303話 救国の天使は有名人
大変お待たせしました!
今年も亀投稿でもちまちま書き進めて参りますので、よろしくお願いします。
男性はシリウスを嘲笑い、私達を立たせた。
そうして、私達は連れて行かれるのにわざと従った。
私は建物の中を歩いてる間もサーチを発動し続けてるので、護衛の騎士達が今も隠れて様子を見てくれてるのが分かってはいる。
ただ、今男性一味の拘束に乗り出されたら困る。
むしろ他国の奴隷商とやらも纏めて拘束するための人員を呼んで来てほしい。
だが、それを伝える方法までは打ち合わせてない。
なので歩きながらどうしたものかと悩んでいると、建物の外に出てしまった。
拘束されたままの私達を見て察してくれないかなとか思ったが、視線を感じるので多分察してくれてない。
建物から離れたところで拘束に動きそうだと内心焦っていると、シリウスに呼ばれた。
「リン。」
「!─な、なに?」
予想外だった私はちょっと驚きつつシリウスを見上げると、まさかのにっこり。
この場面に笑顔はおかしいだろうと睨むと、シリウスの顔が近付いてきて、頬に柔らかい感触を感じた。
「っ!‥シリル?」
「大丈夫だ。リン。隣国に連れて行かれようと、必ずリンを助けてみせる。だから、俺を信じてくれ。」
「!!」
(なるほど。そういうことね、シリウス。)
私は声が届く様に気をつけつつ、演技も続けないとなので、段々俯いていきながら答えた。
「うん。‥‥奴隷なんて怖いけど、シリルのこと信じてるから。隣国だろうとシリルのために耐える。‥だから、もし離れることになったら、早く迎えに来てね?」
「ああ。もちろんだ。」
(騎士達。聞こえたかな‥‥?)
そう思って気配を追うと、2人程離れて行ったのが分かったし、残った護衛達は引き続き様子を窺うことにしたのが分かり、内心安堵する。
『奴隷』『隣国』
この2つの単語と私達の様子でしっかり伝わったのだと思われる。
そして、シリウスに視線を戻して僅かに頷いた。
私達の一連のやり取りを一味は見ていたが、周囲に誰もいないからか、特に咎められなかった。
さすが、王城勤務の騎士や魔法師達である。姿を見られる様な失態はしない。
「‥‥もういいか?」
ということで、うんざりした様な男性の声が届いただけ。
私達も『抵抗しても無駄だと分かってるから、渋々言う通りにしている』という演技を続けるべく頷いて答える。
そうして、一味に連れて行かれた場所はというと‥‥
(なるほどね~‥‥)
私は疑問が一気に解消された気分だった。
当時のコルド伯爵は、どうやって誘拐したリリ姉様達を国外に、というか、まず王都から出すつもりだったのか。
その答えが途中の通り道であり、現在地なのだろう。
現在地は王都を囲む城壁の『外』だ。
スラム街も一応、城壁の内側。(当たり前だが。)
スラム街の更に端にある、その城壁の一角に崩れている箇所があり、大人でも一人ずつなら通れる様になっていた。
しかもそれを維持するためにある程度補強もしてある。
そこから私達も出たあと、誘拐犯一味の一人が去って行ったのだが、しばらくして戻ってきたかと思うと再び全員で移動し、森の中の小屋にたどり着いた。
そして、中に入るとやっぱりまた知らない人達がいた。
この人達が例の隣国の奴隷商なのだろう。
だが、見た目でどこの国かは分かった。
何せ目の前の方々は『獣人』。セレナイト連邦国の出身だろうと推測できる。
そんなことを考えていると、獣人のトップだと思われる、アイリスとは違う色彩の狼の獣人の男性が私達をじっくり見たあと、口を開いた。
「ほう。‥‥ジャン。今回は当たりを見つけたようだな。」
(ああ、あの人ジャンって名前なんだ。)
私達に嘘をついて誘拐した男性のことだ。
「ああ。たまたまスラム街を2人だけで歩いてくれてたようでな?迷子とか素晴らしいことまで教えてくれたからあっさり捕まえられた。」
そう言うと、狼の獣人さんは残念な物を見る目で私達を見てきた。
「その美貌で2人だけで歩くとか、捕まえてくれと言ってるようなものだぞ?馬鹿なのか?」
「「‥‥‥」」
