勇者の物語
プルートは再び笑みを浮かべ、両手を広げた。それになんの意図があるかは分からない。
「そう警戒しないでください。感心してるのですよ? 片眼とはいえ、正の力をそこまで発揮した勇者は見たことがありません。誇っていいでしょう。惜しむらくはもう片方……なぜ青に染まらないんです?」
ルナはそんなことは言っていなかった。いや、プルートのペースに乗せようとしてる可能性もある。今は戦いに集中したい。
「答える必要はない、お前には関係のない事だ」
地面を大きく蹴り上げ瞬きの間に距離を詰める。無駄な思考を削れ、研ぎ澄ませ、忘れるな、死ぬ気で思い出せ。俺はまだ弱い、掴むまで何度も繰り返すんだ。
右手で剣を振り上げ左手で魔力を込める。
「せっかちですね〜〜もっと楽しみましょうよ?」
「貫け……フレイムアロー!」
俺が放った火の矢を左の爪で弾き、右の爪で剣を受け止める。押し合いになれば両手に爪のあるプルートに軍配が上がり、爪の一撃が容赦なく突きつけられる。
避ける暇なく俺の体を爪が貫く、プルートは笑みを浮かべ、俺は致命傷を負った……ように見えた。
「ん〜〜? コレは?」
ギリギリの戦いで詠唱する時間は殆どない。当然完全に詠唱すれば威力は飛躍的に上昇する。最小限に抑え、隙をつく。
「演舞日ノ舞……揺らめけーー陽炎!」
死角からの鋭い一撃を叩き込む。届かせる。この思いを切っ先に、覚悟を一撃に乗せる。
「演舞冥ノ舞……煉獄ノ鎌!」
無数の鎌が我先にと俺に向かい降り注ぐ。くそ! いやまだだ! 諦めるな、死ぬ気でくらいつけ!!
「演舞日ノ神楽……薄刃陽炎!」
死線を超えろ、もっとその先に……一太刀また一太刀と受け流していく。攻撃の終わったはずの鎌が二の太刀を繰り出す。
ソレでも俺は受け流す。少しずつ攻撃を擦り始める。尚も俺は受け流すことを止めない。
やがて刀身が赤く熱を帯びる。その頃には剣を握るのも辛くなってくる。だからこそ、さらに強く握りしめる。
「しぶといですよ〜〜早く倒れなさい!」
「倒れるのはお前だ、プルート!」
無数の鎌が一度に振り下ろされ、受け流し切れないほどの攻撃が俺に降り注ぐ。しかし次の瞬間……それらは粉々に砕かれ、その見えざる刃がプルートに降り注ぐ!
「お、おおおおおおおおお!?」
刃がプルートをとらえ、斬撃の渦が飲み込んでいく。剣にヒビが入り、バラバラと砕け散る。俺は柄を地面に落とし、魔力を両手に込める。魔王はコレくらいじゃ倒れない、もしカグラならこの程度じゃ手傷にもならない。
「火すら焼き尽くす最強の炎……太陽の熱をここに、アポロン!!」
超高温の球体の出現に、大気は焼け熱風が吹き荒ぶ。口を開くと乾いた空気が喉を焦がし、声がかすれる。ソレは着弾と同時に大地を揺らし、プルートごと周囲を焼き尽くす。
「ひゃはははははははははは! まさかここまでとは油断しました!」
何がおかしい……不気味な笑い声を上げ、プルートが炎の中に沈んでいく。メラメラと燃え盛るソレは、やがて消え去る。残ったのは黒こげになった後と、溶けてマグマとなった大地と……一つの影だった。
「……そんなバカな」
プルートがその中心に立ち尽くす。
そんなバカなことがあるか!? あの攻撃を凌いだのはいい。死にはしないと思っていた。だからって殆どダメージがないだと? 魔王とは、ソレほどの存在だっていうのか?
「ひゃ……ははははははははは! この高揚感いつぶりでしょうか? 嬉しくて脳が溶けてしまいそうですよ!」
空気に飲まれるな。早く武器を……すまんカグラ、またお前の刀を使わせてもらうぞ! 手を揺り籠当てる……その時。
「ユウセイ?」
聞き覚えのある声に、心臓が跳ね上がり、背中が凍りつく、足がすくむ。
なんで今なんだと問答を繰り返すも、手から力が抜けていく。神託の光が失われていき、完全に消失する。
「良かった……って魔王いるじゃん! カグラもいるんでしょ? だから言ったのよ。カグラなら大丈夫だって。あ、今はソレどころじゃないわよね!」
探し物が見つかったような笑顔で俺へと近づく。彼女はカグラのパーティの一人でカグヤ。俺たちの幼馴染みでもあり……カグラに好意を抱いている。
俺は頭が真っ白になる。
俺は今何を……? ああ、早くカグラの刀を……使うのか? カグヤの前で揺り籠から取り出せって言うのか?
