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持たざる者

 その日は青白い月明かりが幻想的な明るい夜だった。

 

 小動物や虫の鳴き声すら聞こえず、静寂が辺包み込む。


 だがその一角にて百も数えぬ頃に、まるで似つかわしく無い光景が広がる。そこには血塗れの男が倒れ、息も絶え絶えに空を見上げる。


 どうやら崖の上から転げ落ちてきたようで、一見軽装の冒険者のような格好をしている。


 戦闘があったのだろう。鋭利な何かに引き裂かれたような痕や焼けた痕が見られ、早急に治療を行わねば確実に死という結果が訪れる。


 その胸元ではペンダントのような物が淡く光を放ち、何かを伝えようとしているようにも感じた。


「お……ひゅっ……に……」


 まともに言葉を発することすら出来ず、その命の灯火は弱々しく風が吹いた程度で消えようとしていた。


 その間も、時は流れ、月明かりは暗雲に隠れ、世界は闇に包まれ始める。


 やがて男のペンダントから光も消え、男の反応も心臓も止まった頃ーー暗雲から僅かな月明かりがさし男の前に影が現れる。


 男の位置からは逆光になり姿は見える事はない、最も意識も無く、視覚は出来ない状態にある。


「手遅れでしたか……しかしこの者は一体……なるほど……印は……ようですね」


 小声で呟くように言葉を繰り返すものの、表情は険しく焦りのような感情が見え隠れする。影の主は徐に何かと会話をするようなそぶりを見せ、男を見つめた後に何かを決心したように行動を起こす。