(見た目云々はともかく、2人だけで歩いてたのはわざとだからな~‥‥正確には2人だけじゃないし。)
無言の私達に何を思ったのかは分からないが、狼の獣人さんは「さて。」と言って私達を手招きしてきた。
だが、もちろん私達も警戒はする。
すると。
「今すぐ取って食うなんぞしない。奴隷仲間に会わせてやるってだけだ。」
そう。私が入ってすぐに動かなかったのは、他に人の気配があったからだ。その気配の正体を知るまでは‥‥と思ってたら、向こうから教えてくれた。
「え?仲間?他にもいるの?」
なので、演技を続けた。
まだ応援の騎士達も近くに到着してないし。
「ああ。2人共来い。すぐには移動しないから、とりあえず一緒に待機してもらう。」
(なるほど?‥‥動くなら夜を考えてるのかな。)
それなりに人数がいるため、街道を通るなら馬車の行き来がない夜に動く方が目立たない。おまけに、野営している人が目にしても夜の暗さでは奴隷が運ばれているか否かも分かり辛いだろう。
セレナイト連邦国は東の海を渡った先。
そして、この獣人さんが表向き全うな商人なら尚更、できる限り目撃者が少ない方がいい。
意外と考えている。
「分かりました‥‥」
なるべく悲しげに答えて歩き出すと、シリウスもついてきてくれる。
動き出すタイミングは私に委ねてくれてるのだろう。
そうして連れて行かれたのはやっぱり地下。
そこには左右に牢屋が幾つも並んでいて、それぞれ数名ずつ人間が入れられていた。
「あ、あの‥‥」
「なんだ?」
「この方々もこの国の方々ですか?」
「いや?教国や帝国から連れてきたやつもいる。」
(うわっ‥‥)
内心ドン引きながらも表情には出さず、大人しくついて行くと、牢屋の一つにシリウスと2人で入れられた。
「さて、ランテさん。こいつらの買い取り金額の話をしましょうか。」
「ああ。行くか。─2人も大人しくしてろよ?」
(嫌に決まってるじゃない。)
内心にやりとしつつ俯くと、牢屋に鍵が掛けられ、全員去っていった。
牢屋の中の人以外の気配が地下から消えたところで。
「はぁ~‥‥疲れたぁ~‥‥」
と一旦脱力する。
そこにすかさずシリウスが聞いてきた。
「リン、どうするんだ?」
「ん?もちろん、脱出するけど?」
「他の人達も助けて、だな?」
「もちろん。」
そう話しつつ、魔力刃で自分の腕を拘束していた縄を切り、シリウスのも切ったあと、身体強化を掛けて牢屋の格子を掴んで横に広げて外に出た。
シリウスも私のあとに続いて出て来ると、私は同じように全部の牢屋の格子を曲げて全員を出した。
「さて、皆様。帰りましょうか?」
『え?』
「えっと、でも‥‥」
「ふふっ。私達にお任せください。全員無事に帰して差し上げます。」
『!!』
私達の正体を明かしてないからか、半信半疑のようだが、やがて『このままここにいるより希望はある』と判断してくれたのか、頷いてくれた。
ということで。
『!!!』
「お前達、どうやって!?」
「どうやって牢屋から出たのか。ですか?」
私達の様子が先程と違うのもあってか、驚きが先にきた様でなかなか会話にならない。
だが、急いで牢屋の中の人達を救出してから地上に上がってきたので、まだジャンさんとやらも、仲間もいた。
「ふふっ。私達、実は平民ではないんですよ。」
『え!?』
これは他の奴隷さん達の声も混ざっていた。
「シリル。」
「ああ。」
シリウスと視線を合わせて頷いたあと、魔道具を解除した。
すると。
『救国の天使!?』
多分、ランテさんとやらを含めた奴隷商の仲間の声。続けて背後からもその言葉を受けてか、驚きの声が聞こえた。
そして、ランテさん達は私の髪と眼の色で分かったみたいだが‥‥
「‥‥なんかごめん。シリウス。」
「いや‥‥マリンが有名なのは今のですごく実感した。」
王太子より有名な辺境伯令嬢って‥‥
って、それは今はよくて。
「さて、ここにお集まりの誘拐犯さん。並びに奴隷商さん。お覚悟よろしいですよね?」
『!!!』
私がそう言った瞬間、扉に向かって走る人がそれなりにいたが‥‥
「【水柱】」
『!!!』
扉を封じるだけなら、これぐらいで十分。
だって‥‥ねぇ‥‥?
