束の間の1ページ
賑わう人の声、歩く街並み、照りつける太陽。舗装された路上を俺たちは練り歩く。プルート戦の爪痕は残っているものの、新たな勇者の誕生により、活気が溢れている。
目に付く路上販売。特に屋台の店が多く、各国の名産物が軒を連ね、肉の油が弾ける音や、鼻腔をくすぐる甘味の香りが、今や今かと口に運ばれる瞬間を待つ。
「ここはある程度無事で良かったですね?」
隣に歩くルナの問いに、俺は頷く……やな思い出も多い所だが、大切な思い出も数え切れない。例えそれが残酷な世界の一瞬の出来事だとしても、虐げられる事があっても同じだ。
ーーカグラが愛したこの街を、アースラが繋いだ平穏を守った事が、何より誇らしい。
「そうだな、あんな事があった後だってのに、もう立ち直ろうとしている」
本当にそう思う、カグラが死んだと公表された時……民衆の反応は悲惨なものだった。絶望と呼ぶのが正しいのかも知れない。
そこからの盛り返しは、中々のものだった。絶望する人々に誕生した導きの双星を紹介。世界を救う為、天より舞い降りた女神。その活躍により、冥界の魔王プルートを撃破。あの活気は凄まじかった。少々着色されてはいるが、見事だと思う。
「何を言っているのですか」
俺が思いに馳せていると、その様子を横目で伺って居たルナが呆れるように呟く。
「あなたが皆に勇気を与えたのです。戦う姿に心を打たれた者もいるでしょう。一人の勇気はみなに伝染するもの……」
立ち止まったルナは俺の左手を取ると、指先を俺の神託へと伸ばし手の甲で円を描いた。
「勇気とは思いを繋げる力、繋いだ手が縁となり円を成し、星々を導き軌道を描く」
ルナは手を離し、屋台の方へと歩いて行った。俺は離れていく手をじっと見つめ、俺が反転した時のことを思い出す。
ーー俺はルナに嘘を付いた。
あの時の事を覚えているのかと問いただされたが、俺は『あの時ってどの時だ?』と答えた。『何の話だ?』と答えた場合、言い逃れはできなかったかも知れない。
釣り糸は見えていた。だから曖昧に質問して来たんだろう……今考えても仕方ない事か? まさか人の好意にまで臆病になってるなんて思いもしなかった。今まで生きてきた全てが、俺を鎖で締め上げる。誰かとの接し方さえ、曖昧にしてしまう。
俺は頭を横に振り、考えを振り払う。それでも今この瞬間はーー。
意識を戻してみれば、ルナが串焼きの屋台で肉を焼く様をじっと見つめている。絵面も良くないが、放っておく訳にもいかない。
「オヤジ、いくらだ?」
「ユウセイ?」
ルナがビクッと体を震わせ、振り返る。出来る限りの無表情を取り繕ったんだろうが、口元の緩みを俺は見逃さない。正直大方分かってきた。
「おお?彼女にプレゼントかい?ウチの肉ニクしいのじゃなくて、甘い物とか……」
「知った事か、こう言うのは腹に貯まれば良いんだよ」
そうい言いながら小銭を漁ってると、オヤジから生暖かい視線が飛んでくる。ルナに視線をやると、何かを悟ったような顔で……。
「お構い無く、こう言う人ですので」
と言いながら、掌を横に仰ぐようにする。
「アンちゃん……もっと大切にしてやれよ。あ、2つで10ゼルな」
まだ2本買うとは言ってない……いや、元々そのつもりなんだが、凄く釈然としない。俺は10ゼル硬貨1枚を親父に手渡し、串焼きを2本受け取った。
「後これはサービスだ。お嬢ちゃんが美人だからコイツをサービスしちゃうぜ」
オヤジは何を思ったのか、ニヤニヤと笑いながら、串焼きのソーセージを取り出してきた。俺はすぐさま睨みつけるが、どこ吹く風と視線を逸らされる。
「凄く……おっきいですね。口に入るでしょうか?」
「おい、今すぐこの茶番を止めろ」
俺の怒りのボルテージが上昇する。今なら魔葉樹の実が無くても負のエネルギーを暴走させる事ができそうだ。
「どうだい、俺の特大のソーセージは?」
「熱い……噛んだ瞬間、何か飛び出してきました」
そんな答え方するからつけ上がるんだよ。普段のお前はどこ行ったんだ?
オヤジも調子に乗っていて、次々と下らない誘導を繰り返す。それに答えるルナもルナだが、遂に俺は我慢の限界を迎えた。
「いやーー良い子だなアンちゃん大切に……へあ?」
ヘラヘラを笑いながら俺の隣に来た。俺はオヤジの頭を後ろから鷲掴みにする。
「罪には罰が必要だ……オヤジもそう思わないか?」
「お、落ち着け……男の夢を、叶えたまでだぜ?」
怒りが顔全面に出ているせいか、オヤジは悪鬼にでも遭遇したかのような表情をしている。
「そうか……なら本望だろう? 夢の中で死ねるなら、それは美徳じゃないか」
俺は手に力を込め、一気に締め上げる。メキメキと頭蓋骨が悲鳴を上げ、断末魔とのタンゴを刻む。
「悪かった……悪かったあああーー!!」
「はむ……騒がしいですね」
そんな感じで事は進み、俺たちはオヤジからサービスと言われ、8本ほどの串焼きを貰い、先に進む。
「お前……絶対ワザとだろ」
「おや?気付いていましたか」
ルナはあっさりと認める。俺は頭を抱え、肩を落とす。無意識にあんな事する奴じゃ無いと分かっていたが、悪びれもなく認められては俺も言葉が出ない。
「少しは気が紛れましたか?」
俺は何かに気付くように思い出す。あのやり取りの最中、考え事や悩み事は頭から消え去っていた。俺は目を丸くするように、先程の事を思い返す。
いつの間にか足を止めた俺の前に出て、人差し指を額へと突き当てる。その光景を俺はただ見つめ、ルナの言葉を待つ。
「ずっと難しい顔をしていました。それではいざと言う時、疲れて何も出来ないですよ?」
少しは許されるのだろうか、人並みの思いを抱いても……。
「さっきの中々傑作だっーー」
「あれは、チョコバナナと言うやつですか? ユウセイ次はーー」
俺は何かを言いかけた時、ルナの一言で我に帰る。全く今日の俺はどうかしている。
「馬鹿なこと言ってないでさっさと行くぞ」
ルナの提案を打ち切り、足を先へと進める。不満そうにしながらも、しっかりと後についてくる。
路地を進み、角を曲がり、やがて肉屋の目の前に来る。ポケットの中に忍ばせた。壊れた魔法具を手に、扉に書かれた内容を読む。
一身上の都合により、しばらく休業します。
セイヤ、お前はどこに行ったんだ? 教えてくれ、お前は何を知っている?
俺は一心不乱に張り紙を見つめる。夕暮れ時……吹き抜ける冷たい風が、何かを告げているかのようだった。




