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第二話:エルフの王子

 翌日、目を覚ましたミミは窓辺で大きく伸びをした。


「う〜……ん。やっぱり空気も景色も島と全然違うなぁ……ふぁっ!? なんかさわった!」


 伸ばした両腕が何かひやっとしたものに触れて、思わず声をあげるミミ。

 おそるおそる確かめると、自分の顔の横になにやらにゅっと長いものが生え出ていた。


「なんだか、いろんなとこにいろんなのがにょきにょきだなぁ……あ、これ耳? わたしの?」


 ぺたぺたと根元まで触ってみて、ようやくそれが自分の耳の一部だと気がつくミミ。昨夜は色々あって気づく暇もなかったのだろう。つまんだり引っ張ったりしてみると、確かに感覚があった。


「変なの……でも、わかりやすくていいかな。知らない人たちに会っても、耳が長いミミです! って言ったら絶対覚えられるよね。どうかな……知らない人って、みんなリカオンみたいに優しいのかな」


 ぶつぶつと独り言をしながら、ふと自分の唇に触れるミミ。昨夜のリカオンとのことを思い出して、思わず顔がぽっと赤くなる。


(あれって……キス? だよね? 私とあの人で……女の子同士で。あ、でもわたしはもう女の子じゃないのかな。っていうか、結婚してるなら当たり前なのかな。っていうか、なんで結婚……??)


 もやもやとまたこんがらがった考えが浮かんできて、ミミはハッと首を振る。


「いけない、いけない。考えすぎはよくないよね! せっかく新しい島……じゃなくて、クニ? に来たんだもん。楽しく行こう!」


 自分を鼓舞しようと明るく独り言していると、コンコンとノックの音がした。


「起きていらっしゃいますか?」

「あ、リカオン! さん! 起きてます! 入って大丈夫です!」


 ミミが元気良く答えると、リカオンは遠慮深い所作で扉を開いて入ってきた。


「おはようございます、ミミ様。体調はよろしいようですね」

「はい、とっても元気です!」


 ぴょんとひと跳ねして、笑うミミ。その姿を見て、リカオンもくすっと笑う。


「では、こちらの服に着替えてください。今日はお客様がお見えになりますので」

「おきゃくさま?」

「第三王子のジークフリート様です。この国で四番目に偉いお方ですよ」

「だい……におうじ……くふりー……」


 リカオンはなるべく噛み砕いた言葉を使ったつもりだったようだが、ミミにはそれでも複雑すぎたらしい。そもそも、彼女は国という概念もまだはっきり理解してはいないのだ。リカオンはため息をついて、ミミに直接関わりのあることだけを伝えることにした。


「……ジークフリート様は、ミミ様の身元を引き受けてくださったんです。つまり、あなたの後見人……親代わりというところでしょうか」

「新しいお父さん、ってこと……ですか?」

「まぁ……そのようなものです。さ、着替えをお手伝いいたしますから、手を挙げてくださいませ」


 言われるままに両手を挙げると、リカオンはささっと手早くミミのネグリジェを脱がせて、持ってきた清楚な服一式を着せはじめた。ボタンを留め、ベルトを締め、サイズ感を確かめては微調整し。人に着替えさせられるなど赤ん坊の頃以来で、ミミは不思議がる。


「あの……リカオンさんはわたしの奥さんなんですよね? なんでそうなったかわかんないですけど……」

「ええ、そうですよ」

「つまりこう、わたしのお父さんとお母さんが、今のわたしとリカオンさんなんですよね」

「……はぁ」


 ミミの言いたいことがわからず、テキパキと彼女に服を着せていきながらもぼんやりと返事をするリカオン。


「でもでも、お父さんは、自分で服を着てたです。あと、二人ともですますとか、『様』とか『さん』とかは言わなくて、名前で呼んでたんです。だから、なんだか……なーんか違うかなって……」

「……つまり、私と対等に接したいということでしょうか」


 ミミの服を着せ終え、一歩離れて全体を確かめつつ返事をするリカオン。ミミはブンブンとうなづく。


「そう、それっ! たいとー! おなじな感じ!」

「それはなりません。あなたはエルフなのですから。人間同士の婚姻とは違います。あなたはこの屋敷の主人であり、私はあなたの庇護下に置かれたということです」

「ひご……?」

「あなたに守られる者という意味です。もちろん、ミミ様が私を呼び捨てになさったり、くだけた言葉をお使いになるのは結構ですよ。むしろ、そうしていただいた方が体面も良いでしょう」

「ふぅん……ぬ」


(わたしが、まもる……でも、昨日からずっとお世話されてばっかりなのに……?)