 後に吟遊詩人に語られる。


 導きの双星と虚な女神の軌跡(きせき)が世界を救う、英雄譚が始まろうとしていた。



 時は(さかのぼ)り、太陽が頭上に輝く頃、1人の青年がガイア王国の王都アースに戻ってきた。


 その男の黒髪は短めでボサッと癖があり、若干の吊り目、鼻の筋は通っていて、顔は整っていると言えなくもない。獣の皮をなめした軽装、動き易さ重視の装備をしている。


 早朝に狩りに出かけ、今日1番の獲物を手に、一直線にある場所を目指す。


 暫くすると目的の場所にたどり着く。あまり大きくはないが、店主はしっかりしているし、街の評判もいい。肉を買うなら、ここで間違い無いと大体の人は答えるだろう。


 小さな肉屋にて青年は男の店主を発見。声をかける。


「頼むセイヤ、10ゼルで良いから買い取ってくれ」


 青年の傍には仕留めたばかりと思われるボアファング、鋭い牙で雑食の獣が横たわる。


 周りの通行人の目は冷ややかで、よく思っていないようだが人の往来である商店街でそのような物を置かれては、当然の反応と言えなくも無い。


 一方で、青年の左手の甲を見て反応する者もいるようだが、本人は気にはしていない。


「ウチは買い取りはして無いんだが、ユウセイは何度説明すれば分かってくれるんだ」


 声だけで誰か気付き、店内から顔を出す。これで何度目かの嫌味をぶつける。


「それは分かっている。他は話しすら聞いてくれないから、お前に格安で頼んでるんじゃないか」


「ソレは分かっていないっていうんだぜ?」


 セイヤと呼ばれる店主も呆れながら、分かっていないと嘆きながらも邪険には出来ない。


「お前はほんと昔からそうな?」


 店主も出来れば買い取ってやりたい。しかし冒険者ギルドとの契約上好き勝手なやり取りは許されていない。


 この店は獣の肉を取り扱う比率が多く、ギルドからの斡旋により肉を仕入れているため、安さの問題では無く契約の問題である。


「なら、冒険者になれば良いだろうが、ボアファングと言ったら討伐依頼で100ゼルは下らないぞ」


 セイヤは呆れるように言い聞かせる。しかし青年は納得していない。こうなったユウセイは面倒なのだが、ダメ元で話を続ける。


「俺が言うのもなんだが、10ゼルぽっちじゃ昼飯1食が良いところだ。お前はそこそこ強いんだから、いい加減カグラの誘いを受けろよ」


 セイヤはとある人物の名を口にする。この国で誰も知らぬ者がいない有名人の名だ。


「やめろ……神託のない奴なんて足を引っ張るだけだ。人には身の丈に合った生き方ってのがある」


 拒絶するようなユウセイの眼差しはどこか寂しそうで、少し冷めたていて、17歳の青年とは思えぬ表情をしていた。


 神託は誰にでも現れるもので、10歳の時に神から授けられると言われている。左手の甲に発現するそれは、身体能力を高める物や思考領域の拡張など様々である。


 そしてどんなに遅れても11歳を迎える前に発現するものであり、それ以降に発現した事例は報告されていない。更に不機嫌そうに口を開く。


「それにアザ無し(アザナー)は不吉の象徴、例え推薦があろうと冒険者にはなれない」


 神託なき者はアザ無し(アザナー)と呼ばれ家督を継ぐ事が許されない。聖職者などからは忌子(いみご)と呼ばれ、厄災を引き寄せる呪われた子とされる。


「確かにそうは言われてるがお前は17になるんだろ。神託がない者は13までに死ぬと言われてるが、お前はまだ生きている」


 セイヤが言う事はもっともだ。しかしなぜ死ぬか、不明な点も多いのも事実。


「悪運が強いだけだ」


 最後までユウセイは全てを否定し、セイヤが頭をかきむしると、それ以上の事は言わなくなった。何度も繰り返されたやりとりだが、今日も平行線を越える事はない。


「そんなだからユウセイは頭が固いって言われるんだ」


「カグラが言ってたのか」


 セイヤは小さく呟いたつもりがユウセイに聞こえていたらしく、言葉の出所を追求してきた。本人も分かっていて聞いているようで、面倒と思いながらも流すことにした。


「独り言だ……それよりも、白銀の亡霊の噂を聞いた事があるか」


「そうかよ……それにしても亡霊とは随分と物騒だな、取り敢えず詳しく聞こうか」


 無理矢理に話題を変えた事に思うところもあるようだが、引っ掛かりを感じたらしくユウセイは興味を持ち始めた。


 聞いた話をまとめるとこうだ。


 亡霊と言うのは目撃者が付けた名で、実際の所はよく分かっていないらしい。確かなことと言えば、視覚出来る者は少なく見えても直ぐ消えてしまう。


「ギルドへの報告はされてるのか、アンデッドの類となると一般人じゃ対処できないだろ?」


 下位のアンデッドならいざ知らず。リッチやレイスの可能性も捨てきれない。


「でも情報が少な過ぎるとギルドも動かないから、厳しそうだな。聖水があれば襲われても逃げ切れそうだが強い個体だと効果が薄いから、まずは調査依頼の名目で出しておくのが無難だと思うぞ?」


 直ぐに意見が出てくるあたり流石と言った所である。ユウセイは冒険者で無いものの戦いの知識は豊富で、神託さえあれば冒険者としてそれなりに名を馳せたと思われる。


「ーーユウセイ、頼みがあるんだが」


「そうだな300ゼルで聞いてやらんこともないぞ?」


 ーー即断即決。セイヤは少々面をくらう。しかし余りにも具体的な数字に、心当たりはあれどそこに結びつくとは思えない。


「即答とは驚きだが俺の言いたい事は分かっているんだよな?」


 少々心配になったセイヤは、ユウセイに確認をとる。明らかに用意された回答と呼べる。


「嫁の実家の近くロロナ村で白銀の亡霊が出た」


 セイヤの眉がわずかに跳ねる……少なくとも、訂正はしない。そのまま聞き入る。


「亡霊はその名の通り白銀の腰まで伸びる長髪で、蒼眼の美女だ。その美しさ故に野次馬が後を絶たない」


 次第にセイヤは顔を逸らし始める。その表情には恥ずかしさか焦りか、判断に迷う。


「無類の女好きである父親が放って置くわけもない、これ以上説明は要るか」


 止めの一撃にセイヤは顔を机に伏せる。もうお手上げと降参の姿勢を見せる。


「無いな……と言いたい所だが俺より詳しい癖に知らん振りとは人が悪い。だが義理の父の話をした覚えは無いぞ?」


 想像以上の返答に舌を巻くも、ふに落ちない点がいくつかある。


「お前が嫁と付き合っている時に散々聞かされたからな、酒を飲むのはいいが、飲まれるなよ?」


 ユウセイの嫌気が差すような表情に、全てを理解する。


 あの時浮かれていた自分や、つい飲み過ぎて口が軽くなっていた自分に激しく後悔する。それでも知られてしまったものは仕方ないので、反省しつつ開き直る事にした。


「ああそうだな、重く受け止める事にする。それで……ボアファングだが、俺の方で処分しとくよ」


 セイヤは形式上の処置として、処分という形にした。


「ああよろしくな」


 ユウセイの軽い返事に、セイヤはしてやられたと思いつつも、ボアファングのお釣りが来るなら仕方ないと報酬を取り出し、前払いする。


「いやーーいつも悪いな」


 ユウセイがニヤニヤとセイヤに軽口を言うと、苦笑いしながらそれに答える。


「何言ってんだ頼み事しいてるのは俺だ。これくらいするさ」


 報酬を懐にしまうと、セイヤに別れを告げようとする。


「さて、それじゃあ俺も準備があるし行ってくる」


 ユウセイは立ち去ろうとするも、1つの影が2人のもとに訪れようとしていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] もう少し指摘させてください。 基本的に世界観に入り込めるようにモンスター等の説明は出した方がいいかもしれません。
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