届かす刃
闘気を高め、体から手へ、手から剣へと血管を濁流の如く突き抜ける。一歩一歩進むたび胸の奥底より力が湧いてくる。剣を握る力が自然と強くなり、心が熱く燃え盛る。
カグラが守ったこの街を、カグラが守った人々を俺も大切に思えるようになる日が、いつか来るかもしれない。それがまだだとしても、俺のために時間を稼いでくれたみんなに報いるために……そいつらが大切だというのなら、今の俺にだって大切なモノだ!
「もう負けない……これ以上お前に大切なモノは奪わせない!」
切っ先をプルートに向け、心を奮い立たせる。
「もうあなたの底は見えているんですよ。遊びは終わりにしてあげます」
それに対抗するように、プルートも闘気を高める。
「演舞日ノ神楽……降り注げ! 烈火旭日!」
炎を纏し、突きの応酬が、閃光の如く突き抜ける。
「演舞冥の舞……地獄のその一つ剣葉林葉吹雪!」
異様な空気を放つ大木が地面から突き出す。枝の一つ一つに無数の刃が生茂る。瞬きの次の瞬間には、それらが全て俺に向かい、豪雨の如く降り注ぐ。
俺は臆する事なく烈火旭日で正面からぶつかり合う。ひたすらに攻撃を当て続け、その一つ一つを打ち落としていく。
「良いですか? 今まではあなたの力を測る為手を抜いていたんです。ここからは私の100%! 正真正銘の全力で、あなたを叩き潰してあげましょう!」
プルートは嘲笑うように演舞の出力を上昇させる。
ここで攻撃が荒々しさを増した。その一つ一つが重く、剣を弾き飛ばされるほどの衝撃がまとわりつく。気を抜けば肉体など細切れ、今のままでは凌げない。
剣を握る手が次第に重くなる。感覚が鈍る。ここに来てのプルートの本気は苛烈を極め、俺の全力をいくらぶつけたところで、届きはしない。
「言い返す余裕も無くなってきましたね? ひははははははは! 素直に絶望しなさい。もう積んでるんですよ」
少しずつではダメだ……空気の摩擦すら利用しろ! 勢いを限界まで研ぎ澄ませ! 俺の後ろには沢山の傷付いた者たちがいる。一歩を踏み出せ、たった一歩でいい。
それだけで、俺の心は、大きく前進する。恐怖を心の炉にくべ、勇気を燃やせ、もっと……もっと、もっと、もっと、もっと!!
「うおおぉぉぉぉーーー!」
「む?貴様……その眼は!?」
プルートが一瞬怯む、その隙を逃す手はない。
足を一歩踏み込み、手を大きく突き出す。力が足の爪先から、足を伝い、体を伝い、体から手へ、切っ先へと、電光石火の如き速度で突き抜ける。
そして……次の瞬間! 『ドスドス』と鈍く貫く音と共に、剣葉林が燃え上がる。
「おのれ…忌々しい!」
プルートは爪を使い攻撃を凌ぐ。高い金属音と共に、打ち合いが始まる。だが……ここまでの攻撃で剣は熱を帯び、刀身が燃え上がる。
「演舞日ノ神楽……一瞬の煌めきーー閃火螢日」
瞬間的に刀身が強い輝きを放ち、その刹那に対象を通り抜ける一筋。
「がはっ!? なぜ、お前風情がその力を?」
俺は全ての爪を一刀両断し、プルートの腹部にも僅かながら一太刀を浴びせた。追撃を嫌ったのか瞬時に後に切り返しす。
ダメ元で剣を振るったが、その刀身は空を切った。プルートに血が滴る様子はないが、ダメージは確実に入っている。
「簡単な話だ。王宮騎士団の人たちが、魔法師団のみんなが、冒険者の者たちが、アイツとその仲間たちが、そして何よりルナが、俺を後押ししてくれている」
