シスター・ヴァンパイア
音が消えた……体の感覚が曖昧になり、視線の先は暗い闇の中にある。つかもうと手を伸ばしても、そこには何もなく、あるのは地面かも判断が付かない床だけ。
ただひたすら無の中に座り込む少女の姿がある。近づいて行くと、ぶつぶつと何か言葉を発している。
「消えろ、消えろ消えろ……何もかも消えろ!!」
憎悪の感情を煮えたぎらせ、ヴィーナスはうつむいた顔をゆっくりと起こして行く。その顔は深いクマがあり、乾いた瞳は視線をこちらに向けてくる。
「お前も“わたし”から、すべてを奪いに来たのか?」
その形相にたじろぎ一歩下がると、小さな感触が後ろに伝わる。
「お兄ちゃんだあれ?」
幼い少女の声に振り返ると、そこにはヴィーナスによく似た少女が立っていた。12歳くらいと思われ、ボロボロの服を着て、首を傾げるようにこちらを覗き込む。
子供のヴィーナス……いや、この感覚は覚えがある。揺り籠の住人……既に命を失った者たち。
「俺は……双星の勇者ユウセイ。導きの双星と言った方が分かりやすいか」
その返答に少女は嬉しそうに笑顔を作る。
「ーーわたしの妹から離れろ」
後ろからの声に俺は振り返ると少女が俺との間に入り、手を横に広げる。
「レアおねいちゃん……もう、いいんだよ」
少女が首を横に振ると、飛びかかる姿勢で静止したヴィーナスがゆっくりと元の体制に戻って行く。またぶつぶつと言葉を繰り返し、俺はそっと胸を撫で下ろす。
「悪い人じゃ無いの……本当はずっと明るくて、愛情に満ちていた」
寂しそうに呟く少女にかける言葉が見つからない、慰めの言葉すら自然と出ない俺に嫌悪感を抱くも、少女は苦笑いをした。
「もしかして気遣ってくれてる? 気にしなくて良いのに」
「レアってのはヴィーナスの名前なのか?」
紛らすように疑問を口にする。すると少女は少し考えるようなそぶりをし、納得をしたように答える。
「そっかそっか、うん……本当の名前はレア・サンダーソニアって言うの、魔王の名は固有名詞だから」
固有名詞……それならアースラもそう言うことか、だがそれだけだと疑問が残る。
「ヴィーナス・レア・ゴールドがフルネームだと思っていたんだが、このレアってのが名前となると、ミドルネームに実名を使うものなのか?」
「そうだよ、魔王は皆実名を真ん中に残すの……もちろん残さない者もいるけど、大体は残すよ。未練……とでも言うのかな」
そう言われると納得がいく、セインとは魔王になる前の実名……だから俺たちにはそう名乗った。
ふと足元の感覚が無くなるーー。
「双星のお兄ちゃん……おねいちゃんの心を見つけてあげて」
「必ず見つける。だから安心して待っていろ!」
伝わったかどうかは分からない、少女は優しく笑い、俺は真っ逆さまに落ちて行く。やがて燃え上がる炎のが一面を覆い、陽炎のように映像が浮かび上がる。
「プリエール?もう貴方は甘えん坊なんだからーー」
鈴が鳴くように笑うヴィーナスの子が見えた瞬間炎に飛び込み、浮き上がるような抵抗の後なんとか体を起こす。速度は緩み、地表らしき場所に降り立つと、周囲の炎が一気に消え去る。
そこには12歳くらいの少女と、5歳くらいの少女が映る。
「ほらほら、おねいちゃんが今ご飯作ってるから、邪魔しないの」
「えーー、私もっと遊びたい、ご飯後でも良い」
景色は色づいていき、レンガ作りの建物でじゃれつく二人の姿があった。所々雨漏りの跡があり、とても良い環境とは思えない。
「ちゃんと食べないと大きくなれないわよ」
ヴァンパイアが普通の食事を食べるのか?考えても仕方がない事なのかもしれないが……。
