紋章学者
外見は肩まで掛かる茶色みがかったショートヘアーに、顔は童顔気味か? 視力が低いのか眼鏡をかけている。
贅沢品の眼鏡を付けているのを見るに、こんな所で行き倒れているのが怪し過ぎる気もするがどうしたものか。てか何でメガネってあんなに高いんだろうな、1000ゼル、円で換算すると10万くらいか? エグいな。
「ほら、水でも飲めば少しは空腹が紛れるだろ?」
幸いにも先程ルナに飲ませた残りがまだ有る。懐から水袋を取り出し、謎の少女に差し出す。
「あ……ああ、あ」
手をプリプルと小刻みに震わせ、生まれたての子鹿のようになっているが、手をしっかりと握り水袋を掴ませる。飲み口をねじ込み、『ゴキュゴキュ』と鬼気迫る勢いで乱暴に流し込む。
「ふう……ありがとう少年。少し落ち着いたよ」
自分の方が大人だと主張したいのだろうが、アンタも見た目じゃ、大して変わらないように見える……と言うのは黙っておこう。
「ソレは何よりだ」
とは言っても気休めになれば良い程度。調達が簡単な物を探すしか無いか。小動物がいればいい方、木の実か……最悪野草だな。
周りを見渡すも道以外は一面草原が広がっている。川もなく鳥達も森にいるのか、少し考えた方がいいな。
「ルナ、俺は何か食料になりそうな物を取ってくるから、彼女の事頼めるか?」
「え、分かりました。なら火を起こす準備をしておきますので、どれくらいで戻って来れますか?」
どうやら面を食らったようで反応が鈍く、少々の間がある。少し嫌そうにも見えたが、見捨てる気だった訳じゃ無いよな?
口には出さないものの若干の不安を覚える。いやよそう…考え過ぎと捨て置いた方がいい。
「ユウセイ?どうしました?」
長考していると、ルナに顔を覗き込まれていた。
「ん?ああ、今から起こしてもらって構わない。その頃には戻る」
急な接近に『ビクッと』しながらも、要件を伝えその場を離れた。幸いここには食料になりそうな生き物や植物が無いこともないし、サクッと済ませる。
そうは言っても火を通す必要はありそうなので、多少の手間は掛かると見ていいな。
「ユウセイ」
「ルナ、なんで付いてくる?」
後ろから声をかけられて、思わず変な反応をしそうになった。
「火の番は任せて来ました。ソレに彼女がいたら話しづらい内容があります」
後ろを振り返ると、少女は手を振っていた。襲われる心配は無いだろうし、いいか……。
「司祭を操っていたのが隷属印に関係しているのは間違い無いと思います。なので最終目標は神界にたどり着く事になります」
神界……ルナ達神が住う場所。今は行き来が出来なくなっていて、不可侵領域になってる。まさに難攻不落の城って所か、その前に勇者も戦って魔王を倒して……。
俺は悩む。勝てる勝てないでなく、やることが多すぎて、どこから手をつけて良いのか皆目見当が及ばない。
そんな俺を見かねてか、ルナがこちらを伺うように、言葉を紡ぐ。
「目下の行き先は海王諸侯同盟が望ましいです」
「気が進まないが、一応理由を聞いてもいいか?」
「蒼海の勇者カイトは、勇者の中でも1番話が通じると思います。何より彼は剛の剣の使い手です」
詰まり俺に戦って剣を学べって所か?中々な無茶振りをする。
「あの子を王都に連れて行く……ソレからでもいいか?」
ルナの顔を伺う、納得はして無いって視線が突き刺さるが、コレばかりは俺も譲れない。
「はあ、1日だけです。ちゃんとした宿を取るのも大事ですし、私も湯浴みをしたいので」
遂に折れたのか、許可を得る。コレでセイヤに会う事は出来るか……貰った中身のコレについても色々聞きたいしな。
「ありがとう……」
俺は素直に感謝の意を伝える。
「何に感謝されているのか分かりません。ただ、追手だけは十分注意して下さい」
コレもルナなりの優しさなのだろう。ルナはそれだけ伝え、少女の元に戻って行った。
その後は取った木の実を食べてもらい、その間に食事の準備をした。
食事はいたってシンプル。仕留めた鳥の肉を塩と香草で臭みを取り、同時に味付け。あとはいて完成だ食事は無言で進み、食べ終える頃に少女が口を開く。
「ふう、助かったよ。危うくこんな所で、餓死する所だった」
ヘラヘラとしているが、割と洒落にならない事を言っている。
「ああ、申し遅れたが私はセイン、紋章学の専門家だ」
何かを思い出すように、自信の胸部を左手でおさえる。
