新しい景色
崩れ落ちる領域の中、俺は無防備に落下するヴィーナスを受け止める。意識は、はっきりとし顔を両手で覆い、嗚咽と共に、落ちたギターが二つに切断される。
左手の神託が燻ると、燃え上がり、新たな形へと変化する。俺は眼を見開いた。
ーーおかしいとは思っていた。辻妻が合わない理由として、ヴィーナスは反転魔王だった。妹のプリエールの言った通り、憎悪で無く愛情……それこそが、真の姿だ。
「何で……トドメを刺さないのよ」
悲痛なほど掠れた声で、ヴィーナスは嘆く。
「お前は敵じゃない、俺たちの仲間だ」
「綺麗事が聞きたい訳では無いのよ……貴方は、私を辱めたいの?」
トーンを落とし、震えた声を絞り出す。
この後の末路を気にしているのか、悲観的な想像が頭を巡っているように思う。どう取り繕ったものか……かける言葉を選びながら、思考は堂々めくりを迎える。
「俺がどんな手を使っても、そんな事は阻止する」
俺が強めに答えると、少しだけ震えが治った。手を顔から離し、ゆっくりとこちらを見つめる。
「もう全部終わりですのよ……私は敗北を宣言しますの。野望は潰え、責任だけが残りましたわ」
いかにも魔王らしい野望という言い回しを使うも、目的は察しが付いた。プリエールの復讐は終わっていない、だがその終焉を意味する。
鼻を啜り夜空を見上げて、その心境は何を思うのだろうか?
「変に背伸びしなくていい、辛い時は本当に苦しいんだ。そこに種族の壁も何も無い……泣き言は全部吐き捨てて、少しだけ軽くなったらまた進むんだ」
瞳を揺らし、ヴィーナスは顔を塞ぎ込んだ。
「私は傷心中ですのよ? 道なんて、とっくに失ってますわ」
「俺は導きの双星だぞ? 道に迷ったなら、いくらでも照らす。それくらいの甲斐性はある」
ヴィーナスの神託が少しだけ光る。腕を握り締め、埋めた顔を起こそうとはしない。
「口説いてますの? 下らない話は辞めて下さるかしら」
「そう取ってもらってもいい、俺にはヴィーナスが必要だ」
ビクンッと体を揺らすと、体を小刻みに揺らす。それの合わせるように、神託の光も強弱を繰り返す。
「く、くくく……はは、はははは」
その様子おかしくて、思わず笑いがこぼれ落ちた。
それが気に入らなかったらしく、顔を起こして耳まで赤く染め上げる。
「な、何がおかしいのよ! ユ、ユウセイ……失礼な男だわ」
呂律が回らず、大きく取り乱す。
ここまで笑ったのはいつ以来だろうか? きっと前世の記憶まで遡る。それくらいの事だった。
「ありがとう……少しだけ、元気が出たよ」
俺の返答を不思議そうに見つめる。
「貴方は本当に変な男ですわね……」
ため息を吐くように、口元を緩まし、俺の腕の中から飛び降りる。
「もう十分ですのよ、これ以上借りを作りたくありませんもの」
やがて全ての領域が消えると、視線の先にルナとソウルが見えた。俺は軽く手を上げ答える。ルナはふらつき、力の限り口を開いた。
「ユウセイ後ろです!!」
緊迫した表情で、ルナが叫ぶ。俺が後ろを振り向くと、カイトが剣を振り上げる。
「カイトおおおおーーーー!!」
俺が振り上げた剣がぶつかり合う。鍔迫り合いに移行し、高い金属音と共に空気中にまで放出された闘気が火花を散らす。
「ヴィーナスは殺す……それ以外でこの戦争は終わらん」
喉を鳴らすと、ヴィーナスは苦しそうに瞳を揺らした。分かっていたことだけに、その現実は重い。
「お前は正しい……だから大きく間違う」
