286話 私の対戦相手は‥‥
マイクを持った陛下が口を開く。
[では、発表する。四年生の剣術と魔法、両方の優勝者であるマリンの対戦相手は‥‥]
ゆっくり数秒ためたあと、陛下は告げた。
[マリンの兄弟達だ。]
『え!?』
[もう一度言うか?]
『はい。』
[マリンの兄弟達だ。]
[え?]
『えぇぇぇぇぇぇぇ!?』
会場中が一体となった瞬間だった。
そして私は拡声を解除した。
「(なるほど‥‥そうきたか‥‥確かに最初に聞いた時も兄様達3人共いたし、審判で姉様もいる。)」
[マリン。シリウスから聞いているぞ?夏休みに帝国に行く際、毎年の様に兄弟対決しているのだろ?ああ、魔法師団でも魔法を披露してくれたんだったか。‥‥私は見せてもらってないが?]
「(それかー!!‥‥見たかったのか‥‥陛下も。)」
[私に委ねたんだ。もちろん、断らないよな?マリン。]
そう言った陛下は楽しそうだった。しかも笑顔。
「(まあ、私はいいんだけども‥‥)」
と観客席にいる父様達を見ると、全員が苦笑いを浮かべていた。
アクア兄様はともかく、ヒスイ兄様とフレイ兄様は断り辛いはずだ。
陛下はヒスイ兄様にとっては義理の父に当たるし、フレイ兄様にとっても義理の伯父。
そして、視線を動かして見たのは姉様。
姉様も王国直属の魔法師団員ということで、断り辛いのか苦笑い。
うん。逃げ場ないな。
むしろ私が陛下に丸投げしたばっかりにすみません。兄様達。
私がそんなことを考えていると、陛下が更に逃げ場を失くす言葉を重ねてきた。
[さて、まずはヒスイ。今や私の義理の息子でもあるんだ。まさか断らないよな?]
「!」
遠いので正確には聞こえてないけど、多分「うぐっ」って唸ってた。
[同じくフレイも。甥だしなぁ~?]
「!」
フレイ兄様も「うぐっ」って唸ってた気がする。
[クリスは魔法師団員だから、私の指示に従ってくれるよな?]
姉様も多分「うっ」って言った。
[アクアは‥‥強制できないな。‥‥マリン、どうする?]
逃げ道失くしといてよく言うよ‥‥全く。
‥‥仕方ない‥‥やるかな‥‥実際、頼んだの私だし。
‥‥あ。いや、ちょうどいいか。開催宣言で言ったことをまた言える。
そう思った私は再び陛下を見上げて笑顔を向けた。
「【拡声】」
[さて、マリン。そなた達兄弟の実力。見せてくれるか?]
[ふふっ。分かりましたわ、陛下。存分にご覧ください。
‥‥ヒスイ兄様、フレイ兄様、姉様、アクア兄様。私の対戦相手、受けて頂けますか?]
「「「「!!」」」」
全員を順番に見ると、都度頷いてくれた。
そして兄様3人は観客席から移動を始めてくれて、姉様も真っ直ぐこっちに向かってきてくれる。
というところで、ふと気付いた。
[陛下。申し訳ございません、一つよろしいでしょうか?]
[ああ、なんだ?]
[審判、どうしますか?]
[ああ、そうだな‥‥夏休みの時はどうしていた?]
[生徒会長であるベネト様か、もしくは父であるクローバー辺境伯。帝国に着いてからは帝国の元帥様が担ってくださいました。ですが、ここには元帥様はいらっしゃらないので、父かベネト様にお願いしたらいいかと。]
「「!!」」
皇帝陛下、元帥様。動いちゃ駄目だから!!
そのために言ったんだからね!
名前を出した元帥様とうずうずし出しただろう陛下が立ち上がり、声を寸前で止めたのが僅かに分かった。
私が渡した魔道具が少し揺らいだんだ。
まあ、うずうずし出した陛下を止めようと元帥様も立ち上がったのが分かったから、私も名前を敢えて出したんだけどね。
[ふむ‥‥ならば辺境伯。頼めるか?]
