勇者カグラ
話もまとまり切り上げようとしたその時、俺たちの前に1つの影が現れた。
「ようユウセイ、俺のパーティーに入ろうぜ」
やはりと言うべきか、その男は現れた。
何を考えているか分からず、神出鬼没でつかみどころのない雲のような男。この世界の救世主にして数少ない俺の理解者で腐れ縁、月光の勇者カグラ。
この世界で幾度とも繰り返されてきた勇者と魔王の戦いの渦中にある人物で、当代最強と言われるほどの人物である。
その淡く優し光で世界を見守り照らすと言われ、全勇者中ぶっちぎりで女性人気ナンバーワンだ。
「カグラ……前にも言ったがそれは出来ない」
俺は受け入れない。それはカグラ自身の為にもならない事だ。
「分かっている。これで124回目だもんな、そろそろ心変わりしてもいいぞ?」
カグラは食い下がらない。屈託のない笑顔を俺に向けながら、俺に折れるよう求める。
「だそうだぞユウセイ、受けたらどうだ?」
挙句に俺にパーティー入りを勧めるセイヤ。
セイヤも相変わらずだがカグラもカグラだ、これだけ断られたにもかかわらず、いまだに勧誘が後を絶たない。
正直気持ちは嬉しい、しかし俺だって譲るわけにはいかない。
「ダメだダメだ、大体お前の仲間はどうした。まさか1人じゃないよな?」
俺はキツめにカグラに問いかける。しかし、当人は悪びれも無く笑う。
「ふ……聞いて驚くなよ、あまりにも付き纏うから撒いてきた」
いい笑顔でしてやったと言わんばかりに親指を立て、誇らしげにする。破天荒な性格は相変わらずで、もはや清々しいと思う俺は毒されているのだろう。
「お前ってやつは」
これにはセイヤも、ため息が出そうな程に頭を抱えた。残されたものの苦労を考えると心中察するというものだ。
「お前な……少しは自分の立場を自覚してくれ、お前に何かあってからじゃ遅いんだよ!」
俺の叱責も何時も以上に熱がこもる。これ以上はダメだと思いつつも、苛立ちは止まる気配が無い。
「ははは、そう言うなって、俺たちと行こうぜ」
そのカグラの一言で俺は完全に冷静さを失った。
「黙れ!」
俺はつい熱くなり壁に手を叩き付けてしまう。その場に気まずい空気が流れる。
これはただの八つ当たりだ。カグラは悪くない、素直に言葉にしてもお前は諦めてくれない、それでも罪悪感が無いわけではない。
「悪い、言いすぎた」
謝罪と共に少しの後悔が、俺の心を支配する。チグハグな対応が俺の心を映し出しているようだった。
「いいや、ユウセイの言う通りだ。しつこかったろ?」
そう言ったカグラは作り笑いを浮かべる。全てを誤魔化すようにーー。
覆水盆に返らずとはこの事だ、心のどこかで引っかかる何かが俺を冷静にはさせてくれない。
カグラも申し訳なさそうに顔を逸らしてしまい、会話が続かなくなってしまう。
この話題にならないよう注意はしていた。
「邪魔して悪かったな……俺はもう帰るよ」
カグラの声のトーンが落ちる。
この話になると決まってカグラは懐かしむような、寂しさのような感情を覗かせる。違う、ホントはそんな事が言いたいんじゃない。
立ち去ろうとするカグラを前に言葉が出ない。
「カグラ……俺は」
俺が必死に絞り出した言葉も後に続かず。謝ることもできず。見送ることもできず。その背中はあまりにも遠い。
やがてカグラが完全に立ち去った頃、頭痛と共に胸が締め付けられるような感情に襲われる。頭痛は激しさを増し、視界が霞み始めた頃ーー何かが脳裏を過ぎる。
「ーーっく!?」
突然の出来事に足が崩れる。
「ユウセイ? おいしっかりしろ!」
聞こえたのはセイヤの叫び。体がふらつきセイヤが駆け寄るも、支えられる前にギリギリで踏ん張る。
何かは分からない、しかし脳裏に映った光景には見慣れない服装の2人組の男が見たことのない建物の中で会話らしき行動をとっている。内容に関しては分からないものの、楽しそうにしているのは分かった。
これは制服だろうか? と言うことはここは学校なのかーー制服? ーー学校? 分からない。どうしてそう思った? 俺は知っている?
