4話
宜しくお願い致します。
「異変・中」
緑がかった青色の扉を開くと、カランコロンッと小さくベルが鳴った。
店に入り中を見渡すと、全体的にこげ茶色でカラーリングされており、黒やダークブラウンの椅子やテーブルが一定の間隔で置かれている、落ち着いた雰囲気があるおしゃれな内装であった。
その一角に複数の男女の集団が、それぞれ飲み物を手に談笑していた。
こちらに気づいたのか、一人の男性がこちらに手を小さく振る。
その男性は、黒を基調とした貴族風紳士服を着ており、スッキリとしたズボン、金のボタンで締められたベストに紫苑色のシャツ、ぴっちりとした革手袋をつけていて、フレアコートを羽織っており、銀色に輝く懐中時計を胸ポケットに入れている。漆黒の美しい黒髪を短く切りそろえており、顔を見れば気品が感じられる美男子といったものであるが、その目を見ると何か蠱惑的なものを感じさせる男性であった。
その男性、ベレトさんに手を振り返すと僕は近づき、近くの椅子を持ってきて座った。
「お待たせしました皆さん。」
「いやいや、約束の時間前ですよ。今日はなぜかアリスさんも早く来ていたのでびっくりですが。」
「ちょっとー、それどういう意味よー。」
「そのままの意味ですよアリスさん。いっつも遅れてくるあなたが今日に限って10分前にきているんですから。」
「ひっどーい。まぁ、今回は事が事だしね。アタシも気になって仕方ないんだよ。」
「まぁまぁ二人とも一端ストップっス。ユグさんが置いてけぼりになってるっスよ。」
「いいえ大丈夫ですよ。こっちに来る前に運営からのメールを確認しました。あの事ですね?」
と僕が言うと、みんなが頷く。
「やっぱりあれって、このゲームのサービス停止の事を言っているのかなー?」
「かもしれないのよね。運営からのメールの文面から察するに。」
とアリスさんとマリアさんが会話をし、その運営からのメールを開いた。
僕もステータスウィンドウのメールボックスを開き、昨日の午後に送られていた運営からのメールを改めて開いた。
題名は、
【緊急速報!!必ずご確認ください。】
とあり、内容は、
『プレイヤーの皆様、毎日この「Last Fantasy Online」を楽しんで頂き、誠にありがとうございます!
突然ですが運営チームからご報告をさせて頂きます。
来週の12月20日12:00から12月26日0:00まで緊急大型アップデートをさせて頂きます。
大変ご迷惑をお掛けしますが、どうぞこれからも「Last Fantasy Online」を宜しくお願い致します。
なお、この「Last Fantasy Online」のアップデートはこれで最後となります。
では、アップデータが終わりましたら、またこの世界をお楽しみください。
スタッフ一同、心よりお待ち申し上げております。
宜しくお願い致します!』
と書かれていた。
その後、みんな黙ってしまい重苦しい雰囲気が続いたが、その沈黙を破るように一人の男性が声を発した。
「でも、『これからもよろしくお願い致します。」と「またこの世界をお楽しみください。」と書かれているから、サービスはまだまだ続けるってことじゃないんスかね?じゃないと大型アップデートなんてしないんじゃないかと思うんスけど。」
と大男、酒呑童子さんは困ったようにその端正な顔立ちを歪めながら言った。
その身体は2mほどで肩幅もあり、頑丈な体つきで力強さが溢れているが、煌びやかな和服を着こなしており、どことなく雅な感じを漂わせる男だった。
まぁ、その下っ端口調のせいで台無しだが。
その言葉にベレトさんが
「うーん、そうですよねぇ。アップデート後のすぐにサービス終了なんてないと思いますよね。ガープさん達も同じようなことを言ってましたし。
いやしかし、本当クリスマスというイベントがある時期で、まさにクリスマス中にアップデートをするなんて、今までの運営らしくないですよねぇ。これまでだったら各季節のイベントとかは必ずと言っていいほど何かお祭りイベントとかしていたのに。」
と呟いた。
