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燃え盛る大地

 早々に旅立った俺たちは道中これと言った問題も起きる事なく、境界へと辿り着く。穏やかな水の流れとは一変して、灼熱のマグマ沸る極地へと景色は一変する。線でも引いて分けたような異質な様は見えない壁があるのではと錯覚すら覚えた。


 俺は片足を踏み込み、地理の違いを確かめる。高温に高まる岩は、まるで灼熱の鉄板を歩かされているようだ。


「こんなところどうやって歩いていけばいいんだ。遠回りするにしても、まともに通れる保証がない」


 俺は果てしなく続く燃え盛る大地を眺めながらぼやく。ルナたちも頭を悩ませ、思わぬ足止めに少しだけ気が触れた。


「私も来るのは初めてです。どの道順でもここ避けて通って来ましたので、正直お手上げですね」


「それはまた……」


 噴煙に覆われた空を見上げ、俺は乾いた笑いを漏らす。


「そんなこと言ったってどうすんだよ……今更引き返すのか?」


 セイリオスのうんざりした顔で余計に気分が落ち込む。試しにと石ころを投げ、赤熱した岩盤に落ちようもなら即座に溶け出して底へと沈んでいった。


「そんな時間はありません。ただセイリオスの言うように、方法が無いわけでもありません」


「回りくどい言い方だな。可能性があるなら、少しでも話してほしい」


 バツが悪い言い方をするルナに、俺は強めに頼み込んだ。俺だって考えているが、情報があまりにも不足している。猫の手も借りたい状況だ。


「そうですね……少しだけ、例えば足の裏に『闘気を張る』などと言ったことが出来れば可能かと思われます」


「残念だがそれはさっき試してみた。当たり前のように熱だけ伝わって、足が丸焼きになるかと……」


 俺の言葉にセイリオスは身震いし、ルナは再び考え込んだ。


 手詰まりで八方塞がり……どうすべきか悩んだ時、俺の頭で一つの可能性が浮かんだ。


「ルナに聞きたいんだが、ウロボロスの力とやらは今の俺でも多少は使えると思うか?」


「それは────今答えなければ、いけない質問でしょうか……?」


 一瞬の揺らぎも無く、淡々と、ルナは質問に質問を返した。幾分かトーンの下がった声と、その心のうちは計り知れず、セイリオスが俺たちの顔を交互に見合う。


「その時が今だ」


「本当は言うつもりは無かったのですがね。どうしてもと言うなら……答えましょう」


 俺は重くなった空気にごくりと喉を鳴らす。口の中が異様に渇き、パサパサとした空気が今にも喉に詰まりそうだ。


「結論から言いますと私には分かりません。と言うよりも、この知識は私たちの範疇を超えてしまっているのです」


「詰まり……いや、神ですら予見出来なかった結果が今なら、相応であると考えるべきか────」


 予感はしていたものの、ルナの口から聞き出すことは出来ない。俺は落胆に近い感情が芽生え、別の可能性を探ろうとした。


「でも確信があります。ユウセイならきっと竜や龍と繋がることが出来ます。そもそもの力の源は勇気の信託に行き着くからです。それが変わることはありません」


「そう簡単に見つかる種族じゃ無いはずだ。しかし────この溶岩地帯には多く生息している。規格外の魔物たちがゴロゴロとな」


「詰まり神託の不思議パワーってことか……!?」


 理解しているのしていないのか……セイリオスは気の抜けた発言で間に入ってきた。


「その解釈で概ね問題ありません。しかし事は私たちから大きく逸脱しているのです。一言で片付くほど簡単で無いのも事実です」


 視線を泳がせ再び考え込むセイリオスにルナは優しく微笑む。


「そんな力が有ろうが無かろうが、火焔帝国の兵士たちは別の方法でここを渡っていると考えるのが自然でしょう……どれだけ考えようとその方法は無理がありますよ」


「……気になった事を聞いただけだ。期待したわけじゃ無い。変な聞き方をして悪かったな」


 最終的には濁したような結果で話は終わる。どちらにせよ振り出しで、頭を悩ませた頃に忘れていた女が眼を覚ます。


「あれ? ここは────なんで私こんな所に? ロッカ?」


 女は寝ぼけたような素振りで、素早く手を振り上げる。その手は振り下ろされる事なく、俺の手でしっかりと握られた。


「寝たふりでは無いか……寝起きが悪いにしても悪い冗談だと思わないか?」


「離せ馬鹿野郎……!! お前の指図なんて受けるか畜生!!」


 あまりの口の悪さに頭を抱えたくなる。当たり散らす視線を向けられ、手を振り解こうと必死に暴れるも、びくともしない様子に焦りの色が浮かんだ。

 

「丁度良かったな。俺たちは今からここを渡るんだが、お前にはその方法を教えてもらう。当然拒否権はない」


「誰がお前なんかに教えるか! 分かったらさっさと解放しろボケナス!!」


 取り付く島もない様子に気が滅入りそうになるが、この機会を逃す手はない。そう感じたのはルナも同じらしく、俺の横でクスリと笑った。


「そうですか……では仕方ありません。言う事を聞いていただけなければ、私たちにもそれ相応の答えと言うものがあります」


 ルナの言葉に女は力を無くしていき、みるみる内に顔が青ざめていく。何を想像したのか瞳には涙を浮かべ、ガタガタと体が震えだす。


「は……? 何をするって? できるもんならやってみろよ。そんな事しても私はお前らなんかに屈しないからな……」


 言葉とは裏腹に声は雄弁に語る。震えた声色で、なんとか絞り出した声量は、今にも消えてしまいそうなほどか細いものだ。


「セイリオス、やりなさい」


 酷く冷たいその言葉に女は肩を跳ねさせ、再び振り解こうと暴れだす。しかしセイリオスはペロリと舌舐めずりすると、ゆっくりと手を伸ばしていく。


「く、来るな半獣!! 止めろ!! 私に近寄るな!!」


「いいんだな? ()っちまっても────」


 女の動悸(どうき)は激しくなっていき、息を詰まらせたように言葉が失われる。必死に声を出そうにも、喋ることすらままならない。そんな状況だった。


「二度は言いません。すべき事をしなさい」


「はいよ女神様の言う通りに……って何の真似だ?」


 俺は体を間に挟みセイリオスを遮ると、女を見下ろした。びくりと一瞬体が震えるのを確認すると耳元に口を近づける。


「最後のチャンスだ。大人しく話すか……それとも地獄を味わうか?」 


 俺は助け舟を出す事にした。女の中で答えは決まっていて、必死に喉を震わせ、張り裂けそうな心臓を必死に宥めると、か細い声を張る。


「は、話しますから……どうかお助け下さい」


 その言葉に心で安堵し、あくまで悟られないようにその言葉に耳を傾けた。

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