 納得いかない様子のミミに、リカオンは説明がやや面倒になった様子でコホンと咳払いをする。


「私たちのことは後でお話しいたしましょう。まずはジークフリート様とのご面会をなさいませんと。あの方は……とてもお優しい方なのですが、気難しい方でもありますので。なるべく第一印象を良くしておきませんと」

「きむずかしいジークフリー……」

「さ、綺麗に支度できました。お美しいですよ、ミミ様」


 そう言って、リカオンは鏡の前にミミを立たせる。生まれ変わってから初めて見る自分の姿に、ミミはびくっと長耳を震わせて驚いた。華奢な体型や褐色の肌色はそのままだが、艶のある黒だった髪はすっかり銀色に染まり、目も琥珀色に変わっていたのだ。幸い(?)下半身の変化はゆったりしたズボンのおかげで目立たないが。


「うわーっ……わたし、こんななんだ……! 耳動いてる……髪、銀色……」

「多くのエルフの方々を目にしてきましたが、お耳の長い方は初めて見ます。きっとミミ様は特別なエルフなのですね」

「ジークフリーも、特別なエルフ? おーじって……」


 さっそく、くだけた言葉でたずねるミミ。リカオンを下に見るつもりはなかったが、とにかく彼女にとって慣れないですます調は疲れるのだ。


「そうですね。ミミ様とは別の意味ですが……あの方はこの国で四人目に生まれたエルフですから。それだけ長く生き、多くを知っていらっしゃいます。あの方が親代わりになってくださったのは、ミミ様にとって幸運なことですよ」

「親……あ、じゃあその人、お父さんって呼んでもいい?」


 ミミが尋ねると、リカオンは急に厳しい声で否定する。


「それはいけません。絶対に」

「ふぅん……ぬ」


 またしても納得いかない声をあげ、顔をしかめるミミ。一日のうちにこう何度も顔をしかめるのは、生まれて初めてのことだった。


***


 そしてミミは屋敷の居間に案内された。

 自宅ながら初めて見る居間のソファには、輝く銀の髪に白い肌、なみなみならぬ存在感を放つ美女が腰掛けていた。まるで自分こそが屋敷の主人であるかのように、堂々として不遜な態度。ミミの島には、一人もいなかったタイプだ。

 あらわな服装から垣間見える豊満な女性らしい体つきを見て、確かに「お父さん」は合わないかなと納得するミミ。


「…………」

「ご機嫌麗しゅう、ジークフリート様。さ、ミミ様もご挨拶を」


 ぽけっと立ちつくすミミに、リカオンが促す。

 無言で品定めするようにこちらを見るエルフを前に、ミミはへりくだるでもなくまっすぐ立って、満面の笑みを浮かべながら声をかけた。


「こんにちは! ジークフリー! さん。ミミです! 耳が長いです」


 明るく挨拶をするミミ。彼女には「初めまして」という習慣はなかった。そもそも初対面の人間に出会うこと自体がほとんどなかったのだ。


「…………」


 ジークフリートは無言でミミを一瞥し、ただ鼻を鳴らした。

 精一杯明るく挨拶をしたつもりだったミミは、その反応にきょとんとする。


(やさしい人って言ってたけど……)


 冷たい態度というものに触れるのも、彼女にとっては珍しいことだ。島にはポポじいさんというやや偏屈な老人がいたが、彼は無口でも十分に優しかった。今のジークフリートの無言の反応は、まるで畑の野菜についた虫を見るような、無関心な冷たさであった。


 困惑するミミの横で、リカオンはため息をつきつつ小声で助言をする。


「ミミ様……頭をお下げになってください。それから、『お世話になります』と」

「うぅ……お世話になり、ます」


 お世話してくれるのはリカオンなのに、どうしてこの人に頭を下げるのか。納得いかないながらも、リカオンの言うことだからと従ってみるミミ。

 すると、ジークフリートは深いため息をついて片手をはらはらと振った。


「茶番はもうよい、リカオン。野良犬に貴人のふるまいなど期待しておらぬ」

「犬がいるんですか!? わんちゃんどこですか?」


 犬と聞いて目を輝かせるミミに、ジークフリートは再びあきれたため息をつく。


「犬とは貴様のことだ。言っておくが、私は貴様に一片も興味はない。生きようが死のうが知ったことではない。王陛下と『あの方』の言いつけゆえ、引き取らざるを得なかっただけだ」

