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漆黒の大地

 俺たちは一歩境界を越えると辺りは物々しい空気に包まれる。他を拒絶するような黒ずみ草一本生えない不毛な大地は、錆びた鉄ように僅かな異臭を放つ。一言に人が住む環境かと言えば答えはノーだ。


「ここは本当に国なのか……? とても人が住むような環境には見えない」


「私もあまり来ませんでしたが、どこかに街があるはずです。魔葉樹(まようじゅ)の群生もあって環境は劣悪だからこそ魔力を持たない生物は住めません」


「確かに……俺は見る限りどこよりも悪い環境にある。この光景が本当だったなら混血しか居ないのも納得か」


「迫害を逃れた者たちの国ですからね。他国と違いユウセイもここなら受け入れて……っ!! こちらに跳びなさい!!」


 鬼気迫るルナの声と表情に俺は瞬時に跳び込んだ。力強い衝撃が大地を揺らし、黒い鎧が角の生えた馬の魔物に乗ってこちら見下ろす。


「我一撃を躱すとはやりおるな。貴様がこの異変の主と見ていいなら同行してもらうぞ侵入者よ」


「ここは騎士王国と聞いたが背後から奇襲を仕掛けるのが騎士道精神と言うやつなのか?」


 どこから現れた……? 今の俺なら感知しきれないはずはない。逃れるほどの手練れかあるいは別の要因があるのか────。


「ワハハハ! 不法侵入の分際でよく言いよるわ。武勲をとも思ったが中々に面白き奴よ」


 野太い声で豪快に笑うとハンマーを軽々と持ち上げグルグルと振り回す。重厚な鎧で混血特有の身体能力の高さが見える。


「お前は気楽でいいな分隊長よ。俺たちはそんなものよりこいつの行動が気になって来た。怪しい奴だが妙な空気を纏っている」


「まあそうなるような。引き返すと言っても聞いてくれないんだろう?」


 そうこうしている内にぞろぞろと援軍が駆けつけて来た。国に侵入というより、隣国の異変が原因になってしまったようだ。今更ながら迂闊な行動に苛立つ。


「お前が素直に同行するなら危害は加えんつもりだ。隊長は今すぐにでも戦いたくてたまらんようだがな」


 酷く冷静な男は鎧の中でもハッキリ分かるように溜息を吐く。最悪とまではいかないまでにも状況は悪いと見た。


「待ってください。彼は導きの双星で名をユウセイと言います! 私たちはこの国の魔王と謁見(えっけん)を求めます」


「何? であるならお前は何者だ。我々とて忌み嫌われる身、同胞を手荒に迎えたくない」


「何だ何だ!? 俺の戦いを邪魔しようってんなら黙っちゃいねえぞ!!」


「お前は少し落ち着け……この間もそれで同胞を殺しそうになったのを忘れたか?」


 言い争いを始め張り詰めた空気が段々と軟化して来た。俺たちは顔を見合わせ剣を退くと話の分かる騎士へと近づいて行く。


「申し遅れました。私はルナと言います────力を失った女神で彼のサポートをしてますね」


 ルナがそう言うと騎士は降りてから手を差し出す。ルナは一瞬戸惑うも手を差し出した。しかし────その手は強引に引き寄せられる。


「な、急に何をするのですか!?」


 空気が一変した。殺気が辺りを充満し次々に騎士たちは剣を抜く。ルナの喉元に剣が突き立てられるとチリチリと闘気が鎧の隙間から溢れ出る。


「何かをしたのは『貴様ら』だろうが! よくも抜け抜けとこの国に足を踏み入れることが出来たな!! そう思うならどうして我々にこのような仕打ちをしたのだ!! 混血が何をした!? 神託至上主義のこの世界で生まれた事が罪とでも言うか!?」


「────っ!! そ、それは……すみません。私たちは愚かだったのです」


「形だけの謝罪が何を意味する。こうして同胞は『割りを食っている』と言うのに一時でも考えた事があるのか? 命を落とした者たちにどんな言葉を掛ける!!」


 そう言うと男は懐から握り締めた揺り籠(クレイドル)を差し出す。年期を感じるそれはこの国では貴重で受け継がれてきたのだと思われた。


「話を聞いてくれ……全てを水に流せとは言わない。俺の話だけでも聞いてくれないか?」


 どうして気づかなかった。俺自身混血であれほど神を呪ったと言うのに、名乗ればこうなる事くらい簡単に予想できたと言うのに、気づいてやれないとは……。


「貴様は動くな……いくら勇者と言ってもこればかりは見過ごせない。黙って見ていればお前は通してやる。だが────この女だけは別だ」


 騎士がそう言った瞬間に俺の体は動いていた。手に闘気を込めて、鉛玉のような一撃を瞬時に懐に叩き込む。


「ぐおおおおおおおお────────!?」


 男が転がり回ると同時にルナが俺の元に駆けつけた。騎士たちの一閃を俺は全て切っ先で弾き返す。


「グハハハ! 何と愉快な男よ……いや、名前はユウセイと言ったか? 我名はとりあえずメイスとでも呼んでくれ!」

 

 つまり本名では無いと言うことか、いい加減なことだ。


「ユウセイ! 何であんなバカな真似をしたんです。私など気にせずに言うことを聞いいた振りをすれば……!!」


「それが正解なのかも知れないが、それはもう勇者じゃ無い。何より俺の心は冗談でもそんな真似許さないからな」


 そう言って拳を握り締めると、腹を括ったのかルナは覚悟を決めた。


「分かりました────言え、ここはありがとうございます……ですね。しかし本当にあなたは損な性格です」


「っく……いつまで警戒している! 奴らは勇者と言えどたったの二人だ。勇者は隊長に任せて俺たちはあの女神を断罪するぞ!!」


 俺たちが話しているとその間に周囲は囲まれる。一人一人の隙が少なく手練れの集まりと言った印象だ。


「では一気にたたみかけるかの!!」


 人数は二十人ほど、その中で隊長含め五人がバラバラに突撃してくる。ルナは防壁の準備をして俺は同時に五方向に狙いを定めた。


「演舞日ノ神楽──烈火旭(れっかあさひ)!」


 切っ先が炎に燃えて高速の刺突に三人を弾き返し一人は回避した。メイスは攻撃を捌き切りこちらに突進────俺は深く構え一撃で突き崩す。


「ハ、ハハハッハ……コレはどうも俺たちの手には負えないの」


 メイスがそう言うと控えた者たちは一斉に魔力を集中させた。炎の火球を大量に打ち出し面攻撃を仕掛ける。


「聖なる守護の光、守り、導き、不変となれ、輝け──ライトプロテクト!」


 光の壁が寄せ来る全ての炎を凌ぐ。背後から斬りかかられるも、難なく凌ぐと円を描くように騎馬は走り出した。


「次の攻撃が来ます。くれぐれも油断しないでください!」


 ルナの一言に俺は気を引き締めた。遠くでは更なる援軍……数にして一万が近づく。

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