差し出された器に、穀物を煮詰めたような料理が手渡される。視線を遠くの方に写し、何かを思いついたように語る。
「小さい子だって需要はあると思うの!」
「変な話は止めなさい……美味しくは無いけど、愛情はたっぷりだぞっ!」
ウインクを飛ばしながら、いたずら気味に笑顔を作る。
「分かってるならもう少し美味しくしてええええーー!」
逃げ出そうとするプリエールを力で押さえ込み、スプーンで料理を口に運ぶ。恐怖に引きつるような表情で、必死に顔を左右に振る。
「ダメでしょう? 立派なレディーになるにはちゃんと食べて寝て、しっかり学ばないとね?」
「おかしい……おかしいから、なんか酸っぱい、どう考えても雑炊じゃ無いのおおお!」
口の中に料理をねじ込むと、ビクンっと体が跳ね上がる。体の力が抜け、力尽きるようにぶら下がる。
「失礼ね、いくら私が料理が下手でも雑炊が酸っぱい味する訳ないでしょう」
僅かに苛立ちながらスプーンで救い上げ口に運ぶ……無心で食べ続け、器を置くと一息つく。コップに水を注ぎ飲み干すと、徐に窓の外を見つめる。
「嘘だぁ……酸っぱい」
しばらくして目を覚ますと、なんとも異様な光景が訪れる。レアが正座をし、冷ややかな汗を浮かべ、プリエールが仁王立ちで鬼気迫る表情で訴えかける。
「おねいちゃん……私これ酸っぱいって言ったよね?」
「はい……言いました」
表情を伺いチラリと視線を向ける。頭が上がらず、口を結んだまま説教に耳を傾けた。
「でも食べられないことも無かったのよ……ウップ」
追い討ちをかけるように疑いの眼差しが降り注ぎ、涙目になりながら口元を押さえる。
墓穴の如きやり取りに頭を抱えたくなるも、微笑ましく思えないこともない。ヴィーナスからは想像もできない光景に、余計な事を考えてしまう。
「妹は心配です……こんなで嫁の貰い手があるのでしょうか?」
「10年早いわマセガキ……と言うかプリエールはどうなのよ」
「私は王子様が迎えに来てくれるので、大丈夫なの」
一体誰に対して実況しているのやら、しばらく言い合いをすると、次第にピリピリした空気は無くなって行く。
いつの間にか笑い合い、険悪な雰囲気はなくプリエールを抱きしめる。それに応えるように頬ずりし、引き寄せ合う。
「大丈夫ですのよ……もう直ぐお腹いっぱい食べられるようになりますの」
抱きしめる力を強め、その先の未来に想いを馳せる。希望があると信じて、手を伸ばし、来るであろう望みを掴み取ろうと必死にもがく。
「おねいちゃんの喋り方変……」
「キャラ付けですのよ、少しでも目立ちませんと埋もれてしまいますもの」
首を傾け、不思議そうに顔を覗き込む。頭に優しく手を重ね、壊れものでも扱うように撫でて行く。
「んーー、くすぐったいよ」
煩わしそうにするも、明確な拒絶はしない。頬を膨らませ、服の裾を掴む。
「お姉ちゃんは貴方のためならどんなに辛くても頑張りますのよ……たった二人の家族ですもの」
「もう酸っぱいの食べなくて済む?」
鋭利な言葉は突き刺さり、レアに動揺を与える。何とか平静を保ち、優しく言葉を返す。
「さ、最後のは一言余計よ、練習すれば美味しくなるわ」
「おねいちゃんの言葉遣い戻ってる……」
唸るように頭を抱え、妹に振り回されるも、嫌悪感は感じられない。
揺り籠の少女、プリエールの言っていた“愛情”に満ちた人物だった……と言うのはしっくり来た。ここから変わり、残虐な魔王へと変わっていく。
虚しさにも近い感情を抱え、消えてしまった一時を、ただ呆然と眺めるーー。