「おーへーか……」


 聞き覚えのない単語が出て来ると、脳がフリーズするミミ。漠然とバカにされているらしいことは感じ取ったものの、バカにされたことの少ない彼女には、怒ったり凹んだりするという反応がとっさに出てこなかった。


「私に迷惑をかけん限り、最低限の世話はしてやる。屋敷を与え、食うに困らん金も与える。野良犬だろうと、王位継承者の末端に加わったからには、体裁だけでも整える必要があろう……王家のためにはな」


 ミミの理解が追いついていないのを承知しつつ、一人で言うだけ言ってふっと皮肉な笑いを浮かべるジークフリート。ミミはしばらく反応に困っていたが、やがてぺこりと頭を下げた。


「あのー、ありがとう。ございます!」

「……それはなんの礼だ?」

「言葉は難しいですけど、つまり、このおっきな家にわたしを住まわせてくれたのはあなたなんですよね。よくわかんなくて、ぼーっとしちゃってごめんなさい、ジークフリー!」


 てへっと笑いつつ呼び捨てにするミミ。横ではらはらするリカオンをよそに、当のジークフリートは意外そうにミミを眺めて、肩をすくめた。


「他人に感謝する程度の脳みそはあったか。ひとまず、リカオンをあてがったのは正解だったようだな」

「恐縮です、殿下」


 ほっと息を吐くリカオン。一方、ミミはその言葉にきょとんと首をかしげ、小声でぼそぼそとリカオンに尋ねる。


「あてがった、ってどういう意味? リカオン」

「……結婚させたという意味です」

「させたって、どういうこと? リカオン」

「……それは」


 ミミの素朴かつ直截な疑問に、リカオンは言葉を詰まらせた。

 その後をついで、ジークフリートが堂々と答える。


「私が結婚を命じたということだ。人間からエルフに変じた者など例がないのでな。上に立つ者のふるまいを身につけるには、相応しい家と立場を与えるのが手っ取り早いと考えた。家庭を持ち子を成せば、少しはエルフらしくなるだろうとな」

「えーっと……じゃあ、リカオンはしたくないのに、ジークフリーがリカオンを私と結婚させたの?」

「そういうことだ。不服か?」


 高圧的なジークフリートの問いかけに、ミミは「ふふく」という言葉がわからないながらも、胸の奥が無性にざわっとするのを感じた。

 それは幸せに生きてきたミミが初めて抱いた、もやもやとする不快な感情だった。風邪をひいて寝込んだ時とも違う。嵐を恐れて震えていた時とも違う。飼い犬のモモの具合が悪くなった時とも違う。

 特定の誰かに対する、強い感情。抱えたままだと、体が重くなるような気持ち。


(何か言わなきゃいけないような……何を言ったらいいんだろ。私は何を感じてるんだろ、この人に……なんだかわからないけど、よくないよ。よくない、って言わなきゃ……)


「あのっ!」

「……なんだ」

「それ、ダメです」

「……なんだと?」


 眉をぴくりと上げるジークフリートに、ミミはまるで挑発するように微笑みを浮かべて言った。もちろんミミにはそんな意図はない。彼女はただ、言いたいことを言うのが時として人を不快にさせるという認識がないのだ。


「なんていうか、したくないこと誰かにさせちゃダメだよ。ですよ!」

「み、ミミ様……いけません!」


 慌ててミミを止めようと手を伸ばし、彼女の口をふさぐリカオン。だが、遅かった。


「ふむぐむぐ」

「……運良くエルフの体を与えられただけの獣風情が、私に意見するか」


 豪奢なソファから立ち上がり、ジークフリートはミミの前にずいっと歩み出た。長身かつ手足もすらりと長いジークフリートの前に立つと、ミミの姿はまるで子供のようだった。

 その身長差のせいで、彼女の大きな胸がミミの目の前にふわりと押し出され、思わずじっと見てしまうミミ。一瞬、心臓がどくんと高鳴る。


(な、なんだろ。おっぱい見てドキッとしちゃった……)


