燃え上がる勇気
タウラスは一歩も動かず、全ての攻撃をいなす。
「分からないな」
そう言うと手を顎にかけ、疑問を口にする。
「アレはもう使い物にならない、執着する理由は無いはずだよね?」
ルナの事をアレと言い放ち、簡単な言葉で片付け、クスリと笑う。紅い瞳が俺を捉えると、矛を突き立てた。
「何度も助けてくれた」
俺は反論した。しかし、タウラスは不快感を露わにする。
「それは利用する為さ、君に特別な感情なんてない」
「そうじゃない」
何度だって俺は否定する。
湧き上がる勇気を胸に、否定されるたびに肯定を繰り返す。間合いに一歩踏み込み、闘気を練り上げる。
床を蹴り上げ、振りかざした剣から月影が溢れ出す。
「演舞月ノ舞……十六夜」
切っ先から湾曲した光が漏れ出し、降り注ぐ。それを槍で横に弾き、踏み込むと同時に素手で俺の腹を撃ち抜く。
「が……は!?」
「面倒だから、気絶させてから連れて行くよ」
吹き飛び、視界が流れて行く。思考が追いつかぬまま壁に激突したかと思うと、背中に激痛が走る。
視線を向けると笑みを浮かべながら歩を進め、槍をくるりと180度回転させる。槍の柄で腹部を突く。
俺の腹がミシミシと悲鳴を上げる。吐き戻すような嫌悪感に襲われ、苦悶の表情で睨みつける。
「お、今度は痛みを堪えたね……どんどん行くよ」
そう言いながら楽しそうに笑うと、引いた柄を何度も何度も打ち付ける。
あまりの激痛に足を振り上げ、タウラスが済ました顔でかわし、離れて行く。闘気を練り上げ、刀身が燃え上がる。
「演舞日ノ神楽……閃火螢日」
刀身が燃え上がり、切っ先に僅かな光が宿る。
胸部を目掛け振りかざし、先へ先へ踏み込んでいく。
「思い切りがいいな! でも、その程度では何の意味も無いよ」
振り上げられた矛に阻まれる。
しかし、先ほどまでの結果とは異なる形になる。力は拮抗し、お互いに硬直状態になった。
「演舞月ノ舞……月華絢爛」
振り下ろされた刀身から淡い光を放つ。導かれるような月明かりが軌道を描き、渾身の一撃を振り下ろす。
その攻撃を受け止めるも、表情に変化が現れる。
「力が増している……どう言う事だ?」
「みんなが後押ししてくれている」
俺は一歩を踏み込む。
「想いは強さだ!」
俺の表情にぴくりと後ずさる。苦虫を潰したような顔を俺に向けた。
「ルナは言う『蛮勇を正し、勇気を示せと』だが限界は存在する。だから違えた」
「あの『紛い物』がね、そんな言葉に意味なんてないと思うけど?」
タウラスは剣を弾き、後退する。
「意味を持たせるのは俺の役目だ」
返答に目を細め、つまらなそうに矛を構え直す。
「俺はお前の思い通りにはならない。俺は導きの双星……“いつかの夜明け”は、すぐに訪れる」
「意味も知らない癖に粋がるなよ器!」
ルナの言葉の意味は分からなかったが、託した思いの強さは鮮明に伝わった。
億にもなる年月の中で、幾度となく繰り返し、何度でも立ち上がり、今日という日を迎えた。
タウラスとの間にどんな決め事があったかは知らない。それでも、知りたいことは答えてくれた。
悠久の中で過ごした俺との時間……出会い、別れ、気が遠くなるほどに繰り返された旅路の中で、繋いだ絆ーー。
ルナだけが知る俺がいて、思い出があって、時間があった。
本来は存在しない……存在しなくなった時間軸で、俺は知らない。
例えそうだとしても、あの涙も、吐き出した想いも、負に堕ちた俺さえも、“知らない” で済ませるなど、到底看過できない。
思い出が足枷になり、約束が呪いになり、小さな背中に背負わせて来た“業”は心を押しつぶすほどに広がっていた。
クスリと笑みを浮かべ、瞳に力を宿す。
「何がおかしい」
「知らないなら聞けばいい。俺は無知だけど……少しずつ話して、想いを繋ぐ」
「お前の旅はここで終わりだよ」
構えた矛に闘気が流れて行く。ここからが本番と言わんばかりに、一歩を踏み込む。背筋を這うような気配に、全身の毛が逆立つ。
「戦星術牛……一曰項中“光滅”」
突き出した槍の先が黒くなり、周囲を飲み込むように闇が広がる。
こいつ、“占星術”と言ったのか!?
