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友に捧ぐ

 暖かい……体が軽くフワフワしていて、痛みは無く、天にでも上って行くような感覚だ。


 死んでいるから当然なのかもしれないが、何だかおかしな気分だ。


 目を覚ますと、辺りには光の粒が散らばり、月明かりに乱反射し、淡い光が一面を包み込む、幻想的な風景が広がっていた。上も下もわからず(ただよ)い流れ、やがて一つの影に出会う。


「カグラーー」


 俺はその影に声をかける。正直その先に何を言って良いのかも分からない。だが声をかけずにはいられない。


「おっユウセイ、どうした辛気臭い顔して……変なものでも食ったか?」


 カグラは振り返ると、歯を見せながら、嬉しそうに笑いかけてくる。しょうもない冗談も相変わらず……だからだろうか?どうしようもなく安心する。


 すまない……そのたった一言が喉の奥で燻り、絞り出すことができない。


 いや、そんな問題でも無いか……謝れば許されるとかそんな次元の話でも無い。目を合わせる事のできない俺はその答えの返答を持ち合わせていなかった。


「なあユウセイ、俺のこと気にしてくれてるみたいだけど……自分を責めないでくれよ」


 カグラの言葉に俺は視界を塞ぐ。


「無理だ……思い出したんだ。お前を死なせたのはコレで2度目だ」


 前世の記憶が今は昨日の事のように蘇る。俺たちは地球と呼ばれる星に生きる普通の高校生だった。今では信じられない普通と呼ばれるような生活をし満ち足りていたと思う、あんな事が起きさえしなければ……。


「そうか、お前も思い出したんだな」


 フヨフヨと漂いながら、カグラはニヤニヤと嬉しそうに笑う。ソレに釣られるように、俺も自然と会話が進む。いつの間にかカグラのペースに乗せられ、長話をしていた。


「お前も?カグラはいつから記憶があったんだ?」


 俺はふとさっきの言葉を思い出す。聞き流しても良かったが、無性に気になった。


「んー……生まれ変わってすぐ? と言うか生まれ変わる時に神様とやらに会ってるし、最初めからだな?」


 カグラは唸り声を上げ、右手を顎に当て、左手は右手に組む。


 俺は左手で頭をおさえる。そこからはため息と愚痴のオンパレードだ。


「ようやく点と点が繋がった。お前の変な言動は前世の記憶のせいか……と言うかさらっと神様いるとか言いやがったな?」


 考えてみればカグラの言動に不可解な点は多かった。

 

