動く者たち
凄まじい勢いでユウセイを連れ去ったアルテミスを見送り、一同は来た方角に意識を向ける。
表情の厳しさから、事態は急を要する。ファホークもそれを理解した上で、首を傾げる。
「いつの間にか龍がいなくなったと思えば、女神と合流していたのか? と言うか、そもそもどこに居たんだ? 俺様たちだけ飛ばしてやる事ってなんだよ