから反対するなら父様かなって思ったんだけど、一番あっさりOK出してくれたんだよね‥‥。
確かに私を誘拐できる実力があるやつはそうそういないよね‥‥。
もしかして王都に来た時から言えば出れたんだろうか‥‥?
出れた気がしてきた‥‥勿体ないことしたかな‥‥。
と考えながら歩いていると小さな公園があった。
そこにベンチがあったので座ると、目の前の屋台で果実水を売っていた。
再び立って果実水を試しに買ってベンチに戻ってから飲んでみると予想以上に冷たくて美味しかった。
これどうやって冷やしてるんだろ?冷蔵庫はこの世界でまだ見たことないけどな?
あれ?そういえば‥‥ストレージって中の物の時間が止まるとかじゃなかったっけ?つまり、今持ってるこの果実水もストレージに入れとけば後で冷たいままを飲めるのか‥‥?
と、考えていると聞き馴染みのある声が私を呼んだ。
「マリン!」
「‥‥姉様?とマリア様?どうされたんですか?そんなに焦って‥‥ってリリ様が一緒じゃないってことは2人の焦り様はリリ様絡みですか?」
そう。2人はここまで走ってきたらしく肩で息をしていた。
「そ、そう!あ‥‥あの‥‥ね。」
「姉様。私の飲み掛けですが、飲みますか?マリア様も。」
「う、うん。ありがとう。っん!‥‥‥はぁ。はい、マリア。」
「うん。あ、ありがとう。っん!‥‥‥‥っはぁ。マリンちゃん、ありがとう。飲み干しちゃってごめんね。」
「いいえ。大丈夫ですよ。それより2人共落ち着けました?」
「うん。大丈夫。」
「私も。で、マリン。お願いがあってね。話たいんだけど、ここじゃ人目が多いから屋敷に帰りたいんだけどいい?」
「‥‥姉様。確認ですが、急ぎですよね?」
「うん。」
「じゃあ、あれ使います?」
「うん。お願い。」
「分かりました。ではちょっと動きましょうか。」
「うん。マリア行くよ。」
「え?うん。」
私達は裏路地に入り人がいないことを確認してから。
「マリア様。今から私はとある魔法を使います。ですがこれを他の人に知られたくありません。」
「何をするかは分からないけど、分かった。今から見ることは誰にも言わない。父様にも陛下でも絶対言わない。約束する。」
「ありがとうございます。では遠慮なく【ゲート】」
屋敷の私の部屋へと着くと、マリア様が驚いていた。
「マリンちゃんが知られたくないって言った理由が分かった。確かに言えないわね。」
「あ。でも私の家族は全員知ってます。」
「そうなのね。」
「それで、姉様。話はリリ様のことですよね?」
「ええ。私の不注意よ。あるお店で3人バラバラに店内を見て回ってたんだけど、リリの声が聞こえて振り返ったらちょうどリリが拐われるところだったの。」
「クリスだけのせいじゃないわ。私が見た時はリリの首に手刀を当ててたところだったわ。」
「リリ様はそれで気を失ったんですね。犯人は何人いました?」
「私達が見た時は3人かな。すぐに店の外に出て追いかけようかと思ったんだけど、相手凄く速くて無理だったのよ。」
「そういえば護衛の方は?一緒にいなかったんですか?」
「一応2人いたんだけどね。犯人達は荷馬車に乗って逃げたから振り切られたって。で、私達は帰るから王城に戻って捜索してって言ってきた。」
「なるほど。でもあてもなく探すのでは、見つかるのはいつになるか分かりませんね‥‥。もしかしてそれで私のところに?」
「うん。マリンがまず貴族街を歩くって言ってたし、サーチですぐ見つかったから。ほんと良かったよ。」
「ああ。私の魔力を追ったんですね。‥‥う~ん。犯人達が逃げた方向とか分かりますか?」
「市民街の‥‥多分南の方だと思う。」
「市民街の南か‥‥確か南ってスラムがありましたよね?」
「ええ。」
「あくまで予想ですが、スラムの方に連れていかれたかもしれませんね。あ。市民街の方に向かったのは護衛の方、ご存知なんですよね?」
「うん。もう向かってる頃じゃないかな。」
「分かりました。私も行動してみます。‥‥っとそうだ。姉様、リリ様の魔法の属性ご存知ですか?」
