日ノ神楽
魔獣の意識がこちらを向いたのを確認し、俺は剣を構える。だがソレは警戒する様子も無く真っ直ぐに距離を詰めてくる。
コイツは俺程度力任せで倒せるとでも思っているのか?単に知能が無いのか……後者であって欲しい。
この手合いに楽観視は、命を縮める事にしかならないのは想像に難く無い。
もう一度蜥蜴の魔獣を観察する。弱点を見つけようとするが、岩のような鱗に何が有効か、考えただけで気が滅入りそうになる。
俺は魔力を集中し、魔法の発動を準備する。
魔獣はそのタイミングでスピードを上げ、俺目掛け突進を開始する。ただの突進とは言え、くらえば致命傷は避けられない。
ーー俺は左手を前に突き出し、魔獣へ掲げる。甲殻のように硬そうな体皮はまずダメージなど見込めそうに無い。そうなると狙う場所は自然と定まった。口を開けて突っ込んでくるならありがたい、俺も遠慮なくいかせてもらう。
「ーー貫け……フレイムアロー!」
込めた魔力により3本となった矢が魔物の口を目掛け放たれる。ソレは魔物の口に見事命中し、口から炎が燃え上がる。
「これで少しくらいは効いただろう……一気に行かせてもらうぞ」
俺は演舞の構えに入り距離を詰める。
闘気を高め、必殺の一撃でヤツを倒す為地を強く踏みしめる。
ーーしかし魔法を食らったにもかかわらず、怯んでいるそぶりが見えない。
「GAAAAA……BURUAAAAAAA!」
鼓膜を突き破るかと思うほどの叫び。
次の瞬間ヤツの口から火の息吹が放たれる。俺はソレを体を捻る事でギリギリで避ける。その後一度後方に5歩ほど下がり、体勢を立て直した。
恐ろしい事にまるでダメージは無く、属性相性が悪かったのであろうが、脅威そのものだ。
「な!? どういう事だ……効い……!?」
ここで俺は致命的なミスをした。一瞬頭が真っ白になり、その足を止める。
ーー魔獣は俺の動揺を見逃さない。
俺が怯んだ一瞬の隙を突き、長く太い丸太のような尻尾を、俺目掛け叩きつける。鋭く、獰猛一撃は俺を軽々と弾き飛ばす。
「くはっ……!?」
視界が後方へ間延びする。しかし幸か不幸か、後方にある樹木に直撃……勢いは止まったが、その衝撃と反動で痺れ動けずにいる。
ーーそこへ尾をしならせ、2度3度と強烈な叩きつけ。
衝撃に耐えきれずメキメキと亀裂が入り、木が悲鳴を上げる。木は薙ぎ倒され、再び俺は吹き飛ばされるが、地面を蹴り上げ、体勢を立て直した。
「GAAAAA!!」
叫び声と共に、魔獣は一方的な攻撃を繰り返す。鋭利な爪による引き裂く攻撃が襲いかかる……俺はなんとか左後方に転がり込み、岩を盾にする。
ーー1度目の攻撃で深い傷が、2度目の攻撃でヒビが……3度目で粉々に砕けた。
頭では分かっていた。しかし実際に戦うと、巨体に似合わぬそのスピードとフットワークに、規格外の化け物だという事を再認識させられる。
防戦一方で、迂闊に近づくことができずにいると、攻撃を捌き切れず遂に爪による攻撃が直撃する。
「くっ!!演舞……断空!!」
攻撃を食いながら必死に、僅かな闘気、僅かなチャンスに頭部に目掛け俺は反撃を放つ。
「GURURURURU!!」
俺は僅かな隙に演舞を叩き込みダメージを与えるが、魔獣は怒りるばかりで、決定打にはならず悪戯に体力を消耗していく。顔を左右に振り少し鬱陶しいと感じる程度で、脅威とは判断していないようで、構わず攻め込んで来る。
それでも俺は闘気を込め続ける。剣を振い続ける。
「演舞……刺突連弾!!」
剣の切っ先で目にも止まらぬスピードを持ってして、ひたすらの突きを繰り返す。こちらの攻撃は弾かれ、逆に向こうの攻撃は有効打としてダメージが蓄積していく。岩のような装甲には攻撃が通らず、有効な手は無いように思える。破壊力を高めた演舞でさえ容易く耐え、未だに攻略法は掴めない。
「ここが俺の死に場所か……いや、そうだったな」
死のイメージが一瞬だけ、脳裏を過ぎる。しかし……。
ーー俺はもう一度思い出す、約束や覚悟だの死ねない理由を探せばキリが無い。カッコを付けたからにはーー最後までカッコをつけるものだ。後悔は全てやった後でいい。
俺はここまで立てたプランを全てぶち壊す、俺は試すことが出来ず使っていない最後の演舞構えに入る。
敵は待ってくれない、間に合わない間は全て攻撃を捌く。
魔獣は左前脚を振り上げ、払うように薙ぎ払う。俺は剣を間に挟んで、滑らすように攻撃を逃す。
爪の攻撃を左へ受け流し刀身に摩擦が加わるも、ひたすら続ける。
ーーそう……それでいい!!
