束の間
一時の緊張も束の間、なんとか切り抜けた俺たちは名工が居る町へとひたすら歩を進める。暫くすると森も抜け、不自然なほど広い空間に出た。
「にしても獣化した俺に乗って進んでもいいんじゃねえの? 森の中なら姿も見られないだろ?」
セイリオスは見るからに不満を爆発させる。足取りも乱雑になり、後ろを歩くオウカが迷惑そうだ。足場はお世辞にも良くないので、モロに影響を被った。
「まあセイリオスも落ち着いて下さい。ちょっとした耐熱ローブを羽織れば、耳など獣人の特徴も隠せますし、悪い事ばかりで無いですよ」
「そうだぞ? さっきも兵士とすれ違ったばかりだろ。事を荒立てる訳にはいかない。お前はただでさえこの国で抹殺対象だ」
一見暑そうながら魔道具の機能も兼ね備えている為、涼しく高温地帯を歩くことが出来る。安い買い物では無かったがオウカの機転が役に立った。
「そうだけどよ……なんて言うか、爽快感が無いんだよな」
気の抜けた答えにオウカが眼を細める。わなわなしながらセイリオスの鼻に指を突き立てた。
「あんた……バカな事言ってないでよ。お姉様を危険に晒したらどうするつもり? 私が言うのもなんだけど、ここは敵陣のど真ん中なの、戦争してるって自覚ある?」
「それは……そうなんだけどよお!」
俺たちを置き去りにして、二人は熱く語り続ける。セイリオスはオウカに言われたい放題言われ、ぐうの音も出ないようだ。
「セイリオスは少し抑えて下さい。それにオウカもその辺にしませんと、周りに聞こえてしまいます」
ルナの言葉で二人は熱くなる拳をそっと下ろす。結局二人を宥めながら、小一時間歩き続けた。
「それでは二人ともご飯にしましょう! 異世界では、お腹が空いてはなんとやらと言います。戦いに備え、準備しておくのも大事ですよ」
ルナが手を叩き合わせると、俺と一瞬だけ瞳が重なった。空気を変えると言う意味でも悪くないと思った俺はすぐさま準備に取り掛かる。
「オウカ、この川の水は飲めるか? 汚染されてさえいなけれな、色的に湯沸かせば問題ないと思う」
俺はそう言うと川底を覗き込み、元気よく泳いで行く魚の群れに眼を向けた。川魚が生きるのに最低限の水質は確保されている。
「わ、私!? え……っと、大丈夫じゃないかな? 結構行商人も利用する川だから、変なのは入って無いんじゃない」
オウカの言葉に俺は安心して水を掬い上げる。テキパキと準備を済ませ、次々に食材の下処理をして行く。
「ユウセイ、私も何か手伝います。流石にいつまでも見ているだけではいられませんので」
ルナの返しに一通り準備を終えた鍋を手渡す。
「ならこっちの鍋の火加減と適度に混ぜてくれ、具材が崩れないようにそっとだぞ」
恐る恐る火にかけると食い入るように鍋を見つめた。拙いながらも一生懸命に、鍋との睨み合いを始める。
「あんた意外と家庭的なとこあるのね。私の中で勇者のイメージ変わりそう」
感心するオウカに俺はナイフを差し出す。
「やってみるか?」
「いやいや、私には無理だって……やった事ないし、やる必要も無かったって言うか」
「やらなきゃ覚えないし、もしかしたら才能があるかも知れないだろ? それにこれはこれでいい経験になると思う」
渋い顔をしながらも、手にしっかりと握らせて簡単なカットを任せた。
そうこう分担して作業したため、準備は思ったより早く済む。見様見真似と慌てながらなんとか料理は完成する。
「じゃあ皿に分けたからどんどん食べていいぞ」
ゆっくりと食べ進める二人に対し、オウカの箸がぴたりと止まる。
「ああやるんじゃなかった……どうせ私は下手くそだもの」
「そうは言っても不揃いで不恰好な仕上がりね。火の通りもサイズも均等では無く、後悔するレベルよ」
「そう思うなら一回食べてみろ」
桜花の口が空いたタイミングで瞬時に押し込む。少しの間戸惑ったが、モグモグと口を動かしてゴクリと飲み込んだ。
「……あれ、美味しい?」
眼を丸くすると不思議そうに視線を向ける。
「不揃いになっても火の通し方に工夫すれば問題は無い。それでもやってみてよかったろ?」
悩みはしたものの、俺の言葉にオウカは納得して頷いてくれた。
「確かに悪くないと思う……と言うか、楽しいかも知れない」
「え? お前に料理とか似合わな────」
「────余計なこと言うんじゃありません」
ルナの言葉でセイリオスの背中を冷たい風が吹き抜ける。笑顔に努めた顔があまりにも恐ろしかった。温暖な気候だと言うのにセイリオスは身震いする。
前世で“口は災いの元”とはよく言ったものだ。結果からすれば“身から出た錆”とも言える。俺は乾いた笑いを浮かべ、その光景を見守った。
「あの頃は料理なんて考えもしなかったなぁ…………」
蚊の鳴くような声が辛うじて俺の耳に入る。オウカは強めに容器を握りしめ、唇を強く結んでいた。
「見方を変えると“世界”ってのは形を変えるものだ。魔族の差別だって似たものだと俺は思う……知らないってのは、それだけで偏見を加速させる」
知らないとは恐怖心を煽る。ありもしない想像が大きくなり、虚像が現実となる時差別は生まれる。オウカがこれで先入観を無くしてくれればいいが────。
「うん……そうかも」
迷ったような素振りを見せ、ぎこちないながらもオウカは頷いた。
「でも、魔族に関してはまだ決まらないや。流石に人生の全てを覆せってのは時間が足りないかな」
だが、国を挙げての差別の徹底は、人の心に根を張りめぐらせていた。困った笑顔が否応無しに俺の心に突き刺さる。
「でもあんたも変だよね。わざわざ私にそんな事悟そうとしたんでしょ? 別に私は孤立しようと構わないよ。そこまで気にしてないから」
そう簡単にいかないか……。
「ユウセイ、何か様子がおかしいです!」
話に夢中になっていたせいか、辺りに立ち込める闘気に気づかないでいた。言われて俺は初めて気づく。
「周りを囲まれているのか……!? しかもこの数は」
「おいユウセイ! 火焔帝国の兵士だ。俺たちの場所がばれたのかも知れない」
そんなヘマをした記憶はない。いや、さっき兵士が来た時気づいていて追ってきたのか?
今は考えても仕方がない。気づかないふりをしたまま即座に戦闘態勢を取った。