「え?うん。確か水と光よ。」
「ありがとうございます。ちょっと確認したいので‥‥【サーチ】‥‥マリア様の魔法の属性は火と風ですか?」
「え?私、教えたっけ?」
「いいえ。やっぱり私、サーチで属性が分かる様になったみたいです。凄く集中しないといけませんが。」
「え!?凄いじゃない。あ。それで、リリの?」
「はい。大体の場所から探ってみようかと。」
「なるほどね。」
「さて、改めて行動に出ないとですね。あ。このままは駄目ですね。ちょっと着替えてきます。」
街ぶらするだけのつもりだったので、普通にワンピース姿だった。
そして私は動きやすい訓練で着ている服に着替え、髪をポニーテールにしていた。
「あ。その髪型久しぶりに見た。‥‥マリン。今どっち?」
「クリス、どっちって?」
「マリンが上に一つ結びする時は怒ってる時か気合いを入れてる時のどちらかなのよ。」
「そういえばそうですね。‥‥今は半々ですね。リリ様を誘拐したことを許せない気持ちと、絶対助けるって気合いの両方です。」
「そう‥‥良かった。なら冷静ね。私達は足手まといになるだろうから、このまま屋敷で待ってるわ。」
「分かりました。では父様達に事情説明お願いしますね。」
「うん。‥‥マリン。ごめん。リリを、私達の友達をお願い。」
「はい。お任せください。」
早速私は屋敷を出て、市民街のある方に行こうとしたのだが玄関でふと気付いたことを口にした。
「‥‥‥姉様。このまま走り抜けたら目立ってまずいですよね?」
「え?ああ~‥‥そうね。」
「う~ん。姿を消せれば問題無いですかね?」
「「え!?」」
「え‥‥っと、できるならそれで問題ないと思うわよ?」
「う~ん。」
えっと姿を消す‥‥雲隠れ的な?
えっと確かこれで良かったと思うけど‥‥
「‥‥よし!【雲隠】!」
「「え!?」」
「姉様。消えてます?」
「あ。まだいたんだマリン。うん、消えてる。マリンの姿見えないよ。」
「お!じゃあ成功ですね。ではこのまま行ってきます!」
「行ってらっしゃい。」
と姉様の声を後ろに聞きつつ、私は屋敷の外に出た。
「‥‥クリス。マリンちゃん、もう行ったのかしら?」
「うん。行ったわね。」
「そう‥‥ねぇ、クリス。マリンちゃんっていつもああやって思いついた魔法をすぐに実行するの?」
「うん。基本的に「こういうのあったらいいな」っていうのを実現するわね。攻撃魔法以外、大抵は私達とか今みたいに誰かを助けたり守ったりするのに必要なことばっかりね。」
「改めて凄いわね。あなたの妹は。」
「ええ。」
一方私は雲隠れしながら身体強化と風を纏って市民街に向かうべく屋根の上を走っていた。
が、気付いた。
飛んだ方が早くね?
ということで身体強化をやめてフライに切り替え、飛んで南のスラムを目指した。
う~ん。私、これだけ魔力使ってもさほど減ってる感じがしないし、全然疲れないんだけど。どうなってるのかな?私の体。
そういえばずっとステータス見てないな‥‥今度見てみよ。
っていうか王家は何かに襲われるようになってるのかな?
姉様が一緒とはいえ護衛甘くない?
っと、市民街に入ったな。どこかで一旦止まるか。
えっと‥‥。お!あそこでいいや。
‥‥すみません家主さん。すぐ退きますので。
とある家の屋根に一旦降り立ち、誰もいないのに何故か心の中で謝罪していた。
さて。では、サーチ。‥‥‥う~んやっぱり広いな。
もう少し絞れ‥‥ん?あれ?これ‥‥か?
水色と黄色、水と光属性。‥‥動いてる。周りに複数名いるな‥‥あれかな?
しかしこんなにすぐ見つかるか?
まあいいや。あれが本当にリリ様かついていってみるか。
あ。止まった。‥‥‥やっぱりスラムか。
建物の中に入ったな。よし、もう少し近付くか。
さて、ここでいっか。では
「【ロングサイト】」
えっと‥‥ん?リリ様どこだ?‥‥あ。地下室か。
お。いた、リリ様。‥‥無事みたいだな。よし、解除。
さて、騎士団の方々は‥‥お。この集団かな?
わりと近くにいるっぽいな。
では、事前準備が終わったら乗り込んで制圧しますか。