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暴の蒼海

 一瞬の光の後、夜の静けさが戻ってくる。ファルホークは倒れ込んだまま空を見上げて、重い息を漏らす。


 俺は目の前まで近付き、右手を差し出した。


「あれ程俺様を埋め尽くしていた“負”が嘘みたいに消えてやがる……」


 視線だけこちらに向けると、眉間に(しわ)を寄せ、右手を空に差し出し空を掴む。握り締めた拳は小刻みに震えていた。


「それなりの自負が有ったんだがよ────“星”ってのは随分遠い位置にあるんだな」


 どのような人生を送って来たのかは知らないが、それを追い求めて来たと言うのは戦う中でなんとなく理解できた。


「そうでも無いさ、あんたは十分強かったぞ」


「そりゃ嫌味だろ、勝った男に言われても説得力がね無えってもんだ」

 

 脱力した拳を地面に落とすと、悔しそうに語った。その後乱暴に()()で俺の手を取ると、俺が引き上げると同時に立ち上がる。


 素直で無いと言うか……こればかりは性分か?


「何にせよ正気に戻ったようで何よりだ……それで、まだ戦えそうか?」


 眉をぴくりとと動かし、引き吊った笑みを浮かべる。


「言うじゃねえか……ああどこか体もすっきりしてて、気力まで十分ってもんだぜ」


「だったら話は早い、俺に力を貸してほしい────この戦争……いや、茶番を止めたい」


 俺はファルホークの瞳を真っ直ぐに見つめる。少しの間の後、干渉深そうに口を開いた。


「一つだけ条件がある。全部が終わったら、リベンジさせろ……負けっぱなしは性分じゃねえんだ」


 多分俺の頬は緩んでいる。ファルホークの評価が二段階は上昇したかも知れない、俺にとってそれはどうしようもなくワクワクした。


「いつでも受けて立つ!」


 俺が改めて左腕を差し出すと、今度は右手で手の甲を弾いて来た。


「しゃっあ! 交渉成立だな!!」


 そうこうしていると、ヴィーナスがこちらに近付いて来た。


「終わりましたの? 妙な気分ですけど……口出しは致しませんのよ」


 思うところはあるようだが、理解を示す。俺はヴィーナスに頷くと、ファルホークに視線を戻す。


「カイトの居場所が知りたい、教えてくれないだろうか?」


 唸り声を上げ、頭を掻きむしる。嘘をつく様子もなく、悩ましく口を開いた。


「カイトか、あいつも戻してやりてえが居場所が全く分からん……と言うか、この現象はそこまでか?」


 問題はそこだ。カイトもおかしくなっている可能性もあるし、プルートの出方がまるで読めない。目的を持って動いているのだろうが、チグハグに感じた。


「あんたには隠さず言うが、どんな状態でもカイトは倒す。これは曲げられない」


 それを聞いた時のファルホークの表情は厳しめだ。


「よっぽどの理由があるのか?」


「全て話す事は出来ないが、タウラスを倒すには絶対に必要な事だ」


 ただカイトのかけらを足したとして、勝てるかと言えば疑問が残る。プルートにかけらが期待できない以上、半分でどこまで太刀打ち出来るか────。


 俺が悩みに悩む中、ファルホークはばつが悪そうに答える。


「星神教の教皇か? あいつが裏で絡んでるってのなら、相当まずいぜ?」


「それでも戦わねばならない────少しでも道を踏み違えれば、二つの国は滅ぶ」


 険しい道のりの先、地平の彼方で奴は待つ。その時、少しだけ体が震えた。


 俺は恐れているのかも知れない、負ける事を、失う事を、約束を違える事を……勝つ姿が想像出来ない。


 ルナがここに居たら、俺を叱ってくれたのだろうか?


『待っています。いつまでも、いつまでも……待つ事には、慣れていますから──』


 俺の心の中で、寂しそうに笑う。


「……勝手なことばかり言ってくれる」


「いきなり気持ち悪い笑みを浮かべて……どうしましたの?」


 ヴィーナスの一言で、現実に引き戻され肩が跳ねる。二人を見ると、奇怪な視線に晒されていることに気付く。


 声に出てたなあれ……はっきり言って羞恥の極みだ。穴があったら入りたい……。


「俺様が言うのもなんだがよ、もう少し真面目に話そうぜ?」


「そうだな……悪かった」


「いや、ニヤついてんじゃねーよ。何も面白くねーぞ」


 ファルホークの一言で、表情の変化に気付く。


「この組み合わせが、なんだかおかしくてな」


 二人が顔を見合わせ、軽く鼻で笑い合う。咄嗟に出た本音だったが、どちらかと言うと今は争っている場合じゃ無いと言うのが正しいかも知れない。


「今は細事(さいじ)ですのよ。時は一刻を争いますわ」


 とにかく先を急ごうと、二人が頷き一歩を踏み出そうとした時だった────。


 隷属印が破壊され、倒れる兵士の向こうから、背筋を撫でる何かが迫り来る。それは“強さ”では無く、常軌を逸した“敵意”と言う言葉がしっくりくる。


 ヴィーナスはその先に視線を向け、眼を見開く。


「な、なんですのこのドス黒い闘気は!?」


 一歩……また一歩と進む度に、溢れ出る螺旋の闘気が強まって行く。やがて顔を上げ、その青い眼光が真っ直ぐに俺を突き刺す。


「ううう……がああああああ!!」


 その巨体から発せられる叫び声に、大気が振動した。ぽたりと嫌な汗が頬を滑り落ちた時────俺は理解する。


「これは野獣か何かか?」


 紫色に光る左腕に、想像は容易かった。ファルホークから歯軋(はぎし)りの音が聞こえると、声を荒げ叫び出す。


「どうしちまったんだよ……カイト!!」


 返事は無い、その手には大剣が握られ、ひたひたと血が滴る。


「戦え、戦え戦え……戦え戦え戦え戦え!!」


 狂ったように同じ言葉を繰り返す。“敵意”が具現化したような存在は、ファルホークの冷静さを失わせるに十二分だったようだ。


「眼を覚ませ!!」


「止めろ! あんたじゃ太刀打ち出来ないぞ!」


 俺の静止を無視し、カイトに飛び掛かる。両手を獣化させると、鋭い一撃を繰り出す。


「演舞翼ノ舞──閃空(せんくう)!」


 更に加速し、カイトの喉元まで爪が届く。しかしカイトはそれを嘲笑うかのように剣を振り払う────。鈍い音が鳴り響いた瞬間……ファルホークが地面に叩き付けられる。


「が──く……そ」


 一撃で意識を刈り取る。大剣の腹で殴打し、切傷のようなものは見当たらない。


「ヴィーナス……ファルホークとアルテミスを連れてここを離れろ────出来るだけ遠くにだ!」


(わたくし)も戦いますのよ!」


「駄目だ……庇いながら戦う余裕は無い、プルートの件も有る」


 闘気を練り上げた瞬間、カイトの意思が再び俺に向く。


「アルテミスとはあの子でいいのですわよね!? 負けたら許しませんのよ!」


 堪えるようにヴィーナスが頷くと、俺は深く息を吸い込む。


「俺がお前の相手になる……殺す気で来い!!」


「強い闘気……貴様の武を見せてみろ!!」


 カイトは歯を見せながら口角を吊り上げる。一層闘気も激しさを増し、高い金属音と共に俺たちは刃を交えた。 


 

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