302話 状況はころころ変わる
お待たせしました。
マリン劇場の続きです。
「そこの2人。‥見ない顔だが、そこでなにしてる?」
「「え?」」
一人の男性が周囲の人達を代表する様に話しかけてきた。
私達2人は内心『待ってました』と思っているのを全く出さずに困り顔を作った。
「その、俺達西地区から来て、東地区に行こうとしていたんだけど、迷ったみたいで‥‥」
「ん?西から東?‥ここを通り抜けようってか?」
「うん。‥父さんからここを通り抜けたら近道だって言われて‥‥」
「確かに近道だろうが‥‥」
どう見ても怪しんでいる‥‥
ちなみに私は『男性の眼光が怖い』と装うために再びシリウスの腕に抱きついてます。
そして、シリウスも私のことを気にしつつ‥という体で続けた。
「父さんが適当でさ、地図なんて持ってないから建物の特徴言ってここを右に行けとかしか教えてくれなかったんだ。でも、この辺みんな似たような建物でさ‥‥」
「まあ、そうだろうな。」
そこまで話したところで、さも今思い付いたと言わんばかりにシリウスが続けた。
「あ。そうだ。お兄さんが道案内してくんない?」
「は?」
「だめ?」
「‥‥なんで俺が?」
「え?声掛けてくれたから。」
「は?」
「お兄さん以外誰も声掛けてくんないし、それどころか怖い顔で睨んでる人ばっかりで聞きたくても聞けないし。」
「‥‥‥」
男性は図星もあるだろうが、まだ私達の様子を探られてる気がする。
感情の分からない無表情だ。
ただ、私の内心は『よしよし、いいよ~!シリウス。予定通りだよ~!』と緊張感の欠片もない感想を抱いていた。
そして、思案していた男性はふと私達2人の顔を見て微かににやりとした。
それはほんの一瞬の、大半の人が気付かないだろうと思える程の僅かな笑み。
私はその瞬間『あ。やば。当たり引いたっぽいな。』と気付いたが、これはある意味チャンスでもある訳で。
なので、特に何も言わずに成り行きを見ようと決めたところで、男性が再び口を開いた。
「お前ら時間あるか?」
「「え?」」
「時間あるなら、近道も教えてやろうかなと思ってな。」
そう言われてシリウスが私に視線を向けてきた。
明らかに指示を求めてる。
(まあ、罠だろうけど‥‥)
私達がわざと道に迷ったふりをした理由は正しく、なかなか確認することができなかった『スラムの裏側の事情』もしっかり見れる様にだ。
騎士達がスラムに足を踏み入れたとしても、今私達がいるスラムの中では大通りと言える道だけしか通らない。
『裏道を通るのは地理に詳しくないならば選ぶべきではないから。』という単純な理由で。
でも、スラム全体からなるべく反対意見なく改革するなら、その裏側もしっかり見ないと意味がない。
そして、現状を見るためには現地に住む人に案内してもらった方が確実。
例え良くないところに連れて行かれようと、私が一緒にいる限り問題はない。
どこかの建物に入れられたとしても、むしろ私の独壇場と化すだけだ。
ということで。
「シリル。近道ならそっちがいいと思う。というか、ここから早く出れるならそっちがいい。」
「だよな。─お兄さん、近道教えて。」
「分かった。今日は東地区まで近道の方で送ってやる。」
「ありがとう。」
シリウスがにっこりと答えると、男性は「ついてこい」と踵を返して歩き出した。
ということで、シリウスや護衛の人達に『罠だ』と分かる様に知らせないといけない。
ただ、私がどこかの路地に向かって何かすれば、未だに様子を窺っている他のスラムの人達に違和感を与えてしまう。
何度でも言うが、私達は身元に気付かれる訳にはいかない。
今ここで私達が平民ではないことに気付かれたら、周囲の人達に襲われるか、拘束されそうになるか‥‥
私達がそれに屈するなどないが、顔を覚えられたらもしまた視察しようとなると、顔まで変えないといけなくなる。
だから正直、苦肉の策だが仕方ない。
「シリル。」
「ん?‥っ!」
シリウスの頬に軽く触れる程度だが、口付けただけ。
でも、事前に意図は話してあるので、シリウスも一瞬驚いたようだが、すぐに表情を綻ばせて演技を続けた。
「リン。嬉しいけど、どうした?」
「なんとなくしたかっただけ。‥‥ずっと怖くて仕方ないから‥‥」
「そうだよな‥‥ごめんな?近道なら予定より早く着くはずだから、もう少し付き合ってくれな?」
「うん‥‥」
そうして、私達が前方の男性に視線を戻すと、振り返っていて、げんなりした表情をしていた。
(でしょうね。私でもしたと思うもん。)
「‥‥もういいか?」
「ああ。案内頼んどいてごめん。」
「いや‥‥」
と私に視線を向けたあと、シリウスに視線を戻し、苦笑いで言った。
「こんな美少女が彼女なら、そうなるよな‥って妙に納得した。」
「「‥‥‥」」
これにはどう答えていいか、正直分からなかった。
ただ、男性は特に気にしてないのか、再び「行くぞ」と歩き出した。
今度は私達もそれに続く。
そうして、やはり裏路地に入っていったのだが、そこを通り始めてから、チラッと私達の方を振り返ったり、不意に一瞬だけだが、鋭い眼差しを別の路地や建物の窓に向けていた。
