天照
体を焼き尽くすような焦燥が血管を這いずり、意識を刈り取ろうと襲い掛かる。それでいて冷静沈着、脳が気持ち悪いほど冴え渡る。
熱い……体の感覚が、俺では無いようだ。
燃やす心が際限無く、前進させる。
カグラ、力を貸してくれ……こんな時までお前に頼る情け無い俺だけど、何とかやってるよ。
剣を強く握り締める。一歩を踏み込み、振りかざす刀身に空を写す。
「演舞月ノ舞……映し出すは確固たる幻、何人たりとも触れる事叶わず、鏡花水月!」
ヴィーナスは、ボードを盾にするように持ち上げるが……刀身はすり抜ける。しゃがみ込むように後方に飛び、左腕から一筋の血が流れた。
「幻覚の演舞、厄介ですわね……」
煩わしそうに眉を寄せ、ぺろりと舐めた。
空中で静止し、合わせた手を大きく広げる。眼に映るほどの膨大な魔力が流れ、世界が大きく揺れる。
「魔王領域……輝きの禁足地!」
黄金の輝きで魔力が周囲に展開し、空間を遮断して行く。カイトとルナ、ソウルを選外とし、2人だけを包み込む。
大地を黄金の柱が突き破り、宝石を散りばめた舞台と、金のスピーカーが左右に出現した。
「観客はあなた1人の特別な舞台……お代は隷属でよろしくて?」
右手を差し出し、花が開くように広げる。赤の瞳が存在を主張し首を傾げ、くすりと笑い、七色の光が乱反射する。
起こる光景に、やはり魔王と再認識させられる。紛れも無く“負”の頂点。さながら俺を血祭りに上げる死のコンサート会場かーー。
「悪いが俺にも好みがある」
「ふふふふ……可愛くありませんのね。ならお望み通り、相応の結果を与えますわ」
弦に指をかけ、リズムを刻む。周囲のスピーカーにも反応し、その音量は今までとは比べ物にならない。
俺が無理に動く事はできない、何が起こるかわからない未知の領域……先手は危険後手も危険、嫌になる。
「演舞金ノ舞……調弦の束縛曲!」
弦を鳴らし、掴んできりきりと握り締ると、外れながら俺に向かい、蛇のようにうねりながら襲い掛かる。
俺は闘気を込めながら床となった地面を蹴り上げる。
地面と違い相当滑りやすい。機動力は少し落ちると見ていいだろう。
踏み込みと同時に体を横に3回転させ、刀身に炎を宿す。
「演舞日ノ神楽……火輪飛輪!」
振り返るように斬り裂き、炎の車輪が回転しながら宙を走る。拘束しようと飛んで来た弦を弾く。
変化が無い? 弦の力は増しているように思う……逆に言えばそれだけ。眼まぐるしい変化が見られない。
ヴィーナスに視線を向けると、くすくすと口元を押さえ、俺の対応を嘲笑っているかのようだ。
「それで防いだつもりならお笑い種ですのよ」
手をかざすと、スピーカーの裏から無数の弦が出現する。
「違和感の正体はこれか」
俺はヴィーナスに向かい走り出す。
左から迫る4本の弦を斬り落とし、上から迫る5本を斬り捨てる。弦は蛇のように這い回り、斬られても四方から接近を繰り返す。
こうなったら横からーー。
踏み込んだ足は動かない。視線をやると、左足に弦が絡む。剣を振り下ろすも、刀身のが弾かれ、先程を大きく上回る強度を誇った。
「それは魔力を練り込んだ特別製……ちょっとやそっとじゃ斬れませんの」
動きの止まった俺に群がるように、左手に纏わり付き、右足、左腕、剣、腹部と次々に締め上げる。
刀身に闘気を流し込めば……参ったな、引きちぎろうにも微動だにしない。
「今度こそ……捕まえましたのよ?」
「好きにするといい、抵抗は難しいようだしな」