「俺はユウセイでこっちはルナだ。俺たちは冒険者みたいなモノだと思って良い。ソレで、紋章学ってなんだ?」
聞きなれない単語に話を聞き返す。専門家と言ったが、余りにも若すぎる気もする。
「そうか、ここら辺だと神託って呼び名が一般的だったね」
両手を張り合わせ、セインは嬉々として紋章、神託について語る。
神託?いや、呼び名に違いがあるのか?聞いた事はないが、ルナはこの事を知ってるんだよな?横目で覗くと、一瞬だけコチラに目配せする。
「神託、聖印、紋章、エンブレム、痣、シンボルなど呼び方は様々ですが、全ては同じモノです……コレでよろしいでしょうか?」
俺が密かに視線を向けたのに気づいたのか、一通りの説明をしてくれた。ルナが知ってるとなれば間違いは無いのかもしれない。
「そうそう、お姉さんも結構知ってるね?まあ私は父の後を継いで、研究に没頭してる訳さ、報酬は微々たるものだよ?」
手振り身振りで、体全体を使い表現をするその様は何とも言え無い。奇怪、は言い過ぎだが、わざとらしく感じる。
「ソレと行き倒れと何の関係がある?」
セインが学者だってのは良いとして、そこが釈然としない。何が目的でこんな場所に1人でいたのかが問題だ。当然護衛も付けずに。
「まだ見ぬ紋章を求めて、王都から遥々やって来たのさ……という訳で君の紋章を見せてもらうよ」
条件反射で手を逸らそうとするが、俺は凄まじいスピードで手を掴まれる。
「つれないじゃないか……もっと私に見せてくれよ」
今にもぐへへへと聞こえて聞きそうな顔をする。
「断る! お前の目が血走っていて怖い!」
こちらの意見などどこ吹く風の如く。体を晒し、手を移動させるも、ぬるりと体を滑りこませるように手に絡みつく。
「おお……コレは珍しい! 人族には余り見られない特徴が有るぞおおおおぉ!」
「ルナ、コイツはやばい奴だ。助けてくれ!」
俺の叫びは虚しく、興奮したセインに引き摺り込まれていく。手持ちの書類と何度も照らし合わせ、観察していく。
「楽しそうですねー。コレからはその子と旅をされてはどうですか?」
正直ふざけてる場合ではないんだが、怒ってるのか? いやルナに限ってそれは無いよな?
「ペロペロッ!ペロペロペロペロ!あげ!?」
セインの騒ぎがうるさい。ルナは躊躇なく鍋で後頭部を叩く、『ゴツっと』鈍い音がしたが聞かなかった事にする。
「茶番は終わったでしょうし、話を続けますか」
正面から倒れ込んだ為、顔が草むらに突っ伏している状態にある。一つ確かなのはルナを怒らせてはいけないと言う教訓を得た事だ。
「乱暴にしちゃらめえ……ぇ」
「詰まり……足りないと仰りますか?」
無表情で鍋を振り上げる。ソレに怯え、セインは慌てて起き上がり、素早く距離を取る。
「ちょ、ちょ、ちょちょ! 待った! 私が悪かった。その物騒な物を下げてくれないか!?」
「次は有りませんよ?」
ルナも鍋を下に置き、用意した石の上に腰を下ろすと、話を聞く体制を作る。セインも落ち着き、ゆっくり腰を下ろす事で場の空気はようやく落ち着きを取り戻す。
「やれやれ……勇者殿の仲間は血の気が多いね?」
刹那、俺の思考が止まる。コイツは何を言った?勇者だと!? 神託を見ただけでそこまで分かったのか?
「その沈黙は肯定と捉えても良いのかな?否定しようと紋章見れば分かる話だけど……ああ、神託って呼び名が、分かりやすいんだったね」
さっきまでの砕けた空気が一変する。獲物を捕らえた獣のように、その牙を突き立て食い込ませる。瞳は鋭く、品定めをするかのような気持ち悪さが有る。
「何が狙いだ?俺達に接触した所で何も良い事はないぞ?」
「そうでも無いさ、ソレに価値が有るか無いかは自分で判断するよ。少なくとも……こんな面白い形は初めてだ」
懐から紙とペンを取り出して模写を行なっている。時折何かを呟きながら、子供のように無邪気に目を輝かせる。人物像がまるで一致しない。
「うーん。コレは何だ? どれとも一致しない? まるで……」
「私達は王都に至急戻らねばなりません。妨害の意思はない……で、構いませんね?」
ルナはセインの思考を無理矢理遮るように話を切り出す。得体の知れない何かなのは間違いない。ソレでも、敵意はないように思える。
「ああそうだね……構わないよ?私もそろそろ戻らないと不味いしね」
ルナの話をあっさりと受け入れ、進路を王都へ向け歩き出す。俺は何か引っ掛かりのようなモノを覚えながらも、その歩みを進めた。




