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魔葉樹の群生地

 太陽が照りつける中、俺とルナは焼けた砂丘をひたすらに進む。道中の魔物や魔獣との戦闘を経て、ウェヌス魔境国との境界に辿り着いた。


 来た道を見渡し、額の汗を拭う。水袋を取り出し、最後の一口を注ぎ込んだ。


「思ったよりも早かったな。しかし、給水出来る場所があればいいんだが────」


 ルナも僅かに眉を潜め、一口だけ飲む。僅かに残りはあるものの、尽きるのは時間の問題だった。


「仕方ありません。人里は殆どありませんでしたし、海水を飲む訳にもいきませんから……」


 俺は境界に視線を向ける。海王諸侯同盟に来た時も思ったが、はっきりと分かれ、土地の保つエネルギー……闘気に近いものを肌で感じた。覚醒により得た感覚は、常人とかけ離れているだけでなく、世界の(ことわり)に近づいているとルナは言う。


「ちなみに許可証を持っていないが、越えて構わないんだよな?」


「問題ありません。“スピーカー”をご存知でしょう? 各所に用意され、ヴィーナス直々に指命令が下ります」 


 あれか……この世界の科学力を超えてしまっている産物は国々で管理されているらしいが、例に漏れず門外不出の通信設備という訳だ。


 そうこう考えている内に、俺たちは踏み越える。その瞬間体を突き抜ける衝動にかられた。


「上手く言えないが、負の気に満ちている。境界と言うのは、悪戯に作られている訳ではないんだな?」


「当然です。それぞれの国において、土地や物にも闘気は宿ります。カイトやヴィーナスもそれぞれの演舞を最大限に活かせる素材で、武器を作っていたのをご存知でしょう?」


 思い返せば、闘気の流れが自然だったのを思い出す。あそこまで滑らかな操作は、素材の相性にも直結していた。


「ですからユウセイの剣が保たないのも当然なのです。抵抗が大きく、物質そのものを崩壊させてしまう────」


 ルナの話で段々と見えてきた。大きな勘違いだ。俺がルナと出会った夜に魔獣戦で日ノ神楽を使った際に、剣が溶けたのは演舞の抵抗により、電熱が発生したに等しかったと言うことになる。炎の力でなく、反発による崩壊────。


 今から俺たちが取りに行く陽光鉄の重要性は一気に跳ね上がった。これが無ければ、本当の意味で戦うことなど出来ない……。


「感謝か……また会えたなら、素直にお礼を言うとしよう」


「それがよろしいかと……今の彼女なら、喜びますよ」


 そんな話をしている内に、肌寒さに顔を顰める。これも境界を越えた際の変化で、暑さなど何処かへ消え去った。


「あれは川だな……しかも森の中に続いている」


 嫌な雰囲気だ。昼間だと言うのに薄暗く、何より殺気に満ちている。漂う血の匂いと、濃い負の気が織り成す地獄の入り口。差し詰め俺たちは招かれざる客という訳だ。


「迂回する方法もあります。その場合は半日以上時間が無駄になりますがね」


「要らない挑発だ。魔獣が何体いようと、俺たちが負ける事はありえない。何より喉がカラカラだ」


 俺の返答にくすりと笑う。苦笑いをしながら口を開いた。


「言っておきますが、水は汚染されて飲めたものではありません。湯沸かしても、無駄ですよ?」


「それは本当なのか? もう少し考えて飲むべきだったか……」


 その衝撃に表情が歪む。水が飲めないとなると、死活問題で地獄を味わう事になる。


「それでも心配はいりません。汚染のない上流を目指しましょう。幸いそう遠くありません」


 ルナが指を指す方角をみると、森が途切れているのが見える。目視で五キロメートルと言ったところだろう。とは言え、“魔葉樹(まようじゅ)”の森を抜けるのには、確かな実力が求められる。


「日が落ちる前に抜けたい。あんな所で野宿は勘弁だからな」


「私も気分のいいものではありませんし、その意見には賛成ですね」


 俺は腰の二振りの剣に手を当て、森の入り口の踏み込む。


「初めて入るが、ここまで異質な雰囲気だとは────」


 木々が密集していて、足元は落ち葉と、たまに何かの骨が転がっている。獲物の骨か、又は魔獣の骨か……弱肉強食の森にて繰り広げられる命のやり取り、俺たちはその参加者となった。


「ユウセイ気付きましたか?」


「どうもこうもない。いくらなんでも……」


 前方の茂みが僅かに動くと同時に、全長一メートルほどの、狼型魔物が飛び出す。血に飢えた形相で、よだれを撒き散らした。俺は腰の剣に手を掛ける。


「“全部”見えている。この程度の小物(ざこ)に遅れは無い」


「GAAAAA……u!?」


 引き抜き突き立てた切っ先が魔物の頭蓋をブチ抜く。動きは無く即死だった。こびり付いた血を払い、先へと進んで行く。


「お見事です……しかし、派手にやりましたね」


 ルナは飛び散る肉片などを見て、口元を押さえる。血の匂いが絶えず漂うこの森で、これくらいは必要だと思ったからだ。


「周りに多く気配があったからな。様子見してる奴らに教えてやったんだよ……なまじ知能が高いから通じる手だ」


「それで襲って来ないんですね。確かにあれを見せられれば、下手に手は出せないです」


 俺の読みが合っていれば、ここを統括するボスが居ると思う。しかし現状は動きがない。考え過ぎならいいが……。


 その後進むもなりたての魔物や、知能が低い個体が度々襲い掛かり、数は百を超えていた。剣を鞘に収めようと戻した時、何かに引っ掛かりを覚える。


「血が固まってくっ付いたか、この攻撃もいい加減────」


 周囲の魔獣が一斉に退去して行く。


 何故だ? 今更恐れをなした? いや違う……待っていたのか、この瞬間を狙い弱い魔物を誘導していた。


「GAAAAA────!!」


 ピクリとルナが反応する。どうやら俺たちが作戦にはまっていたらしい。その巨躯は五メートルの木々を見下ろし姿を表す。煮えたぎる真紅の甲殻に、蜥蜴を超え見た目は竜と呼べるまでに昇華していた。


「ロック・サラマンドラの最上位種、ヴォルカ・ドラグーンですね。滅多に見かけない大物ですけど、どうしますか?」


「決まっている。もうここまで来たら、なるようにしかならないさ……」


 なにかとこの種は俺と縁があるらしい。竜を誘き寄せるフェロモンでも発してるんじゃないか? とは言え自分で言って馬鹿馬鹿しい。


 俺が視線を逸らした途端に、竜は地を蹴り上げる。その体格から想像もできないほどのスピードで間合いを一気に詰めた。


 剣の柄に手を添えて、伝達する闘気が剛炎となり鞘から吹き出す。


「演舞日ノ神楽──閃火螢日(せんかほたるび)!」


 俺はなんの抵抗も無く刀身を抜き去る。一瞬の閃光が切っ先で燻り、刹那に強い輝きを放つ────。


 竜は噴き上げる。口からマグマの吐血を出し、理解の追いつかぬまま絶命した。


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