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世界の頂きに立つ者

 戦いが終わり、ルナの元へ向かう。遊んでいた訳では無いが、流石に1人にするのは不味かったかと少し後悔する。しかしその心配は杞憂(きゆう)に終わる。


「ルナ! 無事か? こっちは片付いたぞ」


「問題ありません……こちらも、もう終わります」


 あの司祭は弱くは無かったはず。ルナは神の力は失ったと言っていたが、魔力操作に関してはかなりのモノだった。思ったよりもやるな、冒険者としても十分やっていけそうだ。


「彼は及びませんでしたか……神に見放されるとは、哀れな者です」


「強がるのも良いが、そんなボロボロでは何の説得力も無いな」


 満身創痍と言った状態にも関わらず、司祭は余裕の表情を見せる。またあの実とやらを使うつもりなら厄介だが、許すつもりはない。


「そう警戒せずとも大丈夫ですよ。魔葉樹の実はもうありません」


「何故貴方があのような物を持っていたのですか? アレは人間領には無いもののはずです」


「ソレを答えるほどのマヌケに見えますかな?」


 ヴォルフ司祭は鼻で笑うかのよな態度をとる。少し妙な話だが、この男はさっきからルナに対して異常なまでの嫌悪感を持っている。何故なのか? その答えが何を指し示すのか?


 どうでもよくはないが、とりあえず動きを封じることにするか。

 

「演舞日ノ舞……木漏れ日(こもれび)、鞘打ち!」


 関節などの僅かな隙間をつく剣技。ソレが首目掛け炸裂した。当然鞘で打ったため、死ぬ心配はない。


「かはっ!? ゴホッゴホ!」


 司祭は前へ倒れ込み、苦しみもがきはじめる。喉を狙ったので魔法の詠唱は難しいだろう。


「少ししたら話を聞く。大人しくしていろ」


 司祭の背中に乗り、腕を組ませる。後は手首を掴んで、動けなくするだけだ。紐を持ち合わせておらず、とりあえずは拘束したままルナに向き合う。


「ルナ、この国の宗教はどうなっている?」


星神教(せいしんきょう)は星のワルツに出てくる勇者達を神と崇める宗教です。伝承は失われかけていますが、古の時代より続きこの世界で殆どの割合を占めます」


 俺の記憶と大差は無いか……。


「概ね俺の認識通りだな。ソレならその他の宗教の何かって事になりそうだが?」


「今の時点では何とも、宗教を隠蓑(かくれみの)にした何かの可能性も否定できませんし、憶測だけでは限界があります」


 視線を司祭に向け考える。絶対に話す気は無いのだろうが、突破口が無いとも思えない。思えばコイツはルナを魔女と呼んだ。


 根拠の無い言い掛かりだとしても、きっと何かある。


「ゴホッ……無様ですね。紛い物が何をしようと本物には勝てないと言う事ですよ! 私の神託の能力ーー降臨の力を思い知りなさい!」


 司祭の左手にある神託が輝く。俺は視線を逸らすも、空から光の柱が降り注ぎ、司祭を包んでいく。あまりの強烈な光に、俺もルナも弾き出される。


 宙を舞うように飛んだ体制から、左手で地面に突き、力を和らげる。その後なんとか着地し、俺はルナを後ろに下がらせ、司祭に注視する。


「ユウセイ」


「ああ、どうやら向こうから来てくれるらしい」


 ソレは願っても無い事だ。追い詰めればもしかしたらと思ったが、確認したいことが山ほどある。


「おお神よ!この体をご自由にお使いください!」


 ーー男はまるで祈りを捧げるように、両手を合わせ、指を通し、握りしめる。瞳をゆっくりと閉じ、天を崇めるようにそっと伸ばしていく。


 やがて光は消え、閉ざされていた瞳が開く。その目は辺りを見渡しルナを捉え、最後に俺を視界に収める。

 

