魂に刻まれた記憶
いつも考え無いようにしていることがある。
不幸ってのは突然やってきて、当たり前のように全てを奪っていき、当然のように平和を踏みにじる。でもソレを変えられるのが勇者だって俺は信じてたんだ。
ーー俺は甘えていた。カグラに任せれば全部大丈夫だって。当たり前じゃ無いことを当たり前と思い、自分自身で動こうとすらしなかった愚かさに、心底嫌になる。
「カグラアアアアァーー!」
俺は大声で叫び、頭が真っ白になる……切断された腕を見つめ、何か繋ぐ方法がないかと考えようにも、そんなものは存在しない。聞いたこともない。
「プルート……なぜお前がここにいる。そして何のつもりだ?」
ローブの魔王が茂みの向こうに言葉を投げかける。そこには、闇の中に淡く光る赤い眼を細め、歯が見える程に口角を吊り上げていた。
プルートと呼ばれたソレは、薄ら笑いを浮かべたまま前進、月明かりに姿を表す。その顔は不気味で紳士的な立ち振舞いと裏腹に一種の狂気のようなモノを感じる。
「酷いですね〜魔王が勇者を殺そうとするのに理由が必要なんですか?」
ローブの魔王にはプルートの行動が癪だったらしいが、俺からは表情が隠れている。辛うじて口元が見え、吊り下がっているのがわかる。
「おっとそう睨まないでください。そこの青年♪あなたも怖い顔ですよ?」
あいも変わらず貼り付けたような笑顔で、当事者たちを逆撫でする。怒りで頭が沸騰しそうになる。俺は剣を握り締め、斬りかかろうと足を踏み出す。
「ふざけるな!!」
叫ぶ声と共に、飛びかかろうとする俺を、カグラの左手が遮る。軽く笑顔で答え、俺を止めた。辛さを一切表情に出そうとせず、俺を安心させようとしている。
ーー1番キツイのはカグラ自身なのに……気を使わせてしまっている。
俺は冷静さを欠いた行動、足手纏いでしかない実力に、自然と拳が握り締められる。
「あー……思ったより痛いなコレ。落ち着けユウセイ、コレも作戦の内だ。大した問題じゃない」
カグラはそう言う。だが、そんな作戦があるか、誰が自分の手の切断を作戦に組み込む!!
「落ち着ける……訳がない!」
確かにカグラなら何とかできるかもしれない。とは言っても回復魔法で腕が繋がるなんて聞いたこともない。焦りと不安は消えず、落ち着くことなどでき無い。炎で傷口を焼き止血し、カグラは口を開いた。
「大丈夫だよ、2体1なんて丁度いいハンデだ。腕1本でも余裕余裕」
「私たち侮られてますねえ、しかし相手は最強の勇者……困りました。なぜ2人がかりで倒しに行かなかったんです?分かっているとは思いますが」
プルートは少し真面目な口調で話しすも、直ぐに頬を緩ませる。何かを確認するよに言葉を待つ、目的など知らないが、これ以上何をするつもりだ!?
考え事をする度にふつふつと怒りの感情が再燃する。勝てないと分かっても、何かの拍子に飛び出してしまいそうな俺がいる。でもそれは……カグラの足を引っ張ることにしかならない。
「分かっている……少し軽薄な口を閉じろ。微塵も焦りの無い顔で、嬉々として語るな」
ローブの魔王が答える。そこにはやはり、苛立ちの感情が見え隠れする。仲が悪いだけじゃないのか?
「分かって頂けたなら言うことは何もありません。あ〜そうそう、私湿っぽいのは嫌いなんです。君は動かないでくださいね♪」
プルートは指を差し出し、軽く弾いてみせる。その瞬間……体に何かがまとわりつく感覚を覚える。なんだコレ?
体が完全に動かなくなった。何をされたのかは分からない……戦えない、カグラを庇えない。
「では遠慮なくいきますね〜冥府の剣大地より突き出てかの敵を射抜け……ダークソードダンス!」
まずプルートが動いた。地面から大量の剣が露出し、カグラに向かって剣の道を作る。
「チッ……荒ぶる疾風よ暴れ切り裂き蹂躙せよーーデスストーム!」
続いてローブの魔王がカグラに左腕をかざす。左手に集約されたであろう魔力は、うねりを上げ、暴風と共にカグラを襲う。
「演舞月ノ舞……月夜が照らし廻は泡沫の夢、永久に続く幻想の調べ……風花雪月!」
カグラが舞う。暴風は風に揉まれそよ風に、突き出た剣は粉雪に包まれ、進撃を止める。剣は砕かれ、氷の結晶が風に乗る。
氷の結晶が月夜に輝く花弁のように、それがそよ風に誘われひらひらと体積していく、故に風花雪月。
「……お?」
片腕で善戦するも、カグラが大きくバランスを崩す。まずい……このままでは攻撃の隙を与えてしまう。
「いいですねえ〜、演舞冥ノ舞ーー闇と闇重なりし時、冥府の扉は開かれる……冥府開門!コレに飲まれたら最後チリすら残りませんよ」
プルートが闘気を注ぎ込み、両手を空高く掲げる。黒いもやが渦巻き、その中から骨と髑髏に彩られた門が姿を表す。無数のドクロがカタカタと揺れ、開門と共に瘴気を撒き散らす。
「演舞月ノ舞ーー朧月!」
カグラは門へと引き込まれるも、剣を振りかざす。それは空を切り、プルートが愉悦な笑みを浮かべ、口を開く。
「無駄ですよ〜完全に捉えました。消え去りなさい」
ーーカグラが禍々しい門の中に消えていく、ユラユラと揺れながら淡く消えるように、視覚できなくなった。
視線を逸らしたと思うと、瞬きの間にプルートの死角に回り込んでいた。コレには奴も反応が間に合ってないように思える。しかし。
「光速の雷が空を裂き天に轟くーーライトニング!」
カグラの隙を突いた攻撃をローブの魔王の魔法が妨害する。カグラの死角に移動。そこから手をかざし、高出力のエネルギーが放たれる。
「うおっと……コレは危ないな」
カグラは体を大きく捻り、前髪を雷撃が前髪を焦がす。上手く避けたカグラだったが、有効打を出せずにいる。
「いや〜助かりました。油断していたところ助けて頂き誠に有難う御座います。やはり魔王最強と名高いだけあり……」
プルートはへつらい……のらりくらりと立ち回る。
「くだらん世辞はやめろ、次が来るぞ」
ローブの魔王は褒め言葉を一切意に返さず、次へ対応する為の準備を進める。
「やれやれ、取りつく島も有りませんか……仕方ありません」
プルートはため息をつきながら、戦線に復帰する。
この後もどれだけの攻防が有っただろうか、戦いは激しさを増し、一進一退の攻防が続いた。真上にあったはずの月が傾いた頃、戦況に変化が訪れる。
「はあ……はあ、ふう、ユウセイ……約束、守れなくてごめんな」
カグラが笑った……?