恐らく、私達がついてきてるかの確認と、鋭い眼差しは仲間への牽制か何か。
そう判断した私は、男性が前方を見ている隙にたまに私の様子を見るシリウスにも特に何も言わず、大人しく男性について行った。
そして。
(やっぱりかぁ~‥‥)
そう内心げんなりしつつ思った私は、表面上は怖がったまま相変わらずシリウスに体を寄せていた。
到着した場所はまさかのリリ姉様やアイリス達が誘拐されたあと、監禁されていた場所。
あの後、あの建物をどうしたのかは聞いてなかったが、どうやら破壊したらしい。
敷地の広さに似合わず、建物は普通の平屋の一軒家といった感じに変わっていた。
ちなみに、この建物の前まで来たところで私達は一斉に囲まれ、意図的に大人しく捕まり、この建物の中に入っていき、その中の一室にいる。
幸いにも、私達はか弱い類いの方の平民と思ってくれてるらしく、拘束されているのは後ろ手にされた腕だけだ。しかも縄。
いつでも切って反撃できる。
まあ、手錠だろうと切ってみせるけど。
姉様がルシアに嵌めた魔法を使えなくさせる装置とかを使われても、肉弾戦で制圧できる。
まあ、姉様が持っていたのは国からの支給品で徹底管理されているものだから、ここの人達が持ってるはずはないのだが。
━それはいいとして。
もちろん、私達を案内してきた男性はやはり仲間だったらしく、拘束なんぞされてない。
なので、今度は繕いもせずにやりとした嫌な笑みを浮かべて言った。
「シリルとリンだったか?─残念だったな。近道どころか、永遠のさよならだ。」
「「‥‥‥」」
私は『演技中演技中』と心の中で復唱しつつ、怯えた表情で返した。
「話が違うじゃないですか‥‥」
さすがに涙を流す程の演技は難しい。目薬が欲しい。
「そうだよ!お兄さん、騙したのか!?」
「可哀想にな‥‥でも、ある意味人を見る目がないお互いを恨むことだな。2人共、見目がいいから高値で売れるだろうな。」
と少しも可哀想と思ってない表情で宣う男性に、私は内心、『やっぱり奴隷か何かで売り飛ばすつもりだったか‥‥』とげんなりした。
ルシアやコルド伯爵、当時の闇ギルドの者達を捕らえた時点で終結していてほしかった。
当時の末端の人達かもしれないが、名残は残るものらしい。
(さて、どうするかな‥‥)
当初の目的は果たせた。
ここに来るまでの裏路地の様子もしっかり見ている。
確かに一部だろうが、窓や扉が壊れた中が丸見えの建物もあったため、生活水準が最悪なのは見てとれた。
私は予想はしていたものの、いざ目にするとやっぱり悲しく感じた。
ガリガリに痩せた子供まで見えてしまったから‥‥
でも、ここの現状を知り、打破するのはシリウスの仕事。
私はシリウスを無事に返し、この男性一味を拘束することを考えたらいい。
だが、もう少し情報がほしい。
例えば、奴隷商や買い手のことなど。
ちゃんとまともに、合法的にやってる人もいるので、その見極めもしないといけない。
合法的にやってる人なら、私達が正体を明かせば焦って見逃してくれるはずだからだ。
それなら、この男性一味だけ拘束すればいい。
私達が騙した様なものなので仕方ないとはいえ、シリウスは王太子だ。誘拐した時点で反逆罪になる。
それらはシリウスも分かっているはずだが、相談ぐらいはしないとまずい。
ということで。
「お兄さん、私達永遠のさよならって‥‥」
「ああ。2人みたいに見目のいい男女は高値で買ってくれるからな。─まあ、稀に男女の睦み合いを見て興奮する様な異常者がいるらしいから、そういうやつに買われたら離れずには済むかもな?」
「「!!!」」
(げっ!最悪‥‥)
私は演技を始めてから、表情を繕うのが大変だ。
正直、今すぐやめたい。
でも、まだその時じゃない。
「私達、どこに連れて行かれるの‥‥?」
「ん?そんなの決まってるだろ?─奴隷商だ。」
「「奴隷!?」」
「ああ。─心配しなくても、合法的にやってるところだ。」
「名前は?」
「聞いても分かんねぇだろ?」
「俺の父さん、貴族と取引したりもしてるから、聞いたことあるかも。」
「なんだと!?」
と驚いた男性に続く様に仲間が声を上げた。
「おい、まずくないか?貴族の知り合いなら、行方不明になったって捜索かかるかもしれないんじゃ‥‥?」
「スラムを通過する途中で行方不明になったってすぐに分かるよな?」
「そうなったら、ここはかつても監禁に使われていた場所だから、まず捜索される場所だよな?」
そう口々に言い出した仲間に、男性は「黙れ!!」と一喝した。
それで静かになった室内。
どうするかなと見ていると、再びにやりと嫌な笑みを浮かべた男性は口を開いた。
「なら、別の‥‥他国に売ればいい。それなら足取りを掴むのに時間がかかる。証拠がなければ俺達は捕まらない。捜索している間に逃げりゃいい。─違うか?」
『!!!』
(そうきたか‥‥。─あ。他国ってことはあれかな‥‥昔、ルシアが奴隷売買の仲介してたとか話してた時のかな‥‥?)