「!」
声が届かないことが分かってるからか、陛下に向かって一礼したあと、父様も観客席から移動を始めてくれた。
やがて、私が武舞台の上で待っていると、全員が集まった。
拡声を再び解除して、こっそり話す。
「(兄様、姉様、父様。お分かりでしょうが、私は火と闇を使えないことになってるままなので。)」
もちろん分かってる。
そう言ってくれてる様に全員が頷いた。
「(アクア兄様。訓練用の剣と魔力刃、どっちでいきますか?)」
「(う~ん‥‥‥魔力刃でいく。‥‥って勝手に決めていいのか?)」
「(ふふっ。いいんです。陛下はいつも通りを見たい様ですから。)」
「(それもそうだな。)」
「(大体の条件はいつも通りでいきますか?)」
「(ああ。そうしよう。)」
「(了解です。あと、この武舞台から落ちただけでも失格として戦線離脱になる。‥‥それで構いませんか?)」
「(ああ。そうしないとまたマリンに気絶させられるからな。)」
「(ふふっ。そうですね。‥‥‥兄様、姉様。)」
「「「「(ん?)」」」」
「(巻き込んですみません‥‥)」
「「「「(いいよ。)」」」」
笑顔で答えてくれた兄弟達。
そうして、父様は審判用の壇上に、兄弟達は対戦相手としての立ち位置に向かった。
そして、到着した4人はしっかり柔軟を始めた。
私はこの間に再び【拡声】を発動させた。
[陛下。兄達が準備をする間、会場の皆様に話すことを許可頂けますか?]
[ああ、もちろんだ。]
[ありがとうございます。‥‥さて、会場の皆様。‥‥というより、在校生の皆様。ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、私の目の前にいる私の兄達と姉も全員、学園の卒業生です。そして全員が魔法試験での入学。‥‥ちょっと兄弟自慢になりますが、上の兄2人だけで6属性全て見ることができますし、3番目の兄は剣術にも秀でてます。姉は魔法に特化してますが、実力は魔法師団の方々ならご存知でしょう。加えて兄弟全員、魔法は無詠唱です。]
『え!?』
[在校生の皆様。私の兄弟達は素晴らしい見本となるでしょう。‥‥開催宣言の時にも申し上げましたが、戦い方、選ぶ魔法やその使い時、そして、それにどのように対応しているか。それらをしっかり見ていてください。私でも、兄弟達でも構いません。この時間をしっかり、今後に生かしてください。]
『‥‥‥』
[ふふっ。ちょっと生意気でしたね。‥‥さて、兄様達。いかがですか?]
「もういいぞ!」
私はヒスイ兄様の声を受けて、再び陛下に視線を向けた。
[陛下。お時間を頂き、ありがとうございました。]
[ああ。‥‥ヒスイが自身の結婚披露宴にて言った「マリンは俺達兄弟全員と戦っても余裕で勝てるほど強い」‥‥この言葉の通りかどうか、私に見せてくれ。]
[! ふふっ。はい。畏まりました。]
陛下に答えたあと、私は兄様達の方に向き直り拡声を解除して、改めて父様に向かって頷いた。
父様もそれを確認したところで。
「それでは。‥‥始め!」
父様の開始の声と同時にアクア兄様が魔力刃を形成しつつ、向かってきた。
それと平行して残りの3人から無詠唱での魔法攻撃も始まる。しかも器用にアクア兄様を避け、私だけを狙う。
今年の夏休み、姉様は一緒じゃなかったのに連携がしっかりしてるまま。さすが兄様達だ。
アクア兄様の魔力刃を受ける為に、私も魔力刃を形成しないとだし、ヒスイ兄様達からの魔法攻撃にも対処しないといけない。
だから私は複数の魔法を止めどなく放ちつつ、動き回ることを強制される。
やっぱり兄様達とやるのは楽しい。
私は自然と笑顔になっていることを自覚しつつ、対応していく。
すると、鍔迫り合いになっていたアクア兄様も笑顔で聞いてきた。
「マリン、やっぱり楽しいのか?」
「はい。もちろんです。今年の夏休みは姉様が一緒ではなかったので、余計にですね。あと、闘技場でこんなに人がいる中で、というのもありますね。」
「ああ。そうだな。帝国では皇族と王族、マリンの友人達だけだったからな。」
「はい。アクア兄様も楽しいですか?」
「ああ。ヒスイ兄様達もらしいが、マリン達が楽しそうにやってたのを見て、疼いてたんだ。」
「ふふっ。そうでしたか。では、ヒスイ兄様達も楽しんでくれてるということですね。」
「ああ。そう思うよ。」
そう言った瞬間、アクア兄様は自ら後ろに退いた。
と同時に3種類の魔法が飛んできた。
光槍と闇槍と氷槍。
「さすが!容赦ない攻撃ですね~!でも。【土壁】」
また文句が来るかなとすぐに解除したら、間髪入れずアクア兄様がまた魔力刃で向かってきた。
当然の様に私もそれを受ける。
「さすが。文句が来ると思ったか?」
「もちろんです。‥‥実際、言いますよね?」
「言うな。マリンの土壁、頑丈だからな。」
「反射はずるいというか、危ないかなと思いまして。」
「ああ。それは俺に向けることもできたんだよな?」
「はい。」
「やっぱりな。‥‥我が妹ながら末恐ろしいな。」
ちなみにこうして話ながらも絶えず魔力刃で打ち合っている。
「ふふっ。‥‥さて、そろそろ終わりにしますか!」
「えっ‥‥」
アクア兄様の表情が若干、引き吊った。
私はそれを見なかったことにして「誰からにしようかな~」と考え始めた。
その時だった。
リリ姉様とマリア姉様、母様達の悲鳴が聞こえたのは。
『!!』
私達兄弟はその瞬間、一斉にピタッと動きを止めたと同時にそこに視線を向けた。
そして、リリ姉様達4人が短刀を持った犯人達の人質になっている状況を視界に納めた瞬間、全員の怒りスイッチが入った。直後、すぐに兄弟全員が私の近くにきた。
「「「「マリン。」」」」
「ええ。【拡声】[‥‥‥私達クローバー辺境伯家の兄弟全員を怒らせたらどうなるか、しっかり見せて差し上げましょうか。]
「「「ああ。」」」「ええ。」
[ふふっ。母様達、リリ姉様、マリア姉様。今、お助けしますね。‥‥犯人共、覚悟はできてるんでしょうね?]