「そうだ! もっと打ち込んでこい、まだまだ足りないぞ!」
俺は半歩ずつ下がりながら、左前脚は左へ、右前脚は右へとひたすらに受け流し続ける。ワザと刀身に滑らせ摩擦熱を帯びていく。
やがて赤く染まり熱は最高潮を迎える。そして相手の踏み込みに合わせ、俺は地を踏みしめ、大きく蹴り上げ、身体を回転させながら攻撃に転じる。
「この演舞にまだ名は無い……コレをくらうのはお前が初めてだ」
ヤツの爪と刀身がぶつかり合う。初めて攻撃が相殺され、俺は前に踏み込んでいく。強烈な火花と共に、攻撃を止める事無く回転を続けながら切り込む。
何度打ち合っただろうか? 遂に魔獣の爪が宙を舞う。切断面は焼け焦げたように、変色する。魔獣は異常な状況に後ろに大きく飛んで、距離を取ろうとする。
ーーソレを許すわけにはいかない。
俺は全力で飛び込み、刃を振りかざす。ここを逃せば警戒心の強いコイツは近寄ってこない。今ここでとどめを刺す!
「うおおお!」
「GAAAAAAAAAAAA!!」
魔獣が大きく口を開き、ゼロ距離から炎の息吹よりも高い威力も持つ魔法……ドラゴンブレイズが放たれる。
俺はソレを剣で真っ向から受け止め、引き裂くように首に目掛けて攻撃を続行する。刀身を熱くし、限界の、先の先の先の果て。
ーー切断するのでは無く対象を溶断する絶技。
「GAUUUUU!?」
魔獣は反射的に前足で軌道を遮る。攻撃は前足を焼き切り首へと到達する。一層に力を込め、最後の力を振り絞り剣を振り抜く。
その時刀身が限界に達したのか、大きな爆発音と共に吹き飛んだ。
「おい……嘘だろ!?う!?」
その衝撃に俺は吹き飛び転がってしまったのですぐに起き上がり、辺りを見渡し魔物の状態を確認する。
ーーその首は焼き切れ、頭部が半分消し飛んだ状態で転がっていた。当然動き出す様子は無く、胴体も音を立てて、地面に崩れ去った。
「勝った……?」
俺は刀身の無くなった柄を手放す。安心した事により全身の力が抜け、だらしがなく地面に倒れ込む。しばらく動けなくなった。
仰向けになりながら、空を見上げる。俺は運命とやらを打ち破り、今日も生き残ったんだ。
カグラ……ようやく決心がついたぞ、帰ったらお前に会いに行くから待ってろよ。
「ーー日ノ神楽……この技の名は日ノ神楽だ」
ストンと欠けていたピースがハマるように、コレだと思った。灼熱の太陽のような高温で対象を焼き切る演舞。
回転を加える事により威力が増し、絶え間無く舞続けるソレは、神に捧げる舞のようだ。恥ずかしいのでまだ名前を誰にも教えるつもりは無いが……その内な。
やる事なす事はまだまだ終わってない、それでもどこか悪く無い気分だった。
ーー疲れ果てた俺はその場で束の間の休息を取る。