「犬にも分かるように説明してやる。お前はもう人間ではなく、エルフになったのだ。人間の上に立ち、管理し、君臨するものに」

「くんりん……」

「人間との婚姻に相手の意志など関係ない。望むと望まざるとに関わらず、我々エルフにとって必要ならば何十人でも娶らせるさ。我々はそうして繁栄を保ってきた。仮にもエルフの王子として、貴様にもその血を存続させる義務がある。健康な嫁をあてがうのは当然のことだ」

「んー……っ」


 目の前でゆさゆさ揺れる乳房と、ジークフリートの威圧的かつ自分で言うほど分かりやすくない言葉に幻惑されかけたミミは、ブンブンと頭を振って正気を取り戻す。


「よくわかんないけど、じゃあ、わたしリカオンと結婚やめるよ! 結婚は二人が決めることだもん……ってお母さんが言ってたもん。リカオンがいやなのに結婚してるのはわたしもいやだもん」

「ミミ様……」


 複雑な表情で唇を嚙むリカオン。

 一方、ミミはふつふつとこみあげる熱い気持ちの正体をようやく自覚し始めていた。


(わたし、たぶん怒ってるんだ。畑のお手伝いさぼってお母さんに「めっ」てされた時のお母さんみたいに)


 ひるまないどころかさらに反抗するミミを見て、ジークフリートはふっと力を抜いて再びソファに腰掛けた。そのくつろいだ姿勢からすると、最初から本気ではなかったのだろう。


「不退転……いや、無知ゆえの蛮勇というところか。物を知らぬは恐れも知らぬ」


 独り言のようにつぶやきながら、目を細めるジークフリート。


「貴様はまず己の立場を知る必要があるな。何者であろうと、この国で生きるからにはこの国の法に従ってもらわねばならん。それを拒否するということは、国を敵に回すということだ。わかるか?」

「くに、ってなんですか!」と、怒りのまま偉そうに尋ねるミミ。

「……膨大なヒトの集まりだ。千のエルフ、万の人間が集まり一つの塊をなしている。それだけのヒトが集まって生きるからには、一定の規則がなければ立ちゆかん。獣とて群れを作り秩序をもって獲物を狩るだろう。貴様はこの千年王国という巨大な群れの一員になったのだ」

「うー……」


 ジークフリートは先ほどより少し語調を弱め、ミミに言い聞かせるように説明した。生まれて初めての怒りをさらりと受け流されて、矛先を失ったミミは拳を握ったままおとなしく話を聞く。


「わかったか? わかったなら返事をしろ」

「うー……なんとなく。でも、ダメなものはダメだと思う!」

「それでお前は何をする? 意志を通すために私を殺すか? 貴様とリカオンの結婚は第三王子である私が命じたことだ。他に取り消す方法はないぞ」

「こ、ころ……? ふぬ……ぅ」


 「殺人」という概念さえない世界で育ったミミは困惑しつつも、どうやら結婚を勝手に取り消せないのだということは理解した。


「うーん……じゃあ、どうしよう? ジークフリー!」

「簡単な話だ。力づくで意志が通らぬならば、取引をすればよい。私の提案はこうだ。一ヶ月以内に新しい結婚相手を二人連れてこい。そうすれば、リカオンとの結婚は取り消してやる」

「二人と結婚……?」

「エルフは何人でも人間を娶って構わん。それもこの国の法だ」


 ジークフリートの提案に、目をパチクリさせるミミ。発言のタイミングを見計らっていたリカオンが、慌てて口をはさむ。


「ですが殿下、私は……!」

「お前は黙っていろ、リカオン。……どうだ、ミミとやら。私に命じられた結婚が不服ならば、自ら相手を探せばよい。誰であれ貴様が納得する相手をな」

「…………」


 エルフの王子相手に口答えもできず、黙り込むリカオン。

 ミミはしばらくうーんと頭をひねった後、こくんとうなづいた。


「わかった。それじゃあ……わたしと結婚したいっていう子を探して、わたしもその子を好きになって、二人で幸せに結婚すれば、リカオンはいやいや結婚しなくていいんだよね。ですね!」

