勇気の神託
次々に陣が組まれ、プルートに対し包囲していく。数にして30人強だろうか? 冒険者、騎士団、傭兵、魔法師団、多くの人が集う。
「前衛はれる奴は俺について来い。今回盾持ちや、新米は魔道士を守れ! コレはあくまで時間稼ぎだ! 無理はするなよ? 負傷したら後ろに下がって回復魔法!」
団長の指揮のもと騎士団が仕掛けていく。動きも洗練されており、安定感がある。
「カムイ、あたしたちはユウセイのとこに行くわよ!」
「どさくさに紛れて余計なことすんな! 俺たちは前衛行くぞ。じゃあなカンナ、後衛頼むわ」
「いってらー、ボチボチ頑張る」
カグヤ、カムイ、カンナの3人。今はこの騒がしさも懐かしく感じる。ちゃんと生き残って、説明責任……果たさないとな。
「鬱陶しい、演舞冥ノ舞……冥界の剣」
空に黒雲が立ち込め、禍々しい刃が現れる。急降下し、地表を標的に襲いかかる。
「前衛様たちお下がりください……合唱魔法! カイゼルノヴァ!」
魔法師団の放つ上級魔法……集団で詠唱することにより、個では扱えぬほどの力を引き出す。燃え上がる炎が激しくぶつかり合い、大気が揺れる。
「みなさん堪えて下さい……なんて力。もっと魔力を」
「……手伝う。私、魔力多い」
押し切られるかと思われた時、カンナが魔力師団に加わる。なんとか均衡を保ち、攻撃は相殺された。その隙を突き、団長が攻撃を叩き込む。
「演舞剣ノ舞……岩窟剣!」
「鬱陶しい……デビルクロウズ!」
しかし軽々と攻撃は押し返される。決定打には全く届かず、紙一重で戦線は維持される。早くも疲弊の色が出始め、時は一刻を争う。
俺の傷はと言うと……まだ時間がかかりそうだ。
「戦いを見守るのも良いですが、大事な話があります。あなたの神託の話です」
戦いを見守ることしかできない俺をルナが引き戻す……。
「それは、俺も気になっていた。よく分からないことに、引き出せたり引き出せなかったり……力が安定しない」
「それは……」
ルナは僅かに考えるようなそぶりを見せる。言うべきかどうか、そう悩んでいるのかも知れない。それでも決心がついたのか、静かに口を開く。
「もうお気付きかと思いますが、神託には色……特色と言うモノが存在します。獣の神託なら身体能力の向上、トリガーとして闘争心と言う負の感情」
ルナが語るのは、一般的な知識としてごく当たり前のこと。俺は余計な口を挟まずに、その話に耳を傾ける。
「ユウセイあなたは自分がどの時に力が落ちたと感じましたか?」
ルナからの問いかけに、ふと考える……。戦いが始まった時は体が軽くなったようで、世界の時間が緩やかに見える程に視界は鮮明だった。
プルートとの戦いが始まってもそうだ。カグラの仇よりも、この王都を滅茶苦茶にしたプルートを許せない。止めると言う気持ちが強かった。
視線を神託へと傾ける。感情がトリガーとなっているのは疑いようもないだろう。感情が力を生むなら、逆もまた然り。感情が力を失わせると言える。
「俺はプルートの強さに少しの戸惑いを覚え、カグラの仲間のカグヤとの突然の接触に……」
その先の言葉は吐き出すのを躊躇った。それを口にしたら最後、俺の心は折れてしまうのかも知れない。
「負の感情と正の感情は表裏一体……しかし、その感情を否定しないでください。勇気と蛮勇が違うように、恐怖と絶望も違う」
ルナが俺の手を取る。小さく弱々しく、強く握れば砕けていまいそうなほど、繊細で華奢にもかかわらずその手は力強く……何より温かった。
「恐怖を知るからこそ勇気は強く輝きます。絶望を振り払い、恐怖を乗り越えなさい。蛮勇を正し、勇気を示しなさい。少なくともあの者たちは、あなたの行いに突き動かされた者たちです」
体が軽くなっていくのを感じる。回復魔法が効いているから? 体の傷が治ったから? 休み疲労が回復したから? どれも違う。
「ユウセイ、あなたが誰よりもあなた自身である限り、勇気の神託はあなたの力になります。この国に、絶望を喰らい肥大化した世界に、あなたの価値を示しなさい」
ルナの言葉で俺は一度瞳を閉じた。勇気の神託……俺の中に眠るもう一つの恐怖。
記憶の彼方にある俺の名前の意味を思い出す。『太陽歯車いや……遊星歯車のように歯車同士、誰かと誰かを繋ぐ架け橋になれ』誰が言ったかは覚えていない。
当時記憶の戻っていない俺はその意味を理解できていなかった。
父や母かも知れないが、物心ついた頃には俺は1人だった。名付け親は誰かすら知らない。孤児院で育つも、仲の良かった者たちは神託出ないのを知った途端態度を変える。院長もそうだし、辛くはなかった。
何よりカグラがいたがカグヤは親が俺から引き剥がように連れて行った。再開したのはカグラが勇者になった時か?
何にせよ……時間が巻き戻ることはない。後悔先に立たず。だからコレからは、後悔のないようにやると決めたんだ。
『あとは頼んだぜ……ユウセイ』
俺は目蓋を開く。聞こえる筈はない、コレは俺の幻聴でただの思い込みだ。それでも肩に感じる僅かな温もりを、否定することはしたくない。
目蓋を閉じればあの笑顔を思い出すことも容易にできる。ソレでも……。
俺は揺り籠を強く握り締める。魔法陣が消え、正真正銘完全回復を意味する。
「そうだな……強くなるではなく、強くあれ! 勇気こそが俺の武器だと言うのなら、俺は世界を希望で照らす、太陽になる」
誰かが後ろで倒れる音が聞こえる。俺が回復するまで、魔力をずっと消費し続けてくれた。後で必ず駆けつける。
「そこのアンタ! ルナを、彼女を頼む!」
「あ、ああ! アンタも頼んだぞ! アイツを倒してくれ!」
後ろで傷を癒していた冒険者にルナを頼む。申し訳ないが、ルナの状態は良くない。
「ひははははははは!」
「くそ……これ以上は、うおっ!?」
戦況が崩壊を始める『バキンッ』と高い音あげ、団長の剣が空高く弾かれる。俺は手を伸ばし、落ちてきた剣を掴み取る。距離が近く魔法では巻き込んでしまう。
「そこまでだプルート!」
「チッ!! 邪魔なんですよ!」
剣と爪がぶつかり合い、『キリキリ』と高い金属音が鳴り響く。お大声で斬りかかる俺を無視できなかったらしく、幸い騎士団長は無事にその場を離れた。
「あなたもしつこいですね……今度こそ完全に息の根を止めて差し上げましょう」
「俺は諦めない……大事なものは、もう奪わせない!」
俺とプルート、正真正銘最後……王都の、王国の命運を賭けた戦いが始まろうとしていた。




