決着……そして再開
薄刃陽炎の斬撃がプルートを飲み込む。極薄の見えざる刃に飲まれ消え失せ、そこに確かな手応えを感じる。
「ひはははーー! ひゃははは!!」
斬撃の音をかき消すほどの奇声、鼓膜を突き破らんばかり叫び、背筋を撫でるような気味の悪い絶叫があたり一体に響き渡る。
「……やったのか?」
そこでプルートは燃え尽きたように倒れ込み、顔はひび割れ、乾燥した大地のように正気がない。首筋を刃物で撫でるような不気味で異様な空気が流れる。
揺り籠の存在がないからか、魂が出てくることも無い。そこには動くことのない屍が横たわる。
俺は手に持った刀をゆっくりとそれ向け突き立てる。考えすぎと言う言葉が脳裏を過ぎる。
「いや、死者に対する冒涜などすべきではない……終わったんだ」
俺は視界を閉じる。考えを改めて、突き立てた刀を下ろす……『ガリッ』鈍い摩擦音と共に刀は宙で静止する。俺は反射的に見開き、その原因に視線を合わせる。
あるはずのない感覚。それでも俺の耳が、手の感覚が、視覚が全てを真実だと告げている。
「終わり? イケマセンネ。逸楽はもっとコレからデスヨ!」
俺は迷わずに全体重を乗せ、切っ先を心臓に向け突き立てる。『ガリガリ』と刀は滑り、20センチ、10センチと次第に心臓へと近づいていく。
「ヒハハハハッハ! ああ……なんて眼をするんですか!? 私を殺したいですか!? スバラシイ……モットモットその眼で私を見つめてください!」
これ以上異常者に付き合うつもりはない。渾身の力を込め、最後の一押しで切っ先は胸の奥深くへと突き刺さった。『パキッ』と高い音を立て何かが砕ける。
「ヒハハ……なんて運命は残酷なのか……愛おしく焦がれるその眼……モットモット……近く、で……」
まばらなセリフは、まるで壊れたオルゴールのようだ。不規則に金切り声を発して、不快な音を奏でる。ここに来てあることに気づく……。
「血が……流れない? そんなバカな!?」
『カチッ』っと音がなり、プルートの顔のヒビが全身に広がっていく……嫌な予感がした俺は瓦礫を目指し、全力で足を踏み出す。
「みんな伏せろおおおおおおおーー!」
俺が大きな叫び声を上げると同時に、強烈な破裂音が全てを飲み込んでいく。判断が遅れ、爆風と砂埃に飲み込まれ、俺は致命傷を負うはずだった。鼓膜が破れたのか、はたまた爆発が治ったのかは分からない。
それでも痛みや強い衝撃は感じられない。不思議に思いゆっくりと視界を開く。
「なんだコレは……壁?」
そこには突起した岩の壁……魔法で出現したと思われる。いやそんな呑気に分析してる場合じゃない!
辺りを見渡し、そこにあったガラスの破片を拾う。俺は壁の後ろからゆっくりとガラスの破片をちらつかせ、反射した光景を頼りに向こう側を観察する。不可解な点はいくつかあったが、死体? は見当たらない。流石に爆発により、粉々になったようだ。
「今度こそ……終わりか……ふうー……」
一息吐き、思考がフリーになったところで、一つ考える。この岩の壁だが、当然俺は何もしていない。
ルナを方を見ようと視線をずらそうとした時、ふとガラスに自分の顔が映る。酷い顔だと、自虐気味に口元を吊り上げるも……映った自分自身と眼が合う。
「ーーは?」
その左眼を見た時、内臓を紐で縛り上げるような、おぞましい何かが俺の腹をのたうちまわる。首を冷たい水滴が伝っていく。蛇がゆっくりと背中を伝い、そして……。
「ユウセイ! 大丈夫ですか!?」
今のは一体……俺は再びカラスを覗き込むも、そこには何も変わらないいつもの瞳が写っていた。気のせい?いや、見間違いのはずは……。
「聞いて、いるのですかーー!」
耳元で大きく叫ばれ、高周波のような音が耳鳴りとなって響く。
「き、聞こえいる……」
「なら返事をしなさい。あなたは勝利したのです……勝鬨を上げ、みなに示しなさい」
ルナに言われ、周りを見渡す。辺り一帯は落ち着きがなく、ソワソワとこの後に出る言葉を待っているようだ。少しむず痒い気持ちもあるが、刀を高く掲げる。
「プルートは、魔王は討ち取った! 俺たちの勝利だ!」
「うおーー!!」
「ヤローども、今晩は宴だ! 酒場貸し切るぞ!」
「勝った、勝ったぞ!」
「俺たちは生き残ったんだ!」
勝利の雄叫びを上げ、高く天を仰ぐ。皆みなはお互いを称賛し合い、腕を組み、笑い合う。今この状況で思ったことを口にしても、好ましい結果にはなり得ない。それでもこの場の空気だけは、なんとか取り持とう。
しかし、左眼の件を思い出す。聞いたところでと、言う感情は押し殺した。ルナは近くにいる……俺は多少の覚悟をし、問いかける。
「なあルナ、俺の左眼……何色に見える?」
「なんですか急に、今は遊んでいる場合ではないですよ?」
ごく普通の返答をされる。俺を見ていないわけではなく、しっかりとこちらを見つめた上の答えに正直戸惑う。気付いてない?本当に俺の気のせいなのか?