いや、今はそれどころではない。あの攻撃をまともに受けるとどうなるか、全力で受けるか?
得体の知れない力に、闘気を練り上げ、床を蹴り上げた。
「演舞日ノ神楽……薄刃陽炎!」
ゆらりと揺れた刀身が、槍の先端へと触れる。その結果は、俺の信じ難いものになる。
「陽炎が飲まれて行くだと?」
「この技は光を滅する……君の技は相性最悪って事なんだよ!」
幻影は機能せず、全てが丸裸となる。槍が振り下ろされ、一振りで尽くが砕かれた。
紙一重で後ろに回避して、強く踏み込む。次いの剣で、月の光を刀身に宿す。
「演舞月ノ舞…… 花鳥風月」
水滴の音がこだまし、世界は静寂に包まれる。全ての音は遮断され、時が凍りつき、風に舞う花びらと小鳥たちが闇を覆うように包み込んでーー。
「無駄なんだよ……何度繰り返そうと、結果は変わらない」
空間そのものが、波を立てるように揺れて行く。
小鳥と花びらを飲み込み、水面に写る月を、水面ごと吸い込む。無邪気な笑顔で、ゆっくりと視線が俺を捉えた。
「もう終わりって事でいいのかい? 僕はまだまだ足りないけどな」
踏み込みの瞬間、タウラスは目の前に立っていた。
あまりにも早すぎる。常軌を逸した踏み込み。
柄の部分で乱暴に殴りつけ、右手、左手と武器を握る力を奪いにくる。なんとか剣で防ぎ、切り返すも、嘲笑うかのように一歩一歩詰め寄ってくる。
それを確認し、剣を床へと突き刺す。
ピクリと反応し、槍を突き出してくる。
「その鼓動原初にあり、生まれて、栄えて、終わりきて、高みの炎を手向けよう……ヒュペリオン!」
両手にて高温となった炎は、煮えたぎる球体となり、前方に向かい一気に解放する。
「これはこれは……とんでもない出力じゃないかな」
笑みは消えたが、それでも余裕が感じられた。槍を突き出し、正面から炎を受け止める。
これほどの魔法を以ってしても、微動だにしないのか?
それどころか、一歩一歩と距離を詰めてくる。魔法を解き、即座に右手の剣に手を伸ばす。
「分かりきった事をさせる訳ないだろ」
剣が弾かれ、俺は左手の刀を掴み取る。闘気を練り上げ、円を描くように炎の軌道を描く。
「演舞日ノ神楽……日炎極円光!!」
光を放つ刀身で、力の限り斬りつける。闘気を想いを乗せ、両手で握り、なんとしてもここを切り抜けるその為にーー。
放たれた一撃は、火花を散らしながら、受け止めた槍ごと押し込んで行く。
「これは……不完全ながら、近づいているのか?」
まだ決め手には欠ける。もっと、限界まで研ぎ澄ました演舞を込めなければ、こいつは倒せない。
動きは止まり、押し返そうと一歩を踏み込む。
「開け光の道筋よ、軌道を描き、葬送の柱、天焦がす、太陽の閃光、アーク・ロード・アラマズド!」
ルナの声が後方から聞こえると同時に、後方から膨大な光の魔力が突き抜ける。
「やってくれるな紛い物……許しはしないぞ!」
光の柱は、教会の建物ごと吹き飛ばして行き、タウラスを飲み込んでいく。
「ユウセイ……手を!」
俺は飛び乗り、ルナの手を掴む。
「さっさとこの場を立ち去るぞ」
ソウルが翼を羽ばたかせ、地面が抉れるほどの力で飛び上がる。次の瞬間全てを砕き、飛び去る俺たちに言い放つ。
「結局逃げの一手か? 僕を倒すと言ったが、聞いて呆れるね」
「俺は戻ってくる……力を蓄え、必ずお前を倒す」
空から周囲を確認するも、至る所で戦禍が支配する。戦争は始まりを告げ、今も人々が生き絶えて行く。
「僕を倒さねば、この戦争は終わらない。要所を抑えようと、僕が全てを破壊する」
早めに戻ってきた方がいいよと言わんばかりに、挑発的な態度を繰り返す。
それでも行かねばならない。
「ここからは綱渡りだ……追跡を逃げなから、カイトとヴィーナスを叩く」
地平の彼方に日が落ちていく。ここから長い夜が始まる。夜明けが訪れた時、俺たちが無事かも分からない。
それでもまだ生きている。
日が完全に沈む。俺たちの命運を握る長い夜が、今始まった。




