タウラス・ペテロ
町の上空を飛び回り、俺たちは周囲を見渡す。人の気配は無く、無が支配する。俺はその光景に口を開いた。
「この空気……なにが起こっているんだ?」
ルナも異変に気づいたのか、目を細めて俺に話しかける。
「住民は避難しているのでしょうが、あそこの教会に行ってみませんか?」
教会に良い思い出はない、ヴォルフ司祭の出来事が頭をよぎり、思わず顔を顰める。
「どうしてあそこに行くんだ?」
俺はルナに問い掛ける。
納得がいかないと言うよりも、その真意が知りたかった。
「星神教の信徒がここに居るはずです。少し話をして行きましょう」
そう言うルナは、感情の起伏が感じられないが、どこか切なそうにも見えた。
「早く降りましょう。ソウル、降りて下さい」
ルナの言葉に無言で降り立ち、ルナが飛び降りると、俺も飛び降り、教会を見上げる。
改めて見ると、村と比べ倍の大きさがあり、重厚な扉が入り口に構える。
「この気配は、中にいる人物のものなのか?」
悪意も善意もなく、異質な力の塊というのが正しいのかは分からない。ずっしりと、微動だにしないしない。
「……そうですね、しかし用があるのはもう一人です」
俺が問い返す前に、ルナは扉に手をかけ開いて行く。
「ソウルは外で待っていて下さい」
ルナの問いにソウルは首を起こす。教会を見つめ、口を開いた。
「仕方あるまい、だが異質な雰囲気を感じる。注意するのだぞ?」
「ありがとうございます……ユウセイ、失礼の無いようお願いしますね?」
少しだけ気になる言い方をされるも、静かに頷く。
正解かは分からない。この中に違和感の正体があるなら、確かめるだけだ。
扉を潜った先には、大聖堂が広がり、その中心で俺たちを待ち受ける人物が居た。黒のローブに黄色い星模様が散りばめられ、薄らと口元が緩む。
「そちらの方は初めましてだね。僕は十二星者が一人、タウラス・ペテロ」
まじまじと観察したせいで、呆けていた俺は頭を引き戻し、挨拶を返す。
「ユウセイだ……よろしく頼む」
ルナの視線が一瞬だけこちらを向くと一礼し、口を開く。
「お久しぶりです。ペテロ教皇」
「いやちょっと待ってくれ、教皇!?」
突然の言葉に驚き、俺は声が裏返っていると思う。それくらい驚いた……仕方ないとも言うべきか?
教皇は慌てて手を横に振り、止めるように促す。
「気にしないでくれ、僕はそんな事を責めるつもりはない」
そう言うとローブのフードを取り、その素顔を晒し、その瞳に俺は驚く。
「何度も驚かせてすまない、でもその様子では軽蔑の心は無さそうだね」
整った顔立ちに、白い髪と紅い瞳持つ。声が高めだったせいで気づかなかったが、男で間違いなさそうだ。
俺以外に出会った初めての真紅の瞳……その存在に疑問を持ちながらも、タウラスの問いに答える。
「瞳の色で善悪が決まるわけじゃない、俺はそう思う」
嬉しそうに両手を合わせ、何度か叩く仕草をする。
「うん、柔軟な発想の持ち主だ。君が選んだだけのことはあるね」
笑顔でルナに話を振る。それに対し波の無い表情で、静かに答えた。
「ご期待に応えられたようで何より、恐縮です」
ルナが一礼をし、世間話に一区切りがつく。
「何かあったのだね? 僕に出来ることなら、なんでもしようじゃないか?」
タウラスが神妙な面持ちになり、ルナの言葉を待つ。
「間も無く戦争の戦禍はこの町にもやってくるでしょう……」
「わざわざありがとう、でもそれだけかな?」
ルナの動きが一瞬だけ止まる。口を開きかけ、それを飲み込むように閉じる。
「聞きたいことといえば、俺からも良いか?」
「ユウセイ、それはーー」
タウラスがルナの言葉を静止すると、手を俺に差し出し、次の言葉を促す。
「教皇がこんなところで一人でいるのは危ないと思う、どうして誰もいないんだ?」
それ以上の疑問は絶えない、この質問を選んだのは訳がある。
答えを出すのは今じゃ無い、だから俺は深追いはしない。
「僕は、この教会を捨てることが出来なかっただけさ、深い意味なんてないよ?」
そう言われて、教会全体を見渡す。手入れが行き届いていて、管理されているのがよく伝わってくる。
しかし僅かな違和感を覚え、壁の一部に向かって行く。
「ーー駄目だよ」
触れる直前に高い声が頭の中に響き、俺は手を止めた。
女性の声? いったい誰の?
ルナを見るも不思議そうな反応をされ、違う人物だと証明する。
「ユウセイ、どうかしましたか?」
「いや、何でも無いんだ……悪いが、外で待っている」
俺はそう言うと、扉の外に出て行く。
回り込み、教会の外側から手を触れてみるも、その気配は感じ取れない。
「どうしたのだ双星よ」
ソウルに話しかけられ、俺は我に帰る。考え事のしすぎで、周りが見えてなくなっていたらしい。
「声が聞こえたんだ……誰かは分からないんだが、誰かが近くにいると思う」
抽象的な言葉で、申し訳ないと思いながらも、いくら見渡そうと、それらしき痕跡はこのっていない。
「そんな者どこにいると言うんだ?」
気のせいかと思いルナに声をかけようと、教会に近づいて行く。
「よく彼を育ててくれました。もうあなたの役目は終わりです」
声はタウラスのものだった。俺は腰を落とし、すぐさま扉の後ろに隠れる。
「そう思うなら、私の親友を返してください!」
いつもと違い声を荒げて答える。
「外の双星に聞こえてしまうだろ? もっと慎重に話してくれ」
その声をどう思ったのか、タウラスはキツめの口調でに口を開いた。不機嫌そうに、ルナの言葉を返して行く。
「良いでは有りませんか、あなた方が戦争を手引きしていると、教えてしまえばいいのです」
「それは出来ないよ……“器”の完成は我々の悲願だぞ」
器ってなんだ? 俺は二人の話に耳を傾け、その続きを聞き出そうとする。
「そうですか……聞こえていますねユウセイ!!」
見透かされたような声に、俺の体はびくりと跳ねる。しかし、直ぐには動けない。
「私はここまでです……あなたは1人で逃げなさい!!」
覚悟を決めたように声は震え、破裂するような音が教会内に響き渡る。
「そんな話が受け入れられるか!」
見捨てろだと、よりにもよって俺にそんな選択をさせると言うのか?
俺は中に飛び込み、ルナを見据える。土煙の中、怒りの形相で俺を見つめる。
「大人になりなさい! 私とて悠久の中で出した答えです!」
そう言うとルナは、一人の人物を俺に投げ飛ばしてきた。
慌てて受け止めると、銀色の髪を持つ女性で、どことなくルナのような雰囲気を感じる。
「裏切りと言うことで良いんだな? 女神ネメシス!」
タウラスが土煙を振り払うと、狙いを定める。
「私はネメシスではありません……ルナです!」
俺は即座に外に飛び出て、女をソウルに渡した。返事もするまもなく飛び戻ると、剣を引き抜く。
間に合え、こんなことに時間を割いている暇はない。
「勝手なことばかり言うなよ、これ以上失うことは絶対に認めない!」




