未来の話をしよう
空には暗雲が立ち込め、周囲は薄暗くなって行く。それを象徴するように、焦がすような空気がチリチリと周囲に立ち込める。
息を飲むようにロッカが見守る中、お互いが距離を取り隙を伺い合う。相手方の動きは無く、硬直状態の後謎の男が口を開いた。
「おや……その瞳、勇者ではありませんか? 無関係なら言っていただければ見逃したのですよ?」
「そいつはどうも、だがこんな事をしでかした奴をのさばらせておくと思うか?」
平坦な物言いだが表情は険しい、視線を細め周囲を見渡すように、散りばめられた死の中で深く息をする。
「えーー……勇者殺すとクソ真面目な“ライブラ”に口説かれるから帰ってよ」
態度を崩した男に対し、言葉を無視するようにビレトは一直線に突撃、剣から炎が立ち込め、一気に燃え上がる。
「演舞炎ノ舞……翔下ノ炎鷲」
剣を振り上げ、翼を携えた刀身が羽ばたき獲物を捕らえるように喰らいつく。しかし男はそれに対して棒立ちのまま、剣を左手で振り上げ嘲笑うかのように軽々と受け止める。
「演舞炎ノ舞……旋回ノ炎鳶」
剣に力込め男を突き飛ばすと、燃え上がる翼は円を描くように逆巻き、左から強襲するように降りかかる。
男は再び剣を構え、軌道に置くように刀身を受け止める。力を込め、押し込もうとするもまるで巨大な山を相手にでもしているように、ピクリとも動かない。
「嘘……先生の演舞がこんな簡単に防がれるなんて」
ロッカが信じることのできない光景を直視し、乱れた声色と共に戦況を見守る。弾き返され、ビレトは後方へと下がり眉をしかめる。
このレベルの戦いは足を引っ張ることにしかなり得ない。そう理解したのかも知れない、揺れる瞳の中戦況は動き続ける。
「当代の炎鷹……ここで見たものは忘れろ。そして何時もの日常に戻り、何事も無く暮らせば良いいじゃないか、選ばれた者なのに何が不満だ?」
ビレトの力がだんだんと弱っていく。それを感じたのか、相手もそれ以上の攻撃をしようとしない。
「お? 分かってくれた。良かった良かった……さあお帰り、後は俺が始末しておくから」
日常……俺も考えた事が無いわけじゃない。戦いから逃げ、約束から逃げ、すべてから逃げてその先はきっと楽なものかも知れない。誰だってそうしたい、辛いことなんてしたくない。
ーーだけどそれは。
「随分と勝手な話を進めてくれるな? あまり勇者を舐めるなよ……」
尽きかけた炎が再び大きく燃え上がり、その巨翼を羽ばたかせ、闘気の螺旋が空気を巻き込み、炎柱を築き尚も突き上げる。暗雲を貫き、天から光が差し込む。
「お前……いつの間にこれほどの闘気を」
「演舞炎ノ舞……闘気全開!! 尽きること無き生命の、輪廻の輪の中巡り合い、紡いだ炎を咲かせよう!!」
ビレトが一歩踏み出すと、大地を焦がしながら火の閃光が突き進む。音を置き去りに、残像を置き去りに、人ならざる速度で瞬きすら遅れる刹那を突き進む。
「クソが……力を隠してやがった、ふざけた真似を!!」
男は背中からもう一本の剣を取り出し、二つの剣を構える。後方へと僅かに飛び、力を少しでも逃した状態で受けようとする。
「朱雀輪転紅蓮華!!」
一振りがぶつかり合い、刀身から炎が溢れ出る。それを残したまま、側面へと瞬時に回り込み再び振りかざす。受け止めると、更なる炎が吹き出る。
「戦星術蟹……因果鋏」
二つの刃を突き合わせ、ハサミのように交差させる。それに挟まれた炎が、切断されるかのように切り離され消えて行く。それを察知し、ビレトは更に炎を燃え上がらせ剣を振りかざす。
「おいおい、ここに来てまだ剣速を上げるか?」