『え?』
最後だけ怒りを込めてそう言ったあと、拡声を解除した。
そして、私とヒスイ兄様とアクア兄様は身体強化を瞬時に纏い、武舞台から観客席まで真っ直ぐ駆け上がった。
フレイ兄様も身体強化はできるが、風属性を持ってないので風を纏ってのスピードアップができない。なので、姉様と武舞台に残る。
そして、私は駆け上がりつつ、母様達4人を水柱を使って保護した。
それでもやっぱり連度やスピードの差で私、アクア兄様、ヒスイ兄様の順に駆け上がり、最後の観客席の手摺を踏み締めた勢いで飛び上がり、そのまま犯人達の背後に降り立ち、一人ずつ首に手刀を食らわせ、残りの一人も私が麻痺させた。
が、これで終わった訳ではなく、他の出入り口からも仲間が出て来て観客を襲おうとした。
「マリン。ここを頼む。」
「はい。」
兄様達2人は左右に分かれて闘技場の観客席を走りつつ、私がやった様に武舞台に向けて犯人達を叩き落とし始めた。
私はというと、水柱を解除し、母様達4人に怪我がないか確認したあと、この場の犯人達を水牢獄に入れ、そのあとはこの場から動かず、兄達の援護に回る。武舞台に残ったフレイ兄様と姉様もだ。
そうすると、あっという間に片付くもので。
『‥‥‥』
観客達は無事っぽい。
問題は武舞台の近くにはまだ生徒がいる。
落とされた犯人達もいる。
「さて、犯人達を回収しないと。‥‥母様達、リリ姉様、マリア姉様。戻りますね。」
「「「「は~い。」」」」
慣れとは恐ろしい。
4人共、私達を信じているから全く怖くなかったとさっき言っていた。
私は回り込むのが面倒だったので、観客席から直接飛び降りた。
そして、水牢獄に兄様達が落とした襲撃者を纏めて入れたあと、サーチで他にいないことを確認しながら武舞台に戻った。
やがて、観客席を走ってくれたヒスイ兄様とアクア兄様も合流した。
「ふふっ。やりましたね、兄様達。」
「「「ああ。」」」「ええ。」
「‥‥‥仕切り直しですかね?」
「「「「‥‥‥多分。」」」」
すると、そこに騎士達がきた。
「辺境伯家の皆様。ご協力に感謝申し上げます。‥‥それと、折角の試合をお邪魔する事態になってしまい、申し訳ありません。」
「ふふっ。構いませんよ。私達が勝手に動いただけですから。」
「そうですよ。私達兄弟の逆鱗に触れた犯人達が悪いだけです。それより、連行して頂けますか?」
「はい。もちろんです。そのために参りましたので。」
ということで、ちょうど水牢獄の中で目覚めた人もいたので、邪魔された腹いせも込めて水牢獄の上から犯人達に麻痺をお見舞いしてあげた。
それから、水牢獄を解除すると、騎士達が拘束し直し、私達に一礼したあと連行していった。
すると。
[ヒスイ、フレイ、クリス、アクア、マリン。]
陛下の声に全員で視線を向けた。
[犯人達の拘束、見事だった。協力に感謝する。]
その言葉に一礼する私達。
[さて、仕切り直し‥‥できそうか?]
と聞かれ、私は全然平気なのだが、兄弟達が‥‥と見ると。
‥‥全員苦笑い。
「‥‥魔力は無理ですが、体力を回復させたら少しは平気になりそうですか?」
「ああ。頼めるか?マリン。」
「はい。もちろんです。【体力回復】」
4人全員に掛けたあと。
「魔力譲渡ができたら良かったんですけどね‥‥」
「だな。‥‥マリン、陛下に。」
「はい。‥‥【拡声】」
私は再び陛下に向き直り、答えた。
[陛下。体力だけは回復致しました。兄達も仕切り直しに異議はないそうです。]
[そうか!ならば、改めて見せてくれるか?]
[はい。畏まりました。]
こうして、改めて私達の兄弟対決は再び始まった。