「教えてあげたらどうです? ……あなたのせいでカグラは死にましたよ〜〜って」
俺はプルートの囁きで我にかえり、手を伸ばす。しかしソレはプルートに阻まれる。強烈な蹴りが腹部を直撃し、メキメキと鈍い音を立てて吹き飛ぶ。
「がっは!? ぶ……ふぁ!」
建物の壁に直撃し、口から血が溢れ出す。不味い、早く起き上がらないと次の攻撃に備えられない。適当でも良い、俺は左手に魔力を込める。
「燃やせ……ファイヤーボール!」
十数発の炎弾がプルートへ降り注ぐ。とにかく隙を、この状況を変える。
「ほほほっ……さっきのキレはどうしたのですか?デビルズクロウ!」
プルートは炎弾をモノともせず、5メートルあった距離を、僅か一歩で詰める。
「く……演舞日ノ神楽……陽ろ」
剣に手を伸ばそうとするもその手は空を切る。完全に初歩的なミス。ソレすら忘れるほど精神的に追い詰められていた。
「ちょ、攻撃が激しすぎて近づけない」
カグヤが声を発するたびにカグラがちらつく。手が震え……力抜け……思考が鈍る。
「く……つ」
来なくていい。今は守る余裕はない。言葉にする余裕はなく、思いは空へ消えゆく。
「ほほほほほほほほほほう!」
鋭利な爪が体に食い込む。ソレが次々と浴び知られ、血飛沫が瓦礫を彩る。
致命傷は紙一重で回避するも、次々に斬撃を浴び続けると体制を立て直そうにも、ピタリと張り付かれ無惨にも崩れ落ちる。
いくら追い詰められようと神託は反応を示さない……どうして俺に力をかしてくれない。
「ふむ、私の見込み違いでしたか? 所詮は擬きですね♪」
意識が遠のいて行き、プルートのセリフにすら反応できない。そこに一つの影が現れ俺の前に立つように現れる。
誰だろう……霞がかかる視界にぼんやりと影が浮かぶ。
「あなたは何をやっているのですか?」
声の主を見上げる……ルナ? 追いついたのか? ダメだ、プルートはルナを探していたはずだ。このままでは殺されてしまう。それだけはダメだ。
「に……に、逃げ……ろ!」
傷付くのは俺だけでいい、もう誰も犠牲にさせない!!そこをどけ、早くしないと手遅れになる。俺は死ぬ気で立ち上がる……死ぬ気で手を伸ばす。
「ユウセイ、このーー大馬鹿者!」
何かが俺の頬を直撃し、謎の痛みが残る。鼓膜が破れる……耳鳴りが左の耳から右の耳を突き抜け、貫通している。その衝撃で再び地に伏せる。
「な……何を?」
俺はこんなことをしてる場合じゃないのに、なんで邪魔をする?
「癒しの力……森羅万象を導き、この者を癒せ!! エクスペリエンス・キュア!」
ルナの一言で、俺を中心に魔法陣が形成され、瞬時に痛みが引いていく。コレは回復魔法の上級魔法か? 視界も色を取り戻し、瞳にはっきりと写る。そこには目を見開くほど信じられない光景が広がる。
「ではみなさん予定通りお願いします」
そこには、ここに来る道中で助けた騎士団や冒険者……そして、カグラの仲間たちがいた。
「おうよ! ここ一帯の魔物や魔獣はぶっ潰した。時間稼ぎしてやるぜ」
「ユウセイ悪いな……カグヤの馬鹿が突っ走ったせいで迷惑かけただろ?」
「ちょっとおー! あたしは早く援軍にって」
「んなことより早くやろーぜ?」
一人一人が俺の肩を叩き、みなが俺を守るよに前に出ていく。俺はどうしていいか戸惑う、立ち上がろうとするもルナに肩を押さえられる。俺が力を抜くと、完全回復に向け、魔力の出力を上げる。
「ガハハハ! 嬢ちゃんに感謝するんだな、俺たちを必死に説得しにきたんだぜ?」
騎士団長が俺の後ろから現れる。誰もがボロボロで、長く戦えるような状態ではない。
「余計なことはいいです。早く始めてください」
ルナも態度こそ乾いているものの、どれだけの手を尽くしてくれたかなど計り知れない。忠告を無視し、一人で突っ走った俺のことを考えてくれていた。
本当に俺は……誰かに貰ってばかりだ。でも今回のは悪い気はしない。何問題は解決していない。絶望そのものだ。にもかかわらず、言葉にできない感情が溢れ出す。俺のせいで誰かが死ぬかも知れない。それなのに……ただただ嬉しい。
頬から熱を帯びたものが流れ落ちるのに時間はかからなかった。
「敗北者を守るために雑魚がどれだけ集まろうと変わりませんよ〜〜? あ、ソレを殺した者だけは命を助けてあげましょう。私はなんて慈悲深いのでしょう」
コイツ、どこまで人を嘲笑うつもりだ。人を馬鹿にして笑うその行動になんの意味がある!
「お前が死ね!」
全ての声が重なり大きくこだまする。みなが一丸となり、各々の武器を構える。ある者は剣を、ある者は槍を、ある者は杖を構える。プルートはと言うと、不快に感じたのか苦虫を潰したように笑顔が引きつる。
「いやはや、囀る囀る……我は魔王ぞ!」
俺は皆の期待に応えなければならない。違う、皆の期待に応えたい! 俺は左眼に先程とは違う熱さを感じる。