回り込むビレトの太刀筋を受け止め、炎を引き裂いていく。それに反応するように瞬時に立ち位置を変え、背後から左から前からとぶつかり合い、次第に炎がその数を増して行く。
「凄い……これが先生の本気」
見守るロッカも握る拳が強くなる。咲き乱れる炎の華が、次第に男の動きを制限して行く。やがてこれはまずいと判断したのか、無理にその場を移動しようとする。
「俺が勇者に負けるなんて……有ってはならないんだよ!!」
その時だった……男はハサミの片方を切り離し、ビレトのに向かい投げ捨てる。それを避け、力の限り剣を振り下ろす。男の体に太刀筋が深くめり込んでいく。傷口から炎を上げ、男は断末魔を響かせる。
心臓に到達し、そのまま斜めに焼き切ろうとしたその時。男は吐血する口を小さく吊り上げる。
「ーーえ?」
ビレトの後方にはロッカがいた。状況を把握したものの、惚けた声を上げ、脳の処理が追いつかず、棒立ちの状態でその剣を見つめる。
「ロッカ、うおおおおぉぉーー!!」
剣を即座に引き抜き、演舞の最後の力を使い放たれた剣を追従する。しかし剣はロッカの50センチ手前まで来ていた。ビレトとの距離は10メートルは離れている。命を燃やし、心を燃やし、守る者の為炎の翼はその羽ばたきを強める。
「燃え上がれ朱雀……大気を焼き尽くせ!! 俺の生徒は絶対に傷付けさせない!!」
ギアを更に上げ、その速度を増して行く。剣はロッカに3センチの所に迫った。
残り1センチ未満……剣は甲高い金属音と共に、右後方へと逸れていった。はらりと数本赤色の髪の毛が舞い、ビレトは安堵の表情を見せる。
「爆ぜろ……紅蓮華」
何かに反応するように顔をしかめ、言葉が放たれると共に男の周囲の炎が膨れ上がる。それらは咲き乱れ、炎の華のように色付き、次々に開いて行く。
「そ、そんなバカなーー」
焦りの混じる声色で、爆発の中に男は消えて行く。その光はいつまでも咲き乱れ、2分程の後に終わりを迎えた。
「先生ありがとう……あなたは本当に勇者だわ」
緩んだ目元に水泡を蓄え、溢れ出し瞳を揺らす。
ーー俺は瞳を細める。開いた空は再び影って行き、事の惨状を表しているようだった。空の水滴はまだ地上には落ちない……しかしヒタヒタと滴るそれは、残酷な現実を突き付ける。
「ロッカ……昔話と未来の話をしよう」
「ちょっと急にどうしたのよ……とにかくここを離れましょう?」
事の重大さを把握しできていないのか、ビレトを動かそうとする。ビレトが首を横に振り、それでようやく不審に思ったのか、表情に陰りの色が見えた。
滴る赤を見つけるのに時間は掛からなかった。驚愕と共に溢れる水泡は勢いを増し、頬を伝い地面へと染み込んでいく。
「……先生? 早く怪我を治さないと」
祈るように吐き出す言葉は力無く空へ消えて行く。背中を貫く剣が流血は激しくなっていき、血溜まりは広がり続ける。
ビレトは僅かに口角を吊り上げ、優しい表情を作り、何も言わず地面へと座り込む。ロッカにも隣に座るよう目線で促す。
「そんな……回復魔法なんて私も使えないわ」
意図はしていなかったろうが、崩れ落ちるようにそこに座り込む。手で顔を覆い、すするように嗚咽を吐き出す。
「ロッカ……この短剣に見覚えはないか?」
擦れた瞳を見開き、ビレトに視線を向ける。
「それってまさか……あの時の傭兵は先生だったの?」
昔を思い出すように一つ一つを照合して行く。辻妻が会うのに時間は掛からなかった。
「やっと……思い出してくれたか、あの時のことは今でも鮮明に覚えている」
笑みを浮かべながら、瞳を閉じて行く。探り当てるように、大切な思い出を辿っているのだろう。こんな状況にも関わらず表情は満ち足りていた。
