国王との謁見
俺は現在城内にある謁見の間に向け歩を勧めている。ルナとは別行動で、入室直前に合流することになっているのだが……。
結局招待を断ることなど出来ず、俺たちは半ば強制的に連れて行かれた。加えて身嗜みを整えるのに、使用人に風呂に入れられ、体を洗われ……服を着せられ、堅苦しい雰囲気も相まって、正直息苦しい。
この通路もそうだ。長くこの服装では歩き辛く、何度使用人たちと目が合ったことか……育ちが悪い俺にとって、苦痛だ。いくら転生者とはいえ、作法に心得がある訳でもない。
「どうかされましたか?」
落ち着きが無く視線を泳がせていると、俺を案内していたメイドが声をかけてきた。
「お気になさらず……何でもありません」
極力不自然にならないように、口角を吊り上げる。王宮で変な噂など溜まったものではない。万人受けするよう、笑顔を見繕う。
「そうですか?何かありましたら遠慮なく申してください。ここに滞在中のお世話は、全て私が仰せつかっております」
社交辞令ってとこなのだろうが、どうも気がかりな言い方だ。特に目……さっきから俺が何を見ているのか、何をしているのか、常に注意を向け観察している。
「そうさせていただきます。その時は頼みますね」
俺は薄く笑う……試しに仕掛けてみるか? そんな感情が過ぎる。
「はい、遠慮せず申してください」
藪蛇か……問題など起こしたくない。例え王の間者だとしても、何かをされた訳ではない。俺は余計な事をせず、そのまま歩くことにした。
ついに謁見の間の入り口にたどり着く。そこには二人の人影があり、会話をしながら入り口を塞いでいた。
「お嬢さん……今夜私と忘れない夜を、体験して見ませんかな?」
「勘弁してください。生理的に無理です。半径100メートル以内に近づかないで下さい。今すぐ息を止めいて下さい」
そこにはルナに言いよる男の姿があった。アレがルナの世話係か? 確かに顔は良いが……うーん。一方のルナは嫌気が差したように明確に男を拒絶するも、男は食い下がる様子がない。表情が薄いせいか、明確な拒絶に思われてないのかも知れない。
「恥ずかしいのかい? 心配いらないよ……私がしっかりとエスコートしてあげるから」
それでも男はグイグイくる。一瞬だけルナの眉がピクリと動き、本当に嫌なのが伝わってくる。顔が良いって、良くないこともあるんだな。
それにしても……あの男の気持ちも分からないでもない。流石は女神、しっかりと整えてやれば貴族令嬢どころか、一国の姫にも劣らない。そうなれば焦って当然と言えなくもないか?
そうこうしてる内にルナと目が合う。一瞬ムッとした顔をしたと思うと、脱兎の如くこちらに駆け寄ってきた。
「ユウセイいらしていたのですね? 助けてください。すでにあなたと結ばれていると言うのに、あの男が詰め寄って来るんです」
俺は余りの状況のつかめなさに固まる。言いたい事は分かる。でももう少し軽い設定にして欲しかった。
一瞬隣のメイドを見たと思うと、その勢いに任せ俺の胸に飛び込み首に手を回す。吹き飛びそうになるにを必死に堪え、なんとか踏み止まる。フィクションなんかじゃベタな展開だが、実際やられると洒落にならない。
「メイドなんかにデレデレしてないで、さっさとあの鳥頭を追い出しなさい」
いつもよりトーンの低い声でボソボソと俺にしか聞こえないように呟く。鳥頭って、頭が空っぽとでも言いたいのだろうが……。
余計な事を考えていると、メリメリと俺の首筋に鋭い何かがめり込む。直ぐにルナの爪と気付くが、考える間にも爪はめり込んでいく。
「おいお前……俺の妻に何のようだ?」
なるべくドスを効かせトーンを落としながら、首を握りしめるようなイメージで男を威圧する。突き刺さるような視線を向け、殺意を込め、相手を食い殺さんばかりに睨みつける。
「ヒッ、妻!?」
言葉の応酬もなく、すでに相手は気圧され、戦意を喪失している。
