突然の邂逅
草木が生い茂り、夜の林に、時折獣の鳴き声がこだまする。月の光が差し込み視界は手合いの姿が確認できる程度。
俺の装備は革の衣類に、鉄製の剣。盾などは無く、旅路などに適した軽装の冒険者と言ったところだ。
しかし、予期せぬ戦闘になってしまい、荒々しくも規則的な動きで俺の周りを3頭のモンスターが囲むように円を描いている。
ーーデルタウルフ。見た目で言えば狼と言ったところか。
奴らは常に3頭以上で狩を行い、1頭の獲物を仕留める。独特のフォーメーションを持ちお互いの隙をカバーし合うとても優れた知性を持つモンスターだ。
個としての戦闘力で見れば、成熟した冒険者なら問題なく倒せる。
だが、4頭を超えると1人では上位冒険者とは言えもなす術が無く狩取られることも珍しくない。詰まりソロの冒険者にとっては非常に厄介な敵だ。
近道とは言え森林地帯を通るべきではなかった。来てしまった以上、嘆いたところで変わるものでは無いので切り替えるべきか。
「まったくしつこいな……次から次へと!」
1頭が飛びかかるようにこちらに急接近する。カウンターを試みるが、残りの二体がそれを牽制している。最小限の動きで攻撃を捌く。
チャンスは尽く潰され、攻めることが出来ない。
普段から厄介な手合いなのだが今日は妙に殺気立ち、いつもと様子がおかしい。
この森に異変が起きているのは間違い無いのだが、来訪者に対する異様なまでの警戒心の強さ……最低でも魔獣がいるかも知れない。
魔獣とは俺たちからすれば外来生物で、人間国に住む魔物や獣の類とは違い過酷で空間魔力量の濃い場所で育ち、劇的な進化を遂げだ生物だ。
基本的には魔力を有すると言う点で魔物と変わりはないのだが、決定的な違いがある。
魔族国にのみ存在する魔葉樹と呼ばれる植物が大きく関係しているのだが……。
「ガアアァーー!」
雄叫びを上げながら、1頭が俺目掛け飛びかかる。他の2頭は絶え間無く俺の周りを走り回る。
「くそっ!」
ガキンと金属音を鳴らして構えた剣でデルタウルフの爪を滑らすように攻撃を受け流す。隙を作らないように最小限の動きをし、2頭3頭と次の攻撃に備える。
今は他の事を考えてる余裕はない……まずはこいつらを倒してから考えるしか無いな。俺は魔法の準備に入る……集中力を要する為、呼吸を整える。
「燃やせ……ファイアーボール!」
詠唱と共に掌から火炎弾が生成され、即座に1頭のデルタウルフ目掛け放たれる。
「ガウッ!」
ーーしかし最小限の動きで軽々と避けられる。球速が足りないのか、隙を付かなければいけないのか、そのどちらもと言ったところか。
魔力を無駄にした。次はどうするかを考える間も無く攻撃が次々に飛んでくる。
攻撃を受け流し、追撃を避ける。それを何度も繰り返し、隙を見極めていく、今ならいけるかもしれない。
準備を整えた俺に1頭のデルタウルフが攻撃を仕掛けてくる。
俺は剣をお大きく振り上げ、一歩を踏み込みながら、一気に振り下ろす。今の奴らにはどこか余裕が無いように思える。攻めるなら今行くべきだ。
「アオオォン!」
「グルルル!」
ーーかかった。この機会をチャンスと考えたであろうデルタウルフ。
2頭の攻撃がそれに反応し、左右からそれぞれ飛びかかる。すぐそこまで迫り距離は頭3つ分と言ったところだろう、今まで散々手を焼いた礼だ……たっぷりと味わえ!!
俺は溜めに溜めた魔力を一気に放出する。
加速するイメージ……音すら置き去りにする程の神速の一撃。
「ーー貫け……フレイムアロー!」
指先に集約された魔力が、渦巻くように2つの火矢を形取る。
狙いは十二分。
ーー俺は目にも止まらぬ速度で、それを打ち出す。2本の矢は柱を描くように、炎を残しながら突き進む。
「ガウッ!?」
一点集中型の凄まじい熱量が、2筋の火柱が2頭のデルタウルフを貫く、一瞬反応はしたものの飛行型の魔物を撃ち落とすために使用される魔法は避けられない。
その炎は体を貫き、大きなダメージを与えたようだ。
そして俺は背後に回り込んでいた1頭に剣を突き立てる。2頭に回復の隙は与えられない、だからこの1頭は確実に仕留める。
剣を前に突き出し刀身を横に構え、背後への振り向きざまになぎ払う。
「演舞……断空」
刃の一筋がデルタウルフの首元を通過する、何事も無かったかのように着地したデルタウルフ。
不思議そうに俺の方へ首を傾けようとした時……ズルリと音を立て首が地面に転がり落ちる。
魔法とも異なるこの技を俺たちは演舞と呼んでおり、闘気を込めて放たれるその一撃は容易く骨を切断する。
「次はおまえたちだが……かかってこないのか?」
俺は挑発するよに残りのデルタウルフを牽制する。
「グルルルルル……ウウ!」
それに対し威嚇をしてくるも、深傷により部が悪くなり、加えて1頭が絶命したのが決め手になったようで、走り去って行く。
「ふう……」
俺は安堵の息を漏らし、構えた剣を下ろす。
確実に仕留めておきたいところではあるが、ここが奴らのテリトリーである以上深追いは禁物だ。残っていても厄介ごとしか無いので移動を開始しようとしたその時……。
「GAAAAA!」
鼓膜を突き破るような叫び声が大気を揺るがし地鳴りを引き起こす。
肌はヒリヒリと痺れるような刺激が走り、それが震えだと理解するのに時間は必要無かった。突風が吹いたと思うとむせ返る血の匂いとともに声の主が姿を現す。
「嫌になるな……流石に運の悪さを恨むぜ」
俺は悪態を吐き、自分の運の無さに嫌気が差す。
赤い瞳が月夜に浮かびソレが何者かをハッキリと視覚させる。全長は成人男性3人分と言ったところだろうか……蜥蜴と似ているもののサイズが明らかに異常で、先ほど逃げたであろうデルタウルフを咥えておりペロリと一飲みにする。
腹は膨らんでおり周辺の生物を片っ端から捕食した事は想像に難く無い。
こうなれば否応でも理解させられる。異常なまでの捕食行動、月夜に光る赤い瞳、独特の声帯から発せられる叫び声、全てがコイツを魔獣だと物語っている。
ボアファングやデルタウルフ達は獣でありただのモンスターであり魔力を持たない、魔力を持つ種を魔物と呼ぶがいずれも上記の特性は持たず、知る者が見ればひと目で判断がつく。
もしコイツが俺に引導を渡しに来たと言うのなら構わない。神とやらが本当に居るのならそいつに喧嘩を売ってやる。全て蹴散らして運命なんて無いって言わせてもらう。
「SYAAAAAA」
威嚇音を鳴らし舌舐めずりを始める。ソレはゆっくりとこちらに近づいてきた。もはや逃げ場はなく、戦う事でしか生き残れないと諭される。
「上等だよ運命とやら、俺がアザ無しだからなんだ! ……かかって来いよ!」
俺は半ばヤケクソに覚悟を決め、倒す事を決意する。
ーーカグラ、少し待ててくれ。コイツを倒せれば言えると思うんだ。俺の本当の気持ちをおまえに伝えるから。
俺は剣を強く握り締め攻撃の構えに移る。ここで玉砕する為ではなく、前に進む為に……。