「そういうことだ。なかなか頭が回る犬じゃないか」


 馬鹿にしたように言って、皮肉な笑みを浮かべるジークフリート。


「では、交渉成立だ。一ヶ月後を楽しみに待つとしよう。後を任せたぞ、リカオン」


 そう言うと彼女は颯爽と立ち上がり、二人を置いて悠々と屋敷を去っていった。


***


「ハァ……」


 ジークフリートの姿が見えなくなるなり、深いため息をつくリカオン。ミミはその背中を優しくさすって元気付ける。


「大丈夫だよ、リカオン! わたし、ちゃんと結婚相手を見つけるからね」


 ぐっと拳を握って笑うミミを見て、リカオンはさらに深いため息をつく。


「……ミミ様。そもそも私はあなたとの結婚に不満はありません。あんな取引をなさる理由はなかったのですよ」

「えっ?」

「ミミ様と結婚していなければ、誰か別のエルフと結婚させられていたかもしれません。あなたのもとで暮らせるのは、私にとっても幸運でした……エルフが皆あなたのように優しいわけではありませんから」

「そう、だったんだ……」

「……ジークフリート様もお戯れが過ぎます。ミミ様のお立場上、早めに伴侶を増やすのは確かによいことですが……丸め込むようなことをしなくてもよかったでしょうに。ミミ様のこと、よっぽど気に入られたのかしら……」


 ぶつぶつと独り言のようにつぶやいてから、リカオンはミミがぽかんとしているのに気付いて咳払いをする。


「……とにかく、ミミ様。無理にジークフリート様の言う通りになさる必要はありません。あれはあの方なりのご冗談みたいなものですから」

「でも……じゃあ、リカオンはわたしのこと好きなの?」


 まっすぐな瞳でそう問われて、リカオンは一瞬答えに詰まる。ミミのことを気に入りはじめているとはいえ、命じられた結婚であることに変わりはなく、そこに愛などあろうはずもない。

 だがリカオンはすぐにミミの質問の意味に気がついた。ミミの心は見た目以上に子供なのだ。男女やエルフとしての「好き」とそれ以外の「好き」を区別できてはいないのだと。


「……ええ。好きですよ。ミミ様はお優しくて、可愛らしいです。それに……先ほども、私のことを気遣ってくださったのはよくわかりましたから」

「そっかぁ。えへへ……可愛いんだ。うれしい!」


 無邪気ににこっと笑って答えるミミ。だが、それからすぐにむっと口を尖らせる。


「でもね。やっぱりわたし、結婚はなしにした方がいいと思う。だから、ジークフリーの言う通りにするっ」

「……なぜです?」

「だって、わたしがリカオンと会ったのは昨日の夜だし。リカオンがわたしを好きになったのはその後でしょ。だったら、その前に結婚してるのはおかしいもん。一回なしにして、それからまた、お互い好きだったら結婚し直すの。それで全部スッキリだよ!」


 あくまで筋を通そうとするミミの頑固さに、リカオンはふっと微笑む。


「……左様ですか。ミミ様のお気の済むようになさいませ」

「うん、する!」

「私もお手伝い致します。結婚相手探しの前に、ミミ様には色々とお勉強が必要のようですし」

「う……お勉強。しなきゃダメ?」

「ダメです」

「うぅ……」


 島でも勉強が苦手だったミミは、酸っぱいものでも食べたようなしょぼくれた顔でうつむく。

 とぼとぼと部屋に戻ろうとするミミに、リカオンはふと尋ねる。


「……そういえば、私のことばかり気にされているようですが。ミミ様自身はどう思われているんです?」

「へ? なんのこと?」

「よく知りもしない私と、結婚してよろしいのですか?」

「うん、いいよ! 最初は驚いちゃったけど、やっぱり昨日も今日もリカオンのこと好きだなって思ったし。優しいし、綺麗だし。あと昨日、キスされてすっごいドキドキしたし……お父さんの言った通りだなぁって。これが結婚かーって! いいなって……」


 そう言って頰を赤らめるミミ。無邪気なようで、まったく無垢というわけでもなく。その様子にくすっと笑うリカオン。


「お気に召したなら光栄です。また致しましょうね」

「えっ!? う、うーん……うん」


 ミミはこくんとうなづきつつも、顔が真っ赤になるのを感じて、長い耳を引っ張りながらトタトタと部屋に走っていった。

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