「ほんとほんとー、なーんか変なタイミングだよねぇこの大型アップデート。大型アップデートするならもっと前からアップデート後に開催されるイベントとか変更内容とか修正内容とか教えてくれるのに、今回はこのメールだけだよねぇ。」
「そうなのよねぇ。それに急すぎるし今までの運営らしくないわ。」
「でも、それだけ今回の大型アップデートは緊急性のある重要なものではないのでしょうか?何か重大なトラブルがあったとか、それとも次のイベントのために色々準備するから忙しすぎてあまり手が回っていないとか。」
「それにしても、今回は開示された情報が少な過ぎます。掲示板の方でも大荒れしてますし、いつもの丁寧な対応をする運営らしくありませんよ。ねぇユグさん。」
と僕に話を振ってきた。
「えぇ、本当タイミング的にも対応的にも、いつもの運営らしくないです。けどまぁ、ここで話しても大型アップデートが終わらない限りどうなるかわからないですよ。ここや掲示板で話し合っても予想しかできませんし。」
と返答をすると、ベレトさんや皆は納得はしていないようだが、
「まぁそうですよね。もしかするとヴィヴィアンさんの言った通り、本当に大きなイベントをするために手が回っていないかもしれませんね。」
と言い、後は皆それぞれで談笑を始めた。
しばらく運営の思惑についてや大型アップデート後のイベントについての予想を話していたが、そろそろ二時間立つので解散することとなり、僕たちはそれぞれの帰路に立った。
その途中、住宅街の大通りでポツリと言葉を零した。
「皆さんにはあんなこと言ったけど、気になるよなぁ。この大型アップデートの後のことが。」
そう、僕はまだ気にしていた。
「確かに文面的には大型アップデート後も続くと書かれていたけど、それがいつまでかわからないんだよな。もしかしたら一か月か二か月後にサービス終了が発表されるかもしれないし、そのためのイベントかもしれないし。はぁ、その後僕は何を楽しみに生きていけばいいのだろうか?」
と、心の中にため込んでいた不安を吐き出した。
ログハウスに着き、扉を開けて中に入ると、リビングのソファにはグローリアが座っていた。近づくと立ち上がり、こちらに向かってお辞儀をし、
「お帰りなさいませ、ユグドラシル様。」
と言った。
「はい、ただいま。」
と、僕は返事をし、暖炉の前に揺れているゆりかご椅子に座り、ため息を吐いた。
ところ変わって、ユグドラシルがログハウスで憂鬱に浸っているとき、
「…あぁ、ユグさんはあんな風に言っていたけど、俺たちの中で一番気にしているのあの人なんだろうなぁ。もっと気の利いた言葉が無かったのだろうか、俺。」
と、ベレトはワイングラスを片手にその見るからに高級そうな、滑らかに曲線を描いている黒塗りの艶やかな木製の肘掛け椅子に指を突き立てた。
その後ろには影に同化するように立っている少女がいた。少女は濡れ羽色の髪を肩まで伸ばしており、その頭頂部には黒猫のような可愛らしい耳があった。顔はやや幼く、その目はナイトダイヤモンドと言われるペリドットのように吸い込まれそうな透明感を持ち、それでいてギラギラと光っていた。その手にはワインのボトルだろうか。それを大事そうに抱えており、主人の言葉を静かに待っていた。
「大体今回は不可解なことが多すぎる。これまで隣人のようにプレイヤーに対し接していて、要望や質問には丁寧かつすぐに対応していた運営が、こんなに大騒ぎになっているのに対応もせず、多くのプレイヤーから説明要求をされているはずなのに謝罪の言葉どころか何の返事もしない。これは異常すぎる。本当に何が起こっているのか…。翡翠、おかわり。」
翡翠、とは少女の名前だろうか。その言葉に反応して少女は動き出し、差し出されたワイングラスにワインを注いだ。ワインは血の色を思わせるような深い紫色をしており、透明なワイングラスをその色に染めていった。
「…まぁ、あの人が言いように大型アップデートが終わってみないと何も分からないか。」
椅子の肘掛けに突き立てた指を苛立たし気に何度も叩きつけた後、止めた。
「まぁいい、これまで通り楽しませてくれよ運営さんよ。俺はまた皆と遊べれば文句は言わないさ。」
と言うと、ベレトは楽し気に哂い、何かを考え始め、静かになった。
呼んでくださり、ありがとうございました。