 俺の記憶にない事を聞いてきたり、初めて会った時も旧友に再会するような話し方だった。

 寂しそうなあの顔も、原因は俺が全て忘れてしまっていたことか……どうして今の今まで思い出せなかったのだろうか。


 俺は一通り考え終えるると、待っていたかのようにカグラが口を開く。


「まあ裏で色々動くのも悪くなかったが、お前に思い出してもらいたかったんだ。悪かったな、俺の一方的な押し付けでユウセイを振り回してたみたいだ」


 本当に謝るべきは俺だ。気まずそうな態度も、寂しそうな顔も全ては俺のせいだ。


「そんな事あるはずがない。今だから言えるが、たとえ記憶がなくても俺にとっては掛け替えのない時間だった。神託のない俺でも生きてて良いんだと思えたんだ」


 今のありのままの気持ちをカグラに伝える。もっと早く思い出せたらどれだけ良かったことか……それでも時間が巻き戻ることはない。


「そうか……たとえ嘘だとしてもそれだけで救われた気分だ」


 そう話すカグラ顔はどこか満足気だった。ーーああ、なんて眩しいんだろうか。


 俺はカグラの瞳を真っ直ぐ見つめる。どれだけ言葉を尽くそうと、目を見て話さねばそれは嘘と変わらない。

 心を震わせ、ありのままを吐き出し、全身全霊で答える。


「嘘なわけがあるか! コレは本心だ!」


 カグラは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの笑い顔に戻る。


「ようやく俺の目を見て話してくれたな」


 カグラの一言で気づいく。俺は昔のように向き合い、会話する事ができるようになっていた。


 別に意識したわけではなく、ただ自然と当たり前のようにカグラを見つめる。今ならすんなりと謝れそうな気がする。俺はゆっくりと口を開く。


「カグラ……すまなかった」


 やっと言えた。


 しかしカグラはやや不満があるらしく、苦笑いする。


「うーん……そこはありがとうって言って欲しかったな。俺は犠牲になったなんて思ってない、むしろ希望を繋いだんだ」


「そうだな……ありがとう。それで、コレからは一緒だ」


 正直何が希望かは分からないが、もう終わってしまった以上どうすることもできない。生まれ変わったら今度こそ覚えていたいと思う。今度は俺が探しに行くよ。


「なあユウセイ……手を出してもらえるか?」


 そこに言葉はいらない。そっと差し出すだけで良い。ソレで伝わる。


「ああ……コレでいいか?」


 俺たちは拳を突き合わせる。思えばコレも、前世から行っていた事に気付く。例え生まれ変わろうと根は変わらないのだろう。


「お、おいっお前の手が!?」


 カグラの拳が粒子となり、散り散りになっていく。触れることは叶わず。掴もうとするたびすり抜け、悪戯に宙を舞う。


「あーもう時間か……目が覚めたら、目の前の人……では無いか、その方が全て説明してくれる」


 カグラが説明するその間にも、身体が光の粒子になり崩れ落ちていく。拳は空を切り、2度と交わる事はない。


「何の話だ!? 俺を置いて行かないでくれ!!」


 俺が叫び手を伸ばすも掴んだ粒子は、未美の間からすり抜けていく。ソレ対しカグラは申し訳なさそうに口を開く。


「心配するな、俺は常にお前と共にある。会話は……してやれないが、許せ」


「こんな事がまかり通って良いわけがない。俺はこんなふざけた世界を許せない」


 俺はこの世界の理不尽を叫ぶ。叫んで否定する。


「ユウセイどうかこの世界を嫌いにならないで欲しい……コレは俺の最後の我儘だけど、この世界を頼んだぜ? お前にしか頼めない」


 そう言うと、カグラは全てが光となり宙に散っていった。やがて光は俺のもとに収束し、何かが流れ込んでくる。

 

 左目の疼きと共に意識は薄れ、全てが微睡(まどろみ)に沈んでいく。


「目が覚めましたか……ふう、どうやら成功したようですね」


 目を覚ますとそこには大きく息を吐く女性が1人。


 透き通る白銀の腰までは有るであるストレートな髪を風に揺らし、月夜に薄く光る蒼い瞳でこちらを見つめる女性がいた。肌は白魚の様な透明感に、大人びた顔との相性は言うまでもない。


 纏う衣服も特殊で、一枚の羽衣を体に巻きつける形をしている。月明かりに照らされ、その見た目はより一層美しく映る。


 まるであの夜空に浮かぶ月のように輝いて見える。


 しかしその容姿は白銀の亡霊と一致しており、何より普通の人間がこんな所にいるはずもなく、不気味さが上回る。


「動いてはいけません。傷は完治していますが、脳が今の体についていく事が難しいでしょう」


 彼女は俺を気遣う素振りを見せるが、初対面の信用など……また頭痛か。


「お前は、俺をどうするつもりだ?」


「はて……勇者カグラから何も聞いていないのですか?」


 彼女は不思議そうに答える。


「あんたがそうなのか?」


 俺の質問に考え込むような素振りを見せるも、感情の起伏を一切感じない。


 淡々とし、独特の雰囲気を持つ彼女は本当にアンデットなのだろうか?少なくとも違う気がする。


「状況を整理しますか、私は正の女神ネメシスと言います。追手から逃げ、この森に迷い込んでしまいまったのです。その時に貴方の揺り籠(クレイドル)にて私を呼ぶ声を聞き、貴方の傷を癒しました。あなたが私の力になってくれるとのことでしたが?」