何に謝ったかはなぜか分かる。
胸の中でストンと音を立てるように、外れていた歯車がはまる音がする。
すごく……大切なモノ、どうして今まで思い出せなかったのだろうか?
遠く遠い記憶の縁を辿り、記憶の大海原を渡り、魂に刻まれた前世の記憶が蘇る。
もはや頭痛は無く記憶の砂嵐も消え、全てが鮮明になる。
かつて、共に誓い合った日も、親友を守れなかった最後も、昨日の事のように思い出す。自然と涙が止まらなかった。
何でそんな大事な事を今になって思い出す? なぜ俺はこんなにも弱い? その親友を俺は救うことはできないのか? 俺が……余りにも弱いから?
ああそうか……俺はまた、失うのか。
「おやおや戦いの最中に会話とは随分と余裕があるのですね〜〜まあ特別に見逃してあげましょう」
プルートの一言と共に、カグラに鋭利な爪が向けられる。満身創痍なカグラに、残された力は、ほとんどなかった。
「演舞月ノ舞闘気全開! ーー神無月!」
カグラの攻撃が当たる事はなかった。
『ズブリ』と鈍い音を立て、共にローブの魔王の手がカグラを貫く。
手を掴みたいのに届かない。名前を呼びたいのに声が出ない。叶えたいのに願いが叶わない。
さっきまで動いていた親友は、ボロ雑巾のように打ち捨てられる。
一瞬で分からなかったが、何か技を放ったようにも見えた。手を伸ばすも遠すぎて届くことはない。
カグラの身体が光となり俺の揺り籠に消えていく……俺はソレを黙って見ることしか出来なかった。
「お前ーー絶対に、ぐボアッ!?」
目の前に迫ったローブの魔王が、俺の腹を貫いた。そして首を掴まれ、ゆっくりと締め上げられる。それでも即死は免れ、なんとか意識は残っている。
「ダメだろ……騒ぐ前に不意打ちをしなければ、お前は弱いのだから……今何をされたか理解できたのか?」
俺はその問いに答えるほどの余力はなかった。突きつけられた事実が、俺を追い詰める。せめて、一撃だけでも。
「酷いですねえ〜〜カグラは私が殺す予定でしたのに……でもまあいいでしょう、だってこんなにもいい顔を拝むことが出来るのですから」
プルートは語る。俺の顔? 悔しさ悲しさ虚しさ、その他雑多な感情が俺の心を埋め尽くしている。喉は潰れ、言い返す事すらままならない。
異常者め……許さない。報いを……受けさせる! ひたすらに睨みつける俺を、ローブの魔王が呆れるように呟く。
「いいか? 弱者はひたすらに奪われる。強くなくては何も守れない。お前のようなゴミは地面を這いつくばり生恥を晒す事すら許されない……世界はお前を否定し続ける」
ローブの魔王は俺の瞳を覗き込み、その赤い瞳で訴えかける。ローブの魔王はゆっくりと俺に近く。足音を立てながら……目の前で静止した。
男は俺の事を崖の下へと蹴り落とす……混濁する意識の中、岩にあたり木に当たり、俺は下まで転がり落ちた。
俺は空を見上げる。動くことはできない。
ああ……仰向けになったから、空がよく見えるな、今日は月が綺麗な最低の日だ。こんなことなら、ちゃんと謝っておけばよかった。全てもう遅いか。
そうしていると空から、ひらひらと実態のない何かが舞い降りてきた。ソレは淡くおぼろげで、月そのものにも思える。
最後の余韻に浸りたいのに、俺の元へ青白い影が近く。
そうか何も出来なかった俺への罰というわけか。そこまで迫る死の感覚。指先の感覚は無くなり、瞳を閉じる。俺は全てを受け入れる。
ソレが白銀の亡霊だと言う事は直ぐに理解できた。なぜ奴がここに? などはどうでも良かった。
全てが微睡に消えていく、誇りも誓いも命も……そうして俺の意識は途切れた。