「前のような失敗はしませんわ、ちゃん痛め付け、動けなくなったところで操って差し上げますの」
弦を打ち鳴らし、規則的なリズムを刻む。
「演舞金ノ舞……波動の民謡曲」
打ち鳴らす衝撃が、腹へ、足へ顔へと次々に衝突する。口から鮮血が飛び出し、激痛が体を襲う。
「効きが悪い……カイトのように闘気を張り、鎧のように使ってますのね」
何度も弦を弾き、その度に爆発が何度も襲い掛かる。俺はヴィーナスに向かい薄く笑う。
「何ですのその顔は……返答次第ではーー」
「ーー本当はこんなことしたくないんだろ? 闘気が乱れてるぞ」
ギターのボードが俺の顔を打ち抜く。口元から血が滴り、ヴィーナスに眼を合わせる。
「これでも戯言が聞けますの?」
「何度でも言う……お前は戦いたくない。今でさえ心を乱し、非情になり切れていない」
ヴィーナスから『ギリッ』っと歯軋りの音が聞こえる。後方へ3歩飛び戻ると、弦を弾き、重厚な音が鳴り響く。
「演舞金ノ舞……軍歌の侵攻曲!」
スピーカーも駆使し、無防備な俺に爆発が何度も襲い掛かる。デタラメのに何度も弾き、瞳を揺らして顔をしかめる。
息を切らし、大きく呼吸を繰り返した。攻撃しているのは、ヴィーナスにも関わらず、追い詰められた顔をする。
「この程度蚊が刺した程度にも及ばない」
痩せ我慢もいいところだが、一定の効果があった。事実ヴィーナスの心は揺れ、顔は苦虫を潰す。
「復讐を否定するつもりはない……だが、それが原因でお前が苦しむなら、辞めるべきだ」
睨みを効かせ、『ビクリ』と体を跳ねる。
「貴方に何が分かるのよ……そうする事でしか、正気を保てない私から、目的を奪わないで!」
頭を押さえ、頬から一雫を落とし、縋るように睨む。
俺は腕に力を込め、歯を食いしばる。手に弦が食い込み、嫌な音が鳴り、それでも床を強く踏みぬく。
「この道を進むのは俺だけでいい、お前は引き返せ!」
踏み込むと同時に、身体中から血が噴き出す。
「うおおおおーーーー!!」
「無理をすれば、肉がちぎれてしまいますわよ」
闘気を廻す。血を伝い、全身を巡り、血が熱を帯びて炎上した。
「な!? 何が起こっていますの」
傷口から炎が吹き出し、屈強な弦を焼き切る。
ヴィーナスが慌てて後ろへと飛び、全力でデタラメに弦を打ち鳴らす。
「演舞金ノ舞……鳴り響くは破滅の旋律、貫き、砕き、踏み潰し、終わりの調べを奏でましょう? 滅尽の終演曲!」
純粋な破壊の衝動……床にヒビか入り、ヴィーナスを中心として崩壊が進んで行く。
俺は深く息を吸い込み、左手に刀に全闘気を集中する。前進を続け、死地の中心へと突き進む。
恐れは無い、勇気は秘めた。刀身にかつて無い闘気が流れ込み、その輝きが増して行く。
「演舞日ノ神楽……廻り導く日ノ神楽、神をも喰らう雌伏の刃!!」
床を蹴り上げる度、力が増すのを感じる。ヴィーナスは眼を見開き、翼を大きく広げ、何度も弦を弾く。
「初めて聞く詠唱!?」
切れた弦が再び襲い掛かる。しかし触れた瞬間燃え上がり、剣を振りかざした途端焼失した。
ヴィーナスが逃げようと翼をバタつかせる……だかもう遅い。
「薄刃陽炎“天照”!!」
世界が緩やかに感じられた。全てが止まって見えるほどに、俺は高く飛び上がり、切り払うように大きく振るう。熱で光る刀身から放たれた一太刀ーー。
ーーその線上に存在する全てが2つに割れ、業火に包まれる……ヴィーナスを除いて。
隷属印は崩れ去り領域はゆっくりと消えて行く。
ヴィーナスの瞳から涙がこぼれ落ちると同時に、一筋の光が俺の神託へと宿った。