まず、牢屋にいた方々には私達の背後から動かないでと先に指示していたので、今も私とシリウスの背後に集まったままでいてくれてる。
なので、私は一歩前に出たあと、シリウスから背後の全員に被害がいかない様にシールドを張った。
そして、私はまず水流を発動させ、別のシールドを出してその上に乗って下の水に雷をお見舞いしてあげた。
はい。全員行動不能になりました。
あとは簡単です。
この水流の水で水牢獄を作り、その中に誘拐犯さん達や奴隷商さん達を入れたら完了だ。
ということで、水牢獄以外の魔法を解いた。
のだが。
(やっぱり別にいた‥‥)
と私が水柱を解除したあとの扉の方を見ると、その扉は開いていて、ランテさんそっくりの狼の獣人さんがいた。
その人は水牢獄を見て鼻で笑って口を開いた。
「ランテ。詰めが甘いな、お前は。」
「!! 兄貴!!」
ランテさんのお兄さんらしい、その人は私に視線を移した。
私は念のため、再びシリウスの前にシールドを張った。
シリウスを含めた背後の人達に危害が及ばない様にと、邪魔されない様にだ。
そして、男性は私を見た瞬間、驚いた様に目を見開いたが、すぐに苦笑いを浮かべながら呟いた。
「!!‥‥なるほど。ランテには荷が重い相手の様だな。まさか救国の天使殿とは‥‥」
そして、私がシールドを張ったのが気になったのか、背後にも視線を向けて更に驚きを示した。
「な!?‥ま、まさか、そこにいるのは‥セレスティン王国の王太子‥か?」
「そうだが?」
『え!?』
シリウスがさらっと答えると、今度は全員が驚きの声を上げた。
なので、私もくすりと笑って続いた。
「ふふっ。私も辺境伯家の令嬢でもありますし、自国の国王陛下や帝国の皇帝陛下にもよくして頂いてますから、私達に捕まった時点で皆様に明日はありませんわよ?」
『な!?』
誘拐犯、奴隷商一同が唖然とする中、ランテさんのお兄さんらしい男性だけは私とシリウスを睨んでいた。
が。
「救国の天使殿は魔法の腕が有名だったな?なら─」
と一気に距離を詰めてきた。
そして、右手の拳が顔に迫ってきたので、あっさり左手で拳を掴んで止めた。
「なに!?」
にっこりと笑顔を向けてあげると、悔しげに左手も向けてきたので、右手で掴んで止めた。
「!!!」
続いて足を蹴り払われそうになったので、その場で飛んでかわし、着地と同時に両手を離して男性のお腹に蹴りを入れた。
すると、加減を間違えた様で、開けっぱなしだった扉の先の廊下まで飛び、尚且つ窓に背中を強打してずるずると廊下に座り込む様に落ちた。
『‥‥‥』「あ。やば。加減間違えた。」
一同が唖然とする中、私の声だけが響いた。
すぐに蹴り飛ばした男性に近づき、鑑定を使うと、意識を失ってるだけで一応無事だった。
(あ。ダンテさんっていうんだ、この人。‥‥人?獣人だから一応『人』だよね?)
という今はどうでもいいことを考えながらも、ダンテさんも水牢獄の中に入れた。
そして、サーチで見た限り、あとは外の見張り要員の誘拐犯の仲間だけ。
なので。
「シリウス。」
「なんだ?」
慣れってすごい。
私がダンテさんを蹴り飛ばしても、シリウスだけは苦笑いを浮かべているだけだった。
なので、私がいきなり話しかけても普通に返してきた。
「あとは見張り要員の数人だけだから、捕まえてくる。」
「ああ。分かった。‥あ、マリン。騎士達は?」
「ん?‥‥もう少しかな。ちゃんと検問を出ないとここまで来れないでしょ?」
「ああ~‥そうだよな‥‥」
「だから、私が残りを回収してる間に捕まってた人達に粗方の説明しておいてくれる?」
「ああ。分かった。いいぞ。─マリンに限って何かあるとは思えないが、一応言っとくな。‥気をつけて。」
「! うん。了解。いってきま~す。」
と緊張感の欠片もない会話のあと、私は建物から出て残りの見張り要員達をはっ倒して回収し、シリウス達が待つ一室に戻ってきた。
ちなみに、私達の護衛の人達も一緒だ。
「ただいま~」
「お。さすがマリン。早かったな。」
「当然。」
「怪我は?」
「もちろん、無傷ですとも!」
「だよな。」
そんな軽い会話の間に追加で捕らえた見張り要員達も水牢獄の中に入れた。
「なら、マリン。一つ頼みがある。」
「ん?なに?」
「牢屋の中にいた人達の中に怪我人がいたんだ。治療してあげてくれるか?」