そう思っていたら、男性が私達に視線を向けてきた。
そして。
「という訳で、この国すら出てもらうからな?2人共。」
「「!!!」」
「い、今すぐ‥‥?」
「ああ。」
「シリルと離されるの?」
そう聞くと、少しだけ考える様子を見せてから答えてきた。
「いや。まとめて他国に渡すから、とりあえず道中は一緒にいさせてやる。」
「とりあえず!?」
「ああ。そろそろこの王都に入るからって隣国の奴隷商が手紙寄越して来ててな?─売る人材は適当に身繕うつもりだったが、素晴らしい上玉のカモ達が自ら来てくれたからよかった。─それに正直、この国の奴隷商にお前達を売るのは勿体ないし、危ないかなとも思ってたんだ。自分から危険だと教えてくれてありがとな?」
(なるほど。隣国の奴隷商の方が安全で、尚且つ高値で私達を買ってくれるはずってことね。なら、チャンスは今かな。)
そう判断した私は、男性に訴えた。
「それなら、最後にシリルと2人きりで話をさせて。」
『は?』
「駄目だ。このままここで話せ。」
(まあ、そりゃそうだよね。隙を見て逃げるかもって懸念するだろうし。)
「や、やだ。話って言ったけど、その‥‥」
ものすごく恥ずかしいが、シリルをチラッと見たあと、男性に『察して!』と目で訴えてみる。
すると、狙い通りの反応を返してくれた。
「え?‥あ、そういうことか‥‥処女かは知らないが、睦み合う時間はやらないからな?」
「うん‥‥」
私は頑張って『この先を想像して悲しくて辛くて怖くて仕方ない』風を装い続けた。めちゃくちゃ疲れる。
それに騙されてくれたらしく、男性だけではなく全員が部屋から出ていき、シリウスと2人きりになった。
「(シリル。扉が僅かに空いたままだから、見てる。読唇術ある人がいるかもしれないから、口付けてるふりで私の顔を見えない様にして。)」
「(分かった。)」
そうこっそり会話したあと、拘束されたままのシリウスが体を捻って私を扉からの視線から隠した。
「(シリル。この国の奴隷商なら正体を探ってからあの一味を拘束しようと思ったけど、予定変更するよ。)」
「(ああ。隣国の奴隷商も纏めて拘束するんだな?)」
「(うん。基本的に犯罪奴隷でもない限り、他国に渡すことはない。─なら、これは立派な犯罪。国際問題よ。)」
「(ああ。)」
「(それはいいけど、シリル。)」
「(ん?)」
「(また視察する?)」
「(? もちろん。まだ一部しか見れてないしな。)」
「(だよね~‥‥)」
「(どうした?)」
「(私達、多分目立っちゃったでしょ?この誘拐に関わってない人達でも、今の男性達の姿が見えなくなったあと、捕まったと知ったら私達が怪しいじゃない?)」
「(ああ~‥この変装は今回限りってことか‥‥)」
「(そういうこと。‥‥話戻すけど、とりあえず奴隷商と落ち合うところで暴れようか?)」
「(そうだな。あいつらにはもう変装も演技も意味はないからな。)」
「(うん。)」
(相談はこれぐらいでいいかな)
と思い頷くと、シリウスが頷き返して振り返り、扉に向けて言った。
「もういいよ!」
その声を受けて、やっぱりすぐそこに待機していたらしく、全員すぐに入ってきた。
「もういいのか?」
とニヤニヤしながら言う男性にシリウスが答えた。
「ああ。─俺は諦めないって決めたからな。」
それにニヤニヤ顔を引っ込め、眉をピクッとさせた男性は、「ほう‥‥?」と窺う様な視線をシリウスに向けた。
私もシリウスのこの言葉は予定外だったが、表情に出したら駄目だと繕い続けた。
「お兄さん達には負けない。リンは俺のだ。絶対守る。」
「おお~おお~カッコいいこと言うじゃねぇか。─ならせいぜい頑張んな?」
そう言ってシリウスを嘲笑い、私達を立たせた。
そうして、私達は連れて行かれるのにわざと従った。
‥‥おかしいな‥‥?
サラッと終わらせるつもりだったのに‥‥
まだマリン劇場は続くみたいです。