望まぬ意識
アースラから放たれる闘気が、魔力が、大気を、肌を、貫く。ふざけた態度を改め、その殺意が、俺の心臓を鷲掴みにするようだ。
「さあ……行くよ」
アースラは、サンドストームを解除。近くの岩壁を足場に、深く重心を沈める。武器も持たずに壁を一気に蹴り上げ、一直線にこちらへ突進。その勢いは着地などせず、空中を弾丸のように迫り来る。
「演舞日ノ神楽……閃火螢日」
俺は左足を踏み込み、右手を大きく振りかざす。切っ先に伝わる全てを、光に変え、灯火とする。
「アース・ウォール」
アースラの詠唱と共に多数の壁を同時展開。ソレらは俺を囲むように配置される。
「逃すか!」
完璧に捉えた!
しかし、それと同時に、アースラとの間に岩壁が出現。関係ない、壁ごと全てを切り裂くまでだ。俺は左手を添え、一層力を込める。
「うおおおーー!」
横になぎ払い、岩壁を両断。開けた視界にアースラはない。どこかに移動した? 下手に動けば、恐らくは付け入る隙を与えてしまう。だから動けない。意識を周囲に向ける。
ーーな!?
突如背中に大きな激痛が走る。それがめり込んだ拳と理解するのに、コンマ1秒もかからなかった。ミシミシと骨が悲鳴を上げ、俺はそのまま、前に弾き出されるように、壁に叩きつけらる。
俺は痛みに耐え、振り返るも、そこにアースラはいない。そして聞こえてくる。壁を蹴り上げ、着地を繰り返す異音。岩壁から派手な土煙が上がり、皿でも割れるような音が響き渡る。
……間違いない、壁を足場に跳び回っている。
恐ろしい程の反応速度。跳ぶべき場所を瞬時に判断して、壁への移動を行っている。しかし1番の脅威はそこじゃない、異常なまでの身体能力。ソレも魔王たる証明なのだと思わされる。
向こうがその気なら、こちらにも考えがある。
「演舞日ノ舞……陽炎」
炎の揺らめきにより、俺の認識をずらす。しかし、そこにアースラがくる事はなかった。
「まさか私が、肉弾戦を挑むとでも思ったのか?」
左側から聞こえた声により、俺は視線を向ける。一際大きな岩壁、高さにして4メートル位だろうか?その上にアースラは立つ。
一体何を?だが次の瞬間……俺は目を見開いた。
「我が国に、古来より伝わりし神器……英知の書」
アースラが取り出したソレは、一切の劣化を感じない。まるで真新しい本のように、紙は真純白で、カバーの傷みもない。何より、表紙には何も描かれていないと言うのに、異質な何かが存在感を主張する。
近付くべきでない……本能がソレを告げ、頬より冷ややかな汗が流れ落ちた。心臓の鼓動が早まる。視線を逸らすことができず、食い入るように見つめる。
「演舞地ノ舞……科学の章ーー重力の林檎」
その一言で意識が覚醒する。演舞発動の瞬間まで、動けなかった。魔力の重力場とは、比べ物にならないほどの圧力が、俺を中心にした地帯に発生する。
「コレは!?」
俺はあまりの重力に、前方に崩れ去った。倒れ込んだ時の衝撃は凄まじく。バキバキと地面へと沈む。俺の頭上を見ると、大きな林檎がゆっくりと近づいてくるのが分かる。近づくたび、その力が強まる。
内臓も肉体も悲鳴を上げ、このまま放置すれば、死ぬのは確実。神託が強く輝き、勇気を振り絞るが、それでも遠く及ばない。そんな時、セイヤの袋が落ちているのが見える。
念のため、肌身離さず持っていた。戦いの間に落ちたのか?だがそれがどうした。
次の瞬間俺の視線は釘付けになる。袋から溢れた、赤い実が堪らなく魅力的に見えた。手は届く、今までは気にも留めていなかった。
なんで俺はこんな美味そうな物を放置していたのだろうか?いやそんな事は、どうでも良い。
「ん? おい! ソレを今すぐ捨てろ!」
アースラは取り乱すような叫びを上げる。演技にしては随分と迫真掛かっているが、関係などない。
ーー早く食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい。俺はソレを迷う事なく口へと放り込む。
「体が熱い……右眼が焼ける! アアアアーー!」
身体中を何かが、のたうちまわる。血流は乱れ、気を抜いただけで、俺が俺で無くなるような感覚が襲う。
「馬鹿な真似を……早くソレを吐き出せ」
アースラが闘気を込め、更なる力を加えて行く。不思議だ……林檎は俺を押しつ潰そうと近づいてくるのに体はすごく軽くなって行く。俺は何事もなかったかのように立ち上がる。
痛みもない、ソレに凄く気分が良いんだ。心のもやが晴れるように、世界が違った色合いを見せる。でも、ここはなんだか好きになれない。ーーそうだ変えよう。
うん、魔力は十分に回復した。コレもさっきの赤い実の効果か?何にせよ、どうすれば良いかわかる。俺は右手を差し出し、よく分からない力を込める。
「ーー領域展開」
俺の一言で、大地は叫び声を上げる。衝撃波により、領域は書き換えられ、地鳴りとともに、岩盤にはヒビが入り、地下から高温のドロドロした液体が浮上する。
「領域展開!」
アースラは領域を張り直そうとしているらしい、でもそんなのは無意味だ。同じ力をぶつければ強い方が勝つ。当然何も変化はない。
そうこう思考を重ねる内に、諦めたようで、その表情には明確な焦りの色が見える。
「君は、一体何なんだ?」
少し声が上擦り、感情を抑えられていないのが分かる。さっきまでの余裕は感じられ無いなあ……知った事じゃ無いけどね。
「え? 勇者だけど? 双星の勇者だって、あんたも認めたじゃないか?」
「そうじゃない、どうして魔葉樹の実を食べて、平然としていられる。ソレではまるでーー」
俺の回答がお気に召さなかったのか、食い下がら無いなあ……。とりあえずアレが邪魔だし、消すか。俺は魔力を込め、中の林檎へと手をかざす。
「ーー黒点」
高密度の圧縮された黒炎が、ソレを瞬時に焼失させる。うん、体がまた軽くなった。コレで思う存分動き回れるな。アースラは言葉も出無いか?
「絶望してる? でもしょうがないんだ……魔王ってのはそういう存在だろ?」
グツグツと煮えたぎるフィールドで、絶望を肴に、戦いと言う最高の美酒を飲もうじゃねえの。
俺は酔いしれる高揚感の中、説に浸るように、あの月へ、左手をかざす。