「いいよ~!もちろん。」
そうして治療している間にやっと騎士達の増援が来た様で。
『‥‥‥』
元々私達を離れたところから護衛しつつ、ついてきていた中からここに着いた時点で場所を知らせるために更に2人程離れていた。
その離れた護衛達が増援と共に戻ってきたのだが、この一室に入った途端、苦笑いになった。
「さ、さすがですね。マリン嬢。」
騎士の一人がそう呟くと、他の騎士達や魔法師団の人達が同意する様に頷いた。
それには私もシリウスも苦笑いを浮かべるしかない。
━それはさておき。
騎士達や魔法師団の人達は水牢獄の中の人達を拘束し直してくれたのだが‥‥
幌馬車は誘拐犯一味と奴隷商一味を乗せた時点で一杯になりそうだし、他にも奴隷にされかけた人達がいるなど分からなかったので仕方ないが、幌馬車は一台しかない。
なので。
『申し訳ありません‥‥』
「いえいえ~」
結局、犯罪者一同は再び私の水牢獄に入れ、被害者達を幌馬車に乗せて帰ることになった。
私とシリウスも幌馬車に一緒に乗って、犯罪者一同の水牢獄には目立つからと雲隠を掛け、普通に検問を通り、王城に帰った。
王城に着いた頃には外は既に暗くなり始めていた。
そして。
私は水牢獄の中の人達を騎士団に預けたあと、シリウスと陛下が待つ一室に向かった。
シリウスには先に陛下に話してもらっている。
「なあ、マリン。シリウスも。目的はスラムの視察じゃなかったのか?」
「「ですね‥‥」」
陛下の言葉に私達は苦笑い。
陛下も呆れ混じりだった表情を、今度は綻ばせて続けた。
「だが、偶然とはいえ奴隷にされかけた人達を救ったことは素晴らしいことだ。─よくやった。シリウス、マリン。それと、2人共無事に帰ってきたのもほっとした。」
「「!!」」
「ふふっ。当然ですよ、陛下。─それに、シリウスも騎士達も魔法師団の人達も、私の判断に従ってくれてやり易かったですし。」
「まあ、俺はある程度、判断はマリンに任せた方がいいって思ってたし、騎士達も軽率な行動を取るのは逆効果だと分かってただろうからな。」
「そうだな。─それで?シリウス。スラムの視察自体はどうだったんだ?」
「まあ、一部ではありますが、裏側も見ることができましたよ。」
「ほう、そうか。それで?」
「ですが、やはり一部なので、また視察に向かいたいなとは思ってます。」
「‥‥マリン?」
『もう一度視察とかできるのか?』と言わんばかりの視線を向けてきた陛下。
私は再び苦笑いになりつつ答えた。
「変装の魔道具を改良すれば‥‥できるかと‥‥」
「頼んでいいのか?」
「‥‥改良するにも今付与している魔法自体を改良するか、新しく魔法を考えて付与するかしないとなので、時間がほしいです。」
「もちろんだ。‥‥ちなみに次もシリウスに付き合ってくれるか?」
「はい。」
答えたあと、チラッとシリウスを見てから陛下に視線を戻して続けた。
「シリウスには危機感が足らないというか、人を見る目も、観察力も足りません。一人で行かせる方が心配です。」
「「‥‥‥」」
「確かにシリウスの観察力はマリンや周りの者達にしか生かされてないよな‥‥」
「です。」「‥‥‥」
「分かった。─まあ、とりあえずだ。シリウス。現時点ので構わないから、視察で分かったこととかを後で報告してくれ。」
「はい。」
「よし。─マリン。遅くまで付き合わせることになってすまなかったな。護衛が増援要請に戻ってきた時点で辺境伯家には知らせてあるし、そろそろ迎えの馬車も来る頃だろう。」
「はい。─あの、奴隷にされかけた方々は‥‥?」
「ルシアの時と同じだ。それぞれ聴取が終わったら国に帰すよ。こちらで全てやるから、任せてくれ。」
「分かりました。よろしくお願いします。」
「ああ。」
「では、私はお暇させて頂きますね。」
「ああ。今日は1日、シリウスに付き合ってくれてありがとな、マリン。」
「いえいえ。─シリウスはまた学園でね。」
「ああ。俺からも。今日はありがとな、マリン。またな。」
「うん。」
そして、扉の前で振り返り『失礼します』と言って一礼してから扉を開けて部屋を出たあと、迎えに来ていた馬車に乗って屋敷に帰った。
こうして、やっと長い1日が終わった。
ということで、ようやくマリン劇場は終わりです。