「……失せろ」
更に追い討ちをかけ、さっさと逃げ出すように促す。頼むから早くしてくれ、俺の衣装が血塗れになる前に……。
「も、申し訳ありませんでしたーー!!」
男は逃げるようにその場を後にした。コレで変な噂がたとうものなら、以外対どころではないのだが、考えても仕方ない。
「もうよろしいかと思われますよ」
俺の隣のメイドがそう呟くと、だるそうに俺から離れていく。だるいのは俺だ……など言ってやりたいが、その気も失せた。
「アンタに頼みがあるんだが、ルナの世話係を女性に変えてもらえるか?」
これ以上の問題など気が滅入る。コレは俺の純粋な願いだ。
「それは承りましたが、言葉遣いはもうよろしいのですか?」
その笑顔で我に帰る。しまった……など考えてももう遅い、せっかく取り繕ったと言うのに水の泡。ルナに助けを求めようとするも、取り付く島もなし。目をそらされる。
「誰にも言いませんので、好きに話して貰って結構です。行ってらっしゃいませ勇者様」
メイドは微笑むようにクスクスと笑いながら笑顔で答える。俺はここまで情報が広がっているのかと驚く。まだ正式に発表はされていない。
「……行きますよユウセイ」
謁見の間の扉がゆっくりと開き、俺たちを出迎える。メイドが深く頭を下げると、俺たちは歩き出した。
王座までひたすら続く赤いカーペット。そして、左には公爵、それを守るお抱えの騎士達。王宮騎士団の隊長以上。右手はこちらも公爵だろうか? 数は少なく、魔法師団などなど少しだけバランスが悪い印象を受ける。
その中にちらほら魔族の貴族らしきものも見える。詰まりは、そう言うことか……。
王座には国王たるアースラ・セイン・ガイアが座し、その目で俺たちを見定める。周りではざわつくような声が漏れ、俺たちがたどり着く頃には僅かな話し声も聞こえるようになっていた。
「アレが勇者か……まだ若いな」
「ほう……中々美しい娘ですな」
少しだけ王の口角が下がり、少々不機嫌になったのがわかる。
「ーー鎮まりたまえ」
王がその一言を発しただけで、周りのざわめきがピタリと止む。そこから声を上げるものはおらず、全てのものが王へと視線を合わせる。
俺たちは膝を着き、頭を下げる。数秒ののち、自ら名乗りを上げるべく、口を開く。
「半刻ぶりにございます。ルナです、お見知り置きを願います」
ルナの紹介が終わる。貴族や周りの手前、もう一度しっかりをなろるべきか……少し言葉を考えながら、噛み砕いて話すことにした。
「うむ、して次は貴殿だ」
俺の番が回る。上手くやらないとな。
「半刻ぶりにございます。ユウセイです、お見知り置きを願います」
最終的に丸パクリになったが、下手にアレンジしておかしな方向に行かなかったのは良かったかも知れない。
「ああ…それではユウセイ、ルナ……顔を上げたまえ」
俺たちは静かに顔を上げる。そこには威風堂々たる王の姿がある。コレは別人か? あの時道化を演じていた? それは間違いない。いや問題じゃない。俺がアースラを見ると、不敵な笑みを浮かべながら衝撃の発言をする。
「公達よ、私は勇者カグラの死を世界に発表しようと思う。隠し切れることではないし、タイミングとしては今が好機だ」
俺は目を見開く。ルナも同様で、当然この場にいる殆どがざわめき立てる。な……コイツは何を言い出すんだ!? そんな事をしたら、周辺諸国が攻め込んでくるぞ!!
この状況で戦争になったら? 勝てるわけがない……この国を滅ぼすつもりか? それに同意するものはおらず、動揺だけが広がっていく。
「静粛に……何も私は戦争がしたい訳じゃない。ユウセイ? 君は私の考えを読むことができるかな?」
アースラの目は冷たく、薄寒さを覚える。コレは俺を試している。俺が力だけではないと言う事を証明しろと……。その回答に間違えば? 考えたくもない事だが……ろくな結末は辿らないだろう。




