心の呪縛
表情が険しくなり、ヴィーナスは強めの口調で口を開く。
「なぜ私に妹がいたと思ったのかしら?」
その眼と言葉は物語る。『返答次第では容赦はしないーー』
言葉に出さなくとも、ピリピリと空気の変化を感じる。
しらを切るのは簡単だ。しかし、ヴィーナスは大きな興味を示した……もう少しだけ刺激する。
「あんたの妹が教えてくれた。あんたを救ってくれと、あんたを解放すると約束した」
理解が追いつかないと言った顔で、再びギターを持ち上げる。
「嘘か誠か、判断に困る戯言ですのね」
弦を弾き音を奏でる。翼を広げ、後ろに飛び上がり回り込むように移動する。
「演舞金ノ舞……波動の民謡曲」
空気中に衝撃波が生まれ、次々と飛び散る。
俺は一呼吸置く。
相手が見えない攻撃を使うなら、それに反応できる演舞を使う。集中力を高め、闘気を一気に解放する。
「演舞月ノ舞…… 花鳥風月」
俺の一振りで、世界の色は変わる。
水滴の音がこだまし、世界は静寂に包まれる。全ての音は遮断され、時が凍りつき、風に舞う花びらと小鳥たちが渦を巻き、全ての衝撃を水面に写る月の中にゆっくりと引き摺り込む。
「私の力が、こんな形で封殺されたのですの!?」
歯を食いしばり、その光景に眼を見開く。
「いや、まだですのよ。この程度で諦めたら、あの子は報われませんのよ!」
ヴィーナスは自分の手に爪を突き立てる。腕の血がぽたぽたと滴り、それを見て三日月を形取るかのように不気味に笑う。
得体の知れない何かがくる。だが、警戒しすぎて、チャンスを失う訳にはいかない。
地面を蹴り上げ、一直線で距離を詰める。
「本当に妹を思うなら、こんなやり方を喜ぶとでも思っているのか!?」
勇気の神託が強く光り輝き、刀身が熱く燃える。
復讐の全てを否定するのは、俺には出来ない。それでも、自暴自棄なやり方で解決は生まれはしない。
「導きの双星を騙るなら……なぜ世界はこんなにも欺瞞に満ち溢れ、救いようが無い権力者を放置するするのよ!?」
弦を強く握りしめ、キリキリと耳を塞ぎたくなるような音が響き、その行為で弦を赤く染める。
「答えて見なさいよ導きの双星!!」
乱暴に弾いた事で、不協和音と鮮血が周りに飛び散った。
今の言葉では駄目だ。
届かせる……裏腹の言葉に、消えそうな程掠れた声で、悲鳴を上げ続ける心に救世の星をーー。
「俺は勇者になれば、全てを救えると思い上がっていた。でもそれは違う……どんな存在だろうと、1人では何も出来ないし、届く範囲の救済で精一杯だ」
言っていて、自分に怒りが込み上げる。
「それを可能にするのは、仲間の結束その想いだ。掴んだ手は更に手を掴み、遠く遠くへ続いて行く」
顔を歪め、俺の言葉を否定するように続く。
「そんなことが出来れば、こんな事は起こりませんのよ。理想論はそれまで、私は手を取るほど信用出来る者はいませんのよ!」
俺は訴えかけるように、最後の言葉を投げかける。
「思いやりに満ちた優しい手だった。同時に掴むものを失った悲しい手だ」
ヴィーナスが右手をかざし、血が宙を舞い、球体を生成した。それに反応し、戦場の至る所から血が集まり、球体に吸収される。
「嫌いですわ……私の前から消え去りなさい」
血の塊の一部が、複数の槍のようなものを形成して行き、鋭利な刃を突き立てた。
「血は刃に……ブラッド・レイン!」
右手を振り下ろすと、次々と浅黒い刃が降り注ぐ。
剣で弾きながら右へ走り、足元に次々に突き刺さる。後方へ飛び剣で弾くと、刀身に血が纏わり付き、違和感を覚えると、切れ味の低下に気付く。
「気付いたようですわね、この血は切れ味を落としますの……いつまで受け切れるかしら?」
真紅に染まる球体は、際限なく供給を受け続けている。周囲では激しい戦闘で、血が流れ命が失われて行く。
供給が尽きることはない、ヴィーナスの血によって作られた球体を全て消し去ることができれば……やるしかない。
「何を企んでいるのかしら?」
降り注ぐ刃に対し、俺は手を振りかざす。両手は燃え上がり、頭上に大きな炎が渦を巻き始める。
「火すら焼き尽くす最強の炎、太陽に熱をここに……アポロン!」
上空の渦は巨大な炎球となり、炎を噴き出しながら、太陽へと成長する。
塊へと集まってきた血は尽くが蒸発していった。
「やってくれますわね」
「まさか、やるのは“これから”だ」
急降下させ、血の塊とぶつかり合って行く。吹き上がる熱風と、血が焦げる匂いに、感覚を奪われる。
分かってきた気がする。
いくら強力な魔法とは言え、アポロンの効きが良すぎる。それはヴィーナスが吸血鬼だからではないように思う。ヴィーナスの記憶でもそこは否定していた。
ならどうして効いた……原理はどうあれ、日の力が大きく関係していることが見て取れる。
俺は闘気を両手に込め、剣から放出する。パラパラと浅黒い血は焼けていき、跡形もなく消え去った。
右手の剣に光が宿り、斬り払う。
「演舞月ノ舞……月虹」
軌道が七色を描き、煙を突き破る。それと同時にヴィーナスが飛びかかってきた。
「演舞金ノ舞……無音の対律曲」
二つの刀身は反発し合い、高い金属音と共にお互いに一歩下がる。
刀身が燃え上がり追撃の剣を突き立てる。切っ先へと流れ込んだ闘気は、さらに激しく燃え上がった。
「演舞日ノ神楽……烈火旭!」
俺が繰り出す刺突を何度も何度も突き上げる。それら全てをギターで弾き、いなし、刹那の攻防はいつまでも鳴り響く。
不意に汗が頬を伝う。
それを見たのか、ヴィーナスはニヤリと笑い、挑発的に口を開いた。
「疲れが見えますわよ? 技のキレも上がりませんし、限界が近いようですわね?」
限界……終わりなんて無い、円環は廻り巡り、やがて回帰する。
体がひたすらに熱くなり、湯気が立ち込める。刻一刻と熱さは強まり、二つの神託が呼応して光を放つ。
「勇気の神託は俺が諦めない限り、どこまでも力を貸してくれる」
曖昧でなく具体的なイメージ。今までが駄目な訳では無い、“奴”に届かす先の先……神の喉元にすら届く必殺の演舞を作り上げる。