いや、今は余計なことで茶を濁すこともないか……今はコレでいい。
「ありがとな」
バレないように、囁くように、俺はただ素直に感謝の言葉を呟く。それでもルナに多少聞こえたのか、不可思議な反応をする。
「何か言いました?」
こちらを伺うように首を傾け、自然と口元が緩む。いつも俺の心を見透かしたような言動で、俺を導いてくれる。今回も俺が無茶するのを分かっていたようだった。
「いや、何も言ってない」
そう思うと少しだけ恥ずかしくも思うも、言い知れぬ感情が俺の心を揺らし始めている。
「あなたは良くやりましたよ……だから、少しは誇りなさい。のぼせ上がるのは論外ですがね」
「中々手厳しい……まあ、甘やかされるよりは何倍も良い」
ささやかなやりとりを繰り返していると、周りがざわつきを始める。みながこちらに来ようとしたタイミングで静止され、みなが道を開けその中心を誰かがこちらに向かい歩みを進める。
「このような場所にお越しいただき、ありがとうございます! 陛下!」
騎士団長及び騎士団が、道の周りを囲み跪く。それを聞くや否や、周りの冒険者や、魔法師団が次々と膝を折り、立ち上がっているのは俺とカグヤ、王のみとなった。
「ユーセー! ちょっと良いかな! カグラとさ……」
カグヤが何を血迷ったのか、こちらに向かい走り出す。カムイは顔が青ざめ、カンナは目を逸らし始める。しかしカグヤがこちらにたどり着く事はなかった。
「イッターイ! なんでこんな物が出てくるのよー……壁?」
地面から隆起した壁に阻まれ、後ろに倒れ込む。そしてあることに気付く。俺はこの壁に見覚えがある。何より、その王の顔に見覚えがある。
長考している内に俺は今自分が立ち尽くしていることに気づき、静かに膝を折る。
「君……下がりたまえ、私はこの者と大事な話があるのだよ」
その場の空気が凍りつく。それは肉食獣に睨まれた獲物、脱兎の如く逃げ出した。
「ひっ! ご、ご迷惑おかけしましたー」
そして再び俺たちの前にたどり着き、正面に立つ。全く……随分としてくれた。思えばあの時気づくべきだった。顔を知らないとはいえ、ヒントはあった。
「お初にお目にかかります私はルナ、こちらはユウセイと申します」
ルナはあえて初めましてと言う。アレはは内密にってことか? どちらにせよ、顔を伺うも表情からは何も読ませてもらえない。
「ユウセイ……無礼ですよ」
顔を上げていると、ルナから指摘が入り、俺は即座に頭を下げた。女神と言っても事を荒立てぬ為なら頭を下げるか……俺の中でルナの評価が少し上がった。
「改めまして……このような場所まで御身にご足労いただき、感謝の極みにございます」
無難の会話の入りに少し感心するも、相手型の意図が見えない以上……やれる事は少ない。
「二人とも顔を上げたまえ、貴殿らは貴族にあらず。そこまでかしこまる必要もない」
顔を上げると先ほどとは打って変わり、砕けた表情をする様になる。一つの山は越えたと言うことになるか?先が険しいのは変わりないが……。
「はっ……感謝の極みにございます」
よくよく考えると、元々が少し堅い喋り方のせいで、元々そんな性格とも思わなくもない。
「まあいいか……先刻の魔王討伐見事であった。よって……貴殿らを我が居城に招待する」
断ることもできる……しかしその選択肢は無いに等しい。このような場所に国王自らが出向いての招待。今回の功績による恩賞。何よりあの岩壁の主がこの国王である事実。
俺たちは見定める必要がある。国王……アースラ・セイン・ガイアの本当の目的を。