 彼女はカグラの入ったクレイドルを指差し、それを頼りに来たと言う。


「カグラがあんたを呼んだだけなら理解できる。だが女神だと?そんな話を信じろと言うのか?」


 カグラは目の前のコイツを信じろと言った。だがそれは話を聞いてからでも遅くはない……俺はネメシスとやらを何も知らない。


 何よりこちらの真意を伺うような視線や無表情が怪しさを際立たせる。


「神ならなぜカグラを生き帰らせる事ができない」


 俺は言葉を滑らせる。しかも恩人に対して酷い物言いをした。そのに対し彼女はコレまた緩急のない言葉を口にする。


「……神は万能ではありません。こぼれ落ちた命は救えず、力で厄災を打ち払うことも出来ません。私たちは可能性を提示し、人々に委ねる事しか出来ないのです」


「神とは随分と都合が良い生き物だな」


 傍観者の物言いに、手を握る力が強まる。


「……おっしゃる通りです。返す言葉もありません」


 彼女は謝ると深く頭を下げる。何とも歯切れの悪い話だ。突き付けようとも淡々と返事をするだけで、腹の中は一向に見えて来ない。


 俺は欲しい答えが得られず次第に苛立っていく。俺は体を起こし、正面に向き合う。


「ならあんたは何が出来る?」


「それは……分かりました。あなたの要求はなんであろうと受け入れます。私の全てを捧げます……どうか私に力を貸して下さい」


 彼女は深々と頭を下げ、土下座をしながら俺に懇願して来た。意心地の悪さを感じるも後に引けず、更に言葉を浴びせてしまう。


「出来ない事を言うな……お前の体を差し出せと言われたらどうするつもりだ?」


 止めろ、そんな八つ当たりに何の意味がある。拳を握る手から、血が滲み出す。


「差し出します」


「心も捧げろと言うかもしれないぞ? 一回や二回で済むと思っているのか?」


 女神と名乗ったから?そんなに単純な話じゃない。俺は自分自身に怒りを感じているんだ。


「捧げます。毎晩申して頂いても構いません」


「どうしてそこまでする」


 そんなつもりなど元々ない。しかし最早命の恩人に罵声を浴びせ、尊厳を奪う最低の屑がそこに居た。


 前世と今世の記憶が混じり、人格に変化があるのか随分と捻くれてしまった。


 俺はーー自分自身に吐き気がする……。


「神界に戻る事ができない今、私の力は消えかけています。カグラとあなたの魂を融合させた時、僅かな力を殆ど使ってしまいました」


 彼女は顔を上げ視線を同じ高さに戻し、こちらを真っ直ぐに見つめる。芯が通り、その瞳には力強さが宿っていた。


「百年間彷徨い続けましたが、もう時間はいくらも残されていないでしょう。それに……失敗を繰り返すうちにコレで最後にしようと思ったんです」


 再び土下座をしようとした彼女の肩を掴み阻止する。その肩は小さく震えていた。


 初めは感情が無いのだと思っていた。しかしそうでは無く、表に出すのが苦手だったと気付く。


 俺は本当に愚かだ……勇者や女神なんて関係なかったんだ。ここに居るのはその小さい肩に支え切れないほどの運命を背負った少女。俺が生かされた意味がようやく分かった気がした。


「女神ネメシスよ、どうか今までの無礼……許して欲しい、そして差し支えなければ、俺をあなたの剣とする許しを」


俺は深々と頭を下げる……もしコレで騙されたのだとしたら最早清々しいくらいだ。今は後悔する時じゃ無い、しなかった後悔ならした後悔だの方が何倍もいい。


「あ、頭をあげて下さい……そこまでして頂かなくとも、十分ですので」


 若干引き気味?にネメシスは俺を起こそうとする。でも俺は譲らない。


「それでは俺の気が治らない。そこは納得してもらう」


「あなた、意外と頑固ですね。カグラから聞いた話と少し違います」


 表情にでなくとも分かる。コレは呆れているな。下らないやり取りをしながら俺たちは語り合った。少しは打ち解けられたならば良いが……杞憂と言うやつか?


「では左手を差し出し、(かしず)いて貰えますか?」


 ネメシスからのお願いに断る理由はないので、俺は素直に差し出す。


「了解した」


 俺は右膝を下ろし、左手を差し出す。ネメシスはそこに手を重ねると何やら呪文のようなものを唱え始める。周囲は渦が成し、俺たちを包み込むように逆巻く。


「さて(なんじ)に問います。この歪な世界で貴方はどのような選択をしますか?」


「俺はアイツの代わりにはなれない、世界を救えないかも知れない……それでも諦めたくは無い。俺は可能性を求める」


 俺は答える。俺は俺だ。なら俺がする事はカグラと同じじゃない。


「ユウセイよ……(なんじ)に我が神託を与える。我は爾を認め、我が信頼の証をここに刻む」


 渦は激しさを増し、光は俺の左手に収束する。やがて左手に見たことのない紋様が浮かび上がった。

 

 ーー神託正直諦めていた。だがソレは現実に俺の手に宿る。


「コレで、あなたは神託を得ました……それからあっ……」


「お、おい!?」


 息も絶え絶えとなり、倒れそうになる所に俺は体を滑り込ませる。そこから何とか持ち直し抱き上げた。


 重さをほとんど感じない。確かに身体能力が増し、身体が軽くなったようだった。


「すみません……力を使い切ってしまいました。コレからは神力は使えそうにないですね」

 

 ネメシスの力を期待していないと言えば嘘になる。ソレでも十分すぎるものをもらった。荒い息を上げ、ネメシスは軽い汗を流す。


「いやありがとう。コレでなんとか戦っていけそうだ」


 俺は抱える力を強める。お膳立てはしてもらった。あとは答えるだけだ。


「ふふ……それがあれば、隷属印を消す事ができます。彼らをどうか救ってあげて下さい」

 

 そう言うと意識が飛んだかのように、首の力が抜ける。


「おい、それはどう言う……寝てしまったか」


 どうやら随分と無理をしたようだった。なぜ俺の名前を知っていたとか、隷属印やら俺と一つになったらしいカグラの魂の話はまた今度にするか。


 考えなければいけないことも沢山ある。それでも、今の俺は1人じゃない。俺はネメシスを担ぎ、森を後にした。


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