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王都 へスペラス

 数時間の後夜が明ける頃に、俺たちは王都がへスペラスの入り口に到着した。あれから一晩走り続けたせいかセイリオスの獣化が解け、その場で倒れ込む。


「つ、着いたぞ……調子に乗って無理したからもう動けねえよ」


「お疲れ様です。ゆっくり休んで下さい」


「無理させて悪かったな。背負うから少し我慢してくれよ」


 背負い上げると背中で寝息が聞こえ、眠りについたのだと理解した。


「疲れているようですから、宿に連れて行きましょう。早朝ですが頼めば入れてくれるはずです」


「そうだな、門番に断られなければだが…………」


「ふふふ、門番にはいい思い出がありませんでしたね」


 お互いに苦笑いが溢れる。冗談を言い合いながら門の前に立つ。


 門に近付くと、いくつもの山々が並び立った要塞に圧倒される。海王の王都は孤島を王都にしていた。それを考えるとそれぞれのそれぞれの特色が出るのかも知れない。


「山に蝙蝠(こうもり)の獣人が三人……敵意はないみたいだが、警戒されてるな」


 重厚な門は誰も居ない。見上げると何やらこちらを見ながら話し合っているように思える。


「あれは焦りのようにも見えますね。私たちが来て何か不味いとでも言うのでしょうか? 一人の獣人が中心部に飛び去りましたよ……まだ降りて来ませんね」


 そうしていると、一人の獣人が勢いよく飛び降りて来た。


「導きの双星様ですね!? 噂はここ王都にまで届いています!! 今門を開けさせますのでそれまで私の話にお付き合い願えばと思います!! 何か気になった点はございませんでしょうか!!」 


「声がデカイ……」


 朝から脳を揺らすような声で、それは山から跳ね返り二度三度響いた。


「まずは落ち着きましょう? ゆっくり話していただければ構いませんので……」


「こ、これは女神様まで!? 挨拶が遅れ申し訳ありません!! 田舎のおふくろに自慢したいと思います!!」


 テンパっていると一目で分かりほどに落ち着きがない。正直困り果てていると門がゆっくりと開いていき、王都を一望する。


「盆地と言うやつか、それもここまでの広さを確保するのは一苦労だったろうに……」


 感心しながら街並みを観察する。中は平で、住むにはなんら不自由はなさそうだ。


「お、王宮にお連れしますのべっ────!?」


「噛みましたよ」


「実況しなくていい……もっと話の通じる誰かは居ないものか……」


 俺たちが困り果てていると、兵士たちが顔を出す。


「失礼しました。このような事は二度となきよう努力致します」


「ほら行くぞ。だからお前は出るなって言ったのに……」


「一体なんだったんだ……そもそも俺たちは自由でいいのか?」


 嵐のように過ぎ去った兵士たちを眺め途方に暮れていると、城から一人の影が迫り来る。


「次から次へと……いや、これは────」


「ユウセイの神託が光ったとすれば、一人しかあり得ませんね」


 神託の共鳴により、その人物は俺たちの前に飛び降りる。少しは立場を考え、城で構えていて欲しいものだが魔王ってのは誰しも行動力があるらしい。


「明けの明星に立ち寄るなら、(わたくし)に一声掛けて下さってもよろしかったですのよ?」


 ダークゴシックに身を包み、朝焼けに金色のサイドテールをなびかせ、赤い瞳を光らせる。魔王の登場に周囲の魔族たちが首を垂れ膝をつく。


 少し見ない間に眼が柔らかくなった印象を受ける。色々な呪縛から解き放たれて少しずつ自分を取り戻しているのかも知れない。


「忙しい魔王様を煩わせるのはどうかと思っていた。元気そうで何よりだ」


 そう言うとアースラはたちまち妖しげな笑みを浮かべる。


「あら、余所余所しい呼び方をされては妬けてしまいますわね? ただ……ふふふふふ、その笑みに免じて今回だけは不問としますわ」


 唇にぺろりと舌を這わすと、横から突き刺さるような視線を感じる。顔を向けると、軽蔑の眼差しでルナが見ていた。


「無自覚も結構ですが、度が過ぎると可愛げがありませんよ?」


 顔が笑っているのに眼が笑っていない。光を失ったような眼球がより一層寒気を引き立てる。


「女神が負の気を放ったらダメだろ」


「なんの事です? 自分の言葉を思い返してみればよろしいかと思います」


 とにかくこの場を離れようと一歩を踏み出すも、トラックにでも引きずられるように袖を掴まれる。振り返ると、ルナとヴィーナスがそれぞれ片方ずつを握り締めていた。


「冗談はここまでにして城に行きますよ。勇者と女神が汚れた体のままうろつくつもりですか?」


「私も少々擦り合わせたい案件がありますの……従っていただきますのよ」


 逆らうと言う選択肢は完全に消え去った。そこからはただ言われるまま運ばれる。何が冗談で本当かなど微塵も理解しない内に有無すら言わさず事は進んでいく。


 成り行きのまま流された結果……城の大浴場で一人寂しく湯船に浸かった。


「男の使用人が居なかったせいか、ほとんど使われなかったんだから勿体無いな」


 周囲を見渡しても金をあしらったゴージャスな設備ばかりだ。タイルは金、石鹸も金、桶も金、タオルも金と至れり尽くせりだが……一際眼を引くものがある。


「金の鹿威(ししおど)しはあり得ないだろ……そもそもここは風呂だぞ」


 あまりのおかしさに絶句する。違和感を通り越して、気持ち悪さすら覚えるからだ。


 この世界は偶におかしい文化が根付いている。西洋東洋関係なくごちゃ混ぜだったり、概念そのものが崩壊していることも珍しくない。


「にしても無駄に広い風呂場で鹿威しの音を聞いていると、余計静けさが虚しくなるな」


「寂しいのは分かりますが、さっきから声がダダ漏れですよ」


 壁の向こう側からルナの声がはっきりと聞こえた。俺はだらけた体を起こす。


「しょうがないだろ、セイリオスは獣人族用に連れてかれたし、少しでも寂しさを紛らわせたいしな」


「でしたら私がそちらに行きましょうか?」


「────────は?」


 突然の問題発言に酔狂な声が漏れた。


「あ、少し想像しましたね?」


「あのな……変なことを言うなら俺はもう上がる」


 想像してしまった自分も含めて少し腹を立て、身を乗り出す。


「冗談です。それくらいの分別はできています。ですが……少し話をしませんか?」


 ルナの問いかけにふと考え直し、もう一度湯船に戻ると話が聞こえてくる壁に向かって寄り掛かる。




 

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