俺はカイトを睨み返す。
「世界を救うにはヴィーナスの力が必要だ! それは変わらない!!」
カイトの押し込む力が強まる。敵意を露わにし、罵るように口を開いた。
「世界が滅ぶ前に国が滅ぶ、剣を引け……“部外者”」
言葉が重く突き刺さる。その程度の認識しか持たれていない事実に、先程とは違う笑いが込み上げる。
「世界も国も全部救う……いや、導く!!」
全身から力が溢れ出す。地面を強く踏み締め、カイトを弾き飛ばす。眉を吊り上げ、引き摺るように着地すると、眼を細め口を開いた。
「明らかに力が増しているな、これが双星の力かーー」
大剣から闘気が渦を巻き始め、噴き出す。
負けるつもりなど微塵もない、ただ派手に暴れすぎた。タウラスが俺たちに気付き、ここに向かっている可能性が高い……一刻も早く移動する必要がある。
「演舞海ノ舞……断流漣!」
カイトが大剣を振ると同時に、幾重にも重なる斬撃が襲いかかる。
俺はそれに合わせ、振り上げると刀身に蓄えられた闘気が、淡い光を放つ。月夜に導かれるように光が満ち、緩やかな景色の中で、調を奏でるように刻は移ろいで行く。
「演舞月ノ舞……月華絢爛!」
差し込む月明かりは、斬撃を斬り裂き、カイトに襲いかかるが、後方へと飛び、難なく交わした。
この程度でどうにかなるとは思っていない。俺は大地を蹴り上げ、カイトへと直進する。
「燃やせ、ファイアーボール!」
100に匹敵するほどの炎弾を生み出し、次々とカイトに飛ばす。すると横に走り出し、大剣で弾きながら、その先にはヴィーナスがいた。
「それが狙いかカイトーー!!」
俺が炎弾全てで道を塞ぐように放つと、土煙を突き破り、カイトが飛びかかる。刀身には闘気が宿り、強力な一撃を振り翳す。
「演舞海ノ舞……渦潮波狼!」
刀身に纏った渦が、放たれ俺を飲み込んでいく。
初めから俺が狙いか、ヴィーナスを囮にし、まんまと作戦にハマってしまった。
闘気を練り上げ、刀身が月夜に光り輝く。
「演舞月ノ舞…… 花鳥風月!」
水滴の音がこだまし、世界は静寂に包まれる。全ての音は遮断され、時が凍りつき、風に舞う花びらと小鳥たちが渦を包み込んで行く。渦は相殺され、水面に写る月の中にゆっくりと引き摺り込む。
俺は剣を引き突き立て、闘気を練り上げて行く。
届かすは新たな境地……その先の先の先へ、限界を超えし光の一閃。
「演舞日ノ神楽……烈火旭“八咫烏”!」
何度も切っ先を突き出し、燃え盛る刀身を眼にも止まらぬ速度で繰り出す。
カイトは剣を振り上げ、切っ先に向かい龍が登るように闘気が遡る。
「演舞海ノ舞……大津波黒潮黒龍!」
全てを飲み込むように、龍が炎をかき消して行く。俺はさらに力を、回転を上げる。
「もう……何一つとして世界にくれてやるつもりは無い!」
光が差し込むように、3つの旭が同時に差し込む。龍は一瞬で貫かれた。
「そんなバカな!?」
カイトは驚愕し、刀身を盾に構えると、直撃と同時に大きく後ろに引き摺られる。
「いっっけええええーーーー!!」
刀身を覆っていた物にヒビが入っていく。砕けけると同時に、カイトの体が宙に浮き口を開く。
「うおおおおーーーー!!」
俺は一歩踏み込む。力の限り突き出し、それと同時にカイトは音速を突き破り、地平線へと消えていった。
それを見ていたルナとソウル、ヴィーナスが固まった。
「呆けてる場合じゃな無い、早く移動しよう」
まだ本当の意味で救った訳じゃ無い。早く戦争の終焉を伝え、終わらせる。