まるで自分の中に知らない誰かが居るような、気味の悪い感覚に襲われる。
次第に記憶は薄れどんな光景だったのかも曖昧になり、砂嵐に遮られるように記憶は薄れていった。
さっきの光景はなんだ?
いや、さっきの光景ってそもそもなんだ?
思考がぐるぐると周りその度に消えていく、俺は何をしていたんだっけな……俺って誰だ?
「お前本当に大丈夫か? 無理なら依頼は別のやつに頼むぞ、死なれたりしたら寝覚めが悪いからな」
誰かの声が聞こえ、肩を掴まれる。セイヤが肩を掴んでいたらしく、俺は我に返った。辺りを一通り見渡し先ほどの光景が幻であることを再確認すると安堵の息を漏らす。
「……大丈夫だ。仕事は問題ない。それよりも準備に時間がかかりそうだから、そろそろ失礼する」
俺はなんとか平静を保つ。大丈夫ーー問題はない。
俺はさっきの光景を不思議に思いながらも一呼吸を入れ、気持ちを切り替える事にした。雑念によりミスを犯せば死活問題になりかねない。
「別に構わないが、明日の早朝に出るつもりか? 道具ならここにある程度準備して置いたから、好きに使ってくれ」
セイヤがそう言うと、一つの道具袋を取り出した。
昔からなのだが、セイヤは細かいところに気が利くところがある。この前も閃光石など貴重な物がありそのおかげで難を逃がれた。
本人は否定しているが俺のために何処かで依頼を持ってきている節もあるし、これが終わったらちゃんとした礼をするのも悪くない。
色々考えながら中身を確認していると、中から俺に相応しくない……と言うより、使う機会のないものが出てくる。
「コレは揺り籠か? 身寄りの無かった俺には必要のないものだろ」
俺は不可解に思い声をかけた。揺り籠とは死者の肉体と魂を保存するペンダント型の魔道具だ。
用途として冒険時に死んだ仲間などを持ち帰り、教会で浄化する事を目的に作られた。亡骸を家族の元に届けることや、魂を輪廻の輪に戻すなどの理由もある。
冒険の中で死を遂げた魂や肉体は時にレイスやグールなどと言ったアンデッドになることが多く、生存者の負担にならないこともあり、冒険者ギルドは補助金を出してまでの使用を推奨している。
その中は空間魔法が施されており、肉体の腐食の防止と言ったあらゆる効果が付与されている。さらに魂の選択によっては成仏せずに所有者の守護霊と言った道を選ぶ者もいるらしい。
結局のところ、持ち運び棺桶。便利アイテムの認識だ。軽く言うことっじゃないがな。
「そいつは元々お守りとしての意味もある。中身が入っていないと言っても多少のご利益は有るだろうしな」
セイヤにそう言われてしまったら引くに引けない。
コレは好意だ……何から何までというか頭が下がる。断るのも無粋と言うものなので、使わせてもらうとしよう。
「ーーそうか、ありがたく使わせてもらう。今晩には立つから3度目の日の出頃には戻れると思う、まあ期待せずに待っていろ」
俺は素直に受け取り、それを首にかける。
「だから無理すんなって言っているだろ……まあ期待せずに待ってるぜ」
セイヤからの軽い冗談を受けた後、俺はセイヤに拳を差し出す。セイヤもそれに応える。
軽く拳を突き合わせるだけの簡単なものだが、俺たち3人の間では恒例の旅の無事を祈る儀式でも言うべきか? 挨拶のようなもので当たり前のようなものになっている。
悔やまれるのがカグラを見送る際にしてやれなかった事だが、アイツも今度会ったら謝らないとな。
ーーこの時の俺は知る由もなかった……揺り籠を渡された意味も、何となく、このまま続くと思っていた平穏の終わりへと繋がって行く。