「『貴方はこの短剣でどうするの?』そう言われた時は、答えは出なかった」
「ええそうね、次に出会った時の宿題とも言ったわ」
ため息を吐くように呆れ顔で語って行く。忘れていた自分が少しだけ恥ずかしいのかもしれない。
「お前は忘れてたみたいだけどな。だけど俺は忘れない、お前がくれたこの短剣が未来を切り開いてくれた」
「もう、今はそんなこといいでしょう5年も前になるのよ」
少しばかり恥ずかしそうに話題を逸らそうとする。
「あの時俺は、勇者になる覚悟を決めたんだからな」
不思議そうにその視線を泳がせる。的を射ない話に、答えを出しかねる。
「ロッカ……この揺り籠をお前に託す。ここにはお前の母も入っている」
「お母様が……ありがとう先生、貴方がずっと預かってくれていたのね」
差し出されたそれを受け取ると、胸いっぱいに抱きしめる。その姿を見ながら精気の抜けてきた顔で満足そうに笑みを浮かべる。
「畜生……愛おしいな」
小さく放たれた言葉は届く事はない。表情をしかめると、口元から血が流れ出す。
「強く生きろ……この世界は残酷でお前を突き放すと思う。だがいつか、導きの双星がお前の元にやってくる」
「先生……口から血が、もう喋らないで」
「ダメだ、全て話さなければならない。ロッカが炎鷹を受け継ぎ、時が満ち、世界は戦乱の世が訪れる」
次第にビレトの顔が青くなって行く。その顔に冷や汗を浮かべ、まぶたが重くなる。焦点が定まらなくなり、視線は大きく暴れる。
「火は人が両手に持つもの、炎は下から火が火を支え強く燃え上がるもの、炎の意思は師から弟子に受け継がれる」
最後の力を振り絞り、立ち上がる。瞳に力を宿し、思いを宿し、炎を宿す。
「お前は俺の立派な弟子だ。誰がなんと言おうと、お前は俺の誇りだ。だからそんなしけたツラをするな!!」
手刀を振り下ろし、力の限りロッカの頭を叩く。それに驚き、抗議するように立ち上がる。
「先生!! こんな時に変な冗談はやめてよーー」
「ロッカ……強く生きろ」
精一杯の笑顔を貼り付け崩れ去るようにロッカへと寄りかかる。それを受け止めると、体は光の粒子になり……揺り籠へと吸い込まれていった。
空が泣く……炎鷹の勇者の死を悲しむように、雨粒は激しく、叩きつけるように地上へと降り注ぐ。ロッカは空を見上げ、何かが事切れたように声にならない叫びをこだまさせる。
ーー雨に飲み込まれるように深きそこから何かに引き上げられるように水面に飛び出す。そこには絶叫しながら、すすり泣く姿が映し出されていた。
「どうだったよ導きの双星……楽しめたか?」
「自分の死に様を見せるとは趣味が悪いなビレト」
元の空間に戻ると、その表情が鮮明に浮かんでくる。
「はははバレてら、悪いな……全部お前に背負わせちまいそうだ」
「別に気にしてない、コレが俺の役目でもある」
これ以上死人に頼るわけにも行かない。何よりロッカの言った意味がよく分かった。俺が向き合わなければいけない問題だ。
「頼もしいな……詫びと言ってはなんだが、導きのかけらをお前に託す」
穴の空いた左手から光が伸び、俺の神託へと届く。アースラの時のように、一つが満たされ、力が湧き上がってくる。そして記憶のようなものが俺の脳内に流れ込んでくる。
「俺の持つかけらの記憶は双星の戦闘スタイルだ……少しは参考になったかな?」
納得してしまった。確かにコレなら双星と呼ばれていたのにも納得が行く。
やがて視界が薄くなって行く、現実に引き戻される前兆だろう。ローブの男など気になった事もあったが、今は置いておく。俺は気持ちを新たにし、再度戦いの場に臨む。
ーー全てを導くために。