「この者を通し、一部始終を見せて貰った。随分と興味深い」


 僅かに口元を緩ませる。ソレは人を超えた存在。大気が震え、肌がひりつき、背筋が冷え、纏わり付くプレッシャー…… 正に神の風格に相応しいオーラを放つ。


「俺達をどうするつもりだ?」


 神であろうソレは、優しく笑いかる。ソレはあまりにも自然的で、違和感が無く……だからこそ恐ろしく思う。


 ーー少なくとも俺はここまでに自然に笑える奴を見た事がない。


「警戒心を解きたまえ。争うつもりは無い、私はユウセイ、君と話がしたい」


 わざとらしく俺の名前を呼ぶのは、司祭を通し話も聞いていたって事だろうな。さてどう切り出すべきか。


「答えなさい……貴方が隷属印を与え、世界をおかしくしている元凶なのですか?」


 悩んでいるとルナが先に口を開く。いつもより声のトーンが高く、見るからに敵意をあらわにする。


「落ち着け……まだ向こうの意図が見えない」


 ルナの前に左手を出し、その視界を遮る。視線を逸らし、一度落ち着かせる。どんな存在か分からない以上下手に刺激はしたくない。しかし、その神とやらは微動だにしない。


「どうやら認識に大きな違いがあるようだ。私は世界の崩壊を防ぐ為、必要な事をしているに過ぎない」


 その神は世界のため、人々に隷属印を与えているとい言たげだ。


「必要な事?」


 俺は疑問を口に出し、その答えを求める。神とやらはソレを待っていたと言わんばかりで、早々に口を開く。


()()()()()()()()に説明するなら……魂の流出を抑え、流入を増やす事でバランスを保っている」


 流出を抑える?輪廻の輪は絶対だ。人は皆輪廻転生(りんねてんせい)を経て世界を廻る。ソレを覆すことは神にすら不可能な事。


 少なくとも俺はそう思う、ソレは世界の絶対的な法則。揺らぐ事のない真理。だがソレに対し、ルナは前に踏み込む。俺の手を力尽くで退かし、震えるような声で紡ぎ出す。


「まさか、向こう側にいる人々の命を奪っていると言うのですか!?」


 その顔に表情などない……それでも悲痛な叫びなのは十分に理解できる。


「初めからそう言っている。()()()()()()


 神は眉一つ動かさず、ソレが当然のように言い放つ。まるで理解のない子供に冷たく当たる大人のように、酷く、冷たく、理解を示さない眼差しだ。


 やがて宙に、魔法らしき力で二つの透明な箱のような物を作り出す。


「君にもわかりやすく説明しよう。君からみて左がこの世界、右が……君の前世の世界としよう」


 二つの箱が液体で満たされていく。7割程度入った所で注ぐのを止め、説明を再開する。


「輪廻転生により、世界から別の世界へ、魂は行き来を繰り返す。右で死ねば左に、左で死ねば右にそれぞれ生まれ変わる」


 『最も世界は数多く存在するので、この説明も適切では無い』と言いながらも話を戻す。左から右へ、右から左へ、液体の移動を繰り返し、やがて動きを止める。


「だがある時……変化が生まれた。左の世界の科学の発達、医学の進歩により、死者が大きく減る事になる」


 液体の移動を再開するも、段々と左の箱の容量が増えていく。ついには限界を迎え、破裂しそうなほどに膨張する。


「それでも輪廻転生は止まらない。命は次々と流れ込み、やがては世界の容量を超えてしまう」


 そう言うと左の箱が膨張し、大きな炸裂音とともに破裂した。箱は粉々になり、中の液体は何処かに消えてしまう。それでも右の箱は液体が減り続ける。


「片方の世界は跡形も無く消滅したが、それでも流出が止まる事はない。バランスが崩壊すれば、後は見ての通りだ」


 やがて右の箱から液体が全て失われる。全ての液体を失い、箱は崩れるように消えていった。


「残った世界もまた存在意義を失い消滅する。残ったものは無だ」


 一通りの説明は終わったようで、数秒間の沈黙が流れる。だが一つだけ、確実に確認しておかなければならないことがある。


「隷属印も同様だ。死者を減らすには戦争もコントロールする必要がある。特に勇者と魔王はいい働きをしてくれた」


「一つ聞きたい」


 俺は話を遮るも、神は手の平を差し出し、俺次を促す。


「俺とカグラは、前の世界でアンタが意図的に殺したのか?」


「ソレを否定すれば君は納得するのかな? 信用できない相手が、敵でないと言えば、それを納得し、飲み込むことができるのか?」


 する訳がない……あれが事故では無く、事故を装ったものだと言うのか。拳を握り締め、怒りが湧き出てくる。その行動に対し、男は笑みを浮かべる。


「それからコレはアドバイスだ。()()()()()()()()()()()()()()()()


「……何の話だ?」


 意図のわからないアドバイスとやらに、俺は戸惑う。全く心当たりがない。


「いずれ分かる……もっとも、これ以上やり直す事は不可能のようだがな」


 言葉を終えると、司祭の身体がぶくぶくと肥大化し、体が膨張していった。


「すまない……時間だ」


 俺は駆け出し、神へと手を伸ばす。意味深な言葉だけ残し、消えようとしていた。


「待て!! 話は終わってない!!」


 静止も意味をなさず肉体が弾け飛び、跡形も無く消え去る。


「……魂が消滅しています」


 ルナが駆け寄り、何度も確認するように、司祭がいた場所に手をかざす。何かの残滓を手繰り寄せるように、手を動かす。


「そんな事が可能なのか?」


「神なら出来ると思います。しかし、その行為は禁忌とされ、行う者などいません」


 正直さっきまでの話を受け止めきれずにいる。だが一つだけ確かな事がある。 


 空を見上げ、その先にいるであろう奴を見据える。アイツは危険だ。あの思想は間違いなく世界を滅ぼす。


 ーー俺はこの神託に誓い……必ず奴を討つ。そう決意した。


 

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