周りの様子を見るに、街の避難は終わっているようだ。撤退した皆が、先導してくれたらしい。感謝だな……これで思いっきり戦える。
「絆が繋がり合い、大きな輪になり、それが俺に力をくれる。俺は1人じゃない、一人で戦ってるお前に俺が負ける道理は一つも無い」
俺はようやく気付けた。例えカグラでも仲間がいた。勇者と言う、余りにも大きい重荷と存在に、俺自身が押しつぶされていたんだ。
「非常に不愉快。吐き気を伴う茶番……絆などと言う不確定な物を、魔王である私が認める訳にはいきません。しかし見過ごせないのも事実。なので……」
プルートが魔力を集中し始める。俺も魔力を集中して、次の衝突に備える。
「あなたには、ここで死んでもらいましょう。出来る限り残酷で凄惨で、悲劇的にね」
ヤツの魔法の構えと共に、俺も発動の構えに入る。まだ追い詰めるには程遠い、だが手応えはある。
「冥府魔道をさ迷いし亡者の魂よ、我が糧となりかの者を討ち滅ぼせ……インフェルノ・ソウル・キャノン!」
「火すら焼き尽くす最強の炎、太陽に熱をここに……アポロン!」
炎の球体と、怨嗟の念のぶつかり合いにより、ここに来て一番の衝撃が発生する。建物は崩れ、瓦礫は吹き飛び、破片は宙を舞う。
強烈な破裂音に乗せられた大きな爆風と共に、大地は焼かれ空を焦がす。大量の水蒸気と砂煙を纏い、猛烈な爆風が吹き荒れ、その場のあらゆる物を飲み込んでいく。
攻撃が相殺され奪われた視界の中、まだ瓦礫の残っている方へ走り出し、次の攻撃に備える。ヤツはこの程度では終わらない。きっと次の攻撃に何か仕掛けてくる。
俺は揺り籠へと手を当てる。恐らくこの剣ではプルートは倒せない。カグラの刀が必要になる。
「カグラ……今だけでいい、お前の刀と力を、俺に貸してくれ!」
プルートがいたと思われる場所から少し離れた位置で、火球がいくつも飛んでくる。瓦礫を盾に回り込み、滑り込み、転がり込む。俺は立ち上がり走り出す。煙が晴れるまでこの作業を繰り返す。
チャンスは必ず訪れる。体力が回復してる分俺の方が有利だ。このまま魔力を使い切ってくれればありがたいが……低級魔法でそれは望めない。俺は次の攻撃のために闘気を高める。
そうこうしているうちに煙が晴れる。
「演舞冥ノ舞…… 無数の剣の刃よ道を成し罪人を引き裂けーー地獄のその一つ刀刃路!」
プルートの叫びにより、地面から突き出した刃が、髑髏や骨が道を形成するように迫り来る。その姿はおぞましく、まさに地獄の廻廊そのもの。罪人を引き込み、細切れに引き裂く。
「演舞日ノ神楽…… ゆらり揺らめく日ノ虚い、踊り引き裂く見えざる刃ーー薄刃陽炎!」
俺は闘気を集中し、その回廊を駆け上がる。
やがて、薄刃陽炎の刃が火花を散らしながらぶつかる。俺は髑髏を足場とし、時折飛び出してくる刃の道を、受け流しながらプルートへ接近する。
「しぶとい、人間の分際で……出力全開! 細切れになって消え去りなさい!」
道が折りたたむように軋む。まだだ、薄刃陽炎はここから一段ギアを上げる。
「人は弱き者だ。だからこそ手を取って、壁を乗り越え、心を通わす……生きるために!!」
陽炎の如く、俺は消え失せ、次の刹那、プルートの前へ出る。その瞬間無数の見えざる刃を展開、プルートに降り注ぐ。
「ああ……やはりあなたは」
最後の瞬間何かを呟くも、その斬撃の中、笑うようにプルートは消えていった。




