星拳八景
ふざけた言動で勘違いしそうになるが、純粋な闘気の力は最高点で鷹侯ファホークに届く。何も対策せずに受ければ、やられるのは俺だ。
「一応確認なんだが、あの男を倒せば仕事とやらは終わるんだな?」
「そう言うのは倒してから言ってよね。言っとくけど刃物は御法度だから……コレ使って」
「さっさと終わらす……次もあるみたいだしな」
少なくとも意味のない事には思えない。あのオベロンがどこまで考えているかは知らないが、探らせてもらう事にしよう。心許無い木剣を受け取ると、手で叩いて強度を確かめた。
「そうそう、男の癖に物分かりが良くて助かる助かる。じゃあ任せたから、くれぐれも双星だってバレないようにね?」
眼を細めながら揶揄い気味に答える。俺は渋々頷くとツバキは手で行けと追い払う。
「お前じゃないが、俺も鬱憤が溜まっていたところだ……」
俺は標的を定め十メートルはある距壁を滑り降りて行く。いまだに俺に気づく気配は無く拳を振り上げ勝利宣言をしている。
文句など言わせない。一瞬で終わらせてやる────。
闘気を木剣に這わせ、足に闘気を込めて脚力を強化する。瞬時に蹴り上げ一気に距離を詰めると、振り下ろす刀身が男の背中を頭上を捉えた。
「ガッハハハハハハ! 楽しいねえ……こんな生きのいい挑戦者は久しぶりだ少年!!」
男が上を見上げると、寸でのところで木剣は停止する。十分に鍛え上げられ、肥大化した剛腕は容易く俺の一撃を受け止めた。
「わお……あれを止めちゃうんだ。思ったより楽しめそうじゃん」
遠くからツバキの声が耳に届く。不思議に思い俺は辺りを見渡す。
「ちょっと反則技であんたにあたしの言葉を送ってるから、それより注意した方がいいよ。とびきりの一撃が飛んでくるから────」
その言葉に意識を戻すと男は狂気じみた笑顔で強く拳を握る。込められた闘気が溢れ出し、今まさに炸裂する直前だった。
「他所を見ている暇などあるのか少年よ!! 俺にもっとお前の力を見せてみろ!!!!」
僅かに背筋が騒つく。闘気を刀身に集めて、強度を極限まで高めた。
「演舞拳ノ舞──星拳八景“火”」
刀身に拳が触れた途端、凄まじい勢いで炎が飛び出した。みしりと軋む音がして咄嗟に刀身をずらす。行き場を失った拳は、容赦無く俺の顔に降り掛かる。
「何だあ? そんなんじゃファイトが足りねえだろうよおおおおお!!」
「────────ッ!!」
ズドンと大きな音と共に、衝撃が闘技場全体に響き渡る。額から熱を吹き出し、鼻をすり抜け顎へと伝う。ひび割れたタイルに血潮が染み込む。
「うわーまともに食らってんじゃん。痛そー……もっと真面目にやんないと」
身震いするような言い方で、ツバキの声が脳に響く。俺は男を一睨みすると男の手を掴む。
「少年じゃ無い……俺はユウセイだ────お前のファイトとやらに付き合ってやる!」
軽く腹部に蹴りを入れると、ぐらりと体幹が揺れ俺は大きく距離をとった。男は男は嬉しそうに腹を押さえ、品定めのように全身に視線がいく。
「いいじゃねえの……久々の上物だ────!! 俺の名はタタラだぜユウセイ、それじゃあ戦いの続きだ!!」
直ぐに足を踏みしめると、真っ直ぐに俺に突っ込んでくる。周囲の観客も立ち上がり、食い入るように俺たちを見詰めた。
「おおおおお!? 久々の殴り込みか!? しかもあれで平気な顔してるとは結構やるぜ!!」
「やっちまえタタラ! お前に全財産賭けるから全力で叩き潰せよ!!」
「外野は黙ってな……こりゃあ簡単には終わらねえぜ? お前もそう思うだろ!?」
「さあな、それはお前次第じゃ無いか?」
俺はタタラに向かい踏み込み、拳が打ち込まれるタイミングで左に右へと寸でで躱す。土煙を上げながら動きを眼で追い出し抜き、額へと木剣を叩き込んだ。
タタラはガクンと一瞬グラつくと裏拳で払い、俺はその手も剣で弾き落とす。踏み込み切先を突き立てたところで急停止し、突き上げられた足が俺の前髪を掠めた。
横から足の踵で薙ぎ払うと、タタラの踵がぶつかり合い互いに距離を置く。
観客が息を飲むと同時に会場は静まり返る。冷たい風が俺たちにの間に吹くと、髪のない頭をつるりと掻き上げた。
「何よ演舞使わなくてもすっっっごく強いじゃん。あたしまで手に汗握るわ……ところであの搔き上げに何の意味があったの?」
俺が知るか……スキンヘッドの心境など知る余地も無い。そんな事よりマッチョでエルフの巨体とか言う馬鹿げた設定に突っ込みたい。反則というよりもはや別の生き物だろ!
「それで基本的な闘気の操作だけかよ。末恐ろしいなあ……俺がもっと出せばお前も出すか!!」
さっきよりも圧倒的に早い踏み込みで俺の前に現れる。
「演舞拳ノ舞──星拳八景“土”!」
大地を抉りながら振り上げた拳を俺は踏み締めその勢いと共に高く────太陽を背に跳び上がる。
「そう来るか……でも拳ならこっちの手も開いてるんだぜえええええ!!!!」
握りしめたもう片方が黄金に光り輝く。太陽の輝きに勝るとも劣らない光で、手の平で乱反射を繰り返した。
「演舞拳ノ舞──星拳八景“金”!」
闘気の質が増してきている。俺は刀身の闘気を更に増していき、落下の速度もプラスし脳天に振り下ろした。その衝撃で土煙が巻き起こり外野への視界は完全に塞がる。
バキッと音を立てて、木剣は真っ二つに折れた。俺は眼を見開きその頭を見つめる。すると薄い粘膜のようなものが見えた。
「闘気を頭に張ったんだ。多少でも生身とは大違いだろおおおお!!」
拳が振り下ろされる刹那に……俺は折れた木剣をキャッチし、切先と刀身に闘気を巡らせた。狭間の世界で瞬間的にのみ力を解放する。
「演舞月ノ舞──映し出すは確固たる幻、何人たりとも触れる事叶わず、鏡花水月!」
「すげえなあ! ユウセイお前ほんとは何者だ!!!!」
拳をすり抜け、肩へと折れた切っ先が食い込む。タタラは苦悶の表情を浮かべると尚も踏み込んで外した拳を突き出した。俺はトドメの一撃を折れた木剣で放つ。刀身は燃え上がり、切っ先が元の長さまで伸びていく。
「演舞日ノ神楽── ゆらり揺らめく日ノ虚い、踊り引き裂く見えざる刃、薄刃陽炎!」
拳と炎の刃はぶつかり合い流れるようにタタラへと進む。着地と同時に木剣は燃え尽きて、土煙が晴れると同時に灰になった。静かな空に隷属印の砕ける音が響くと、一気に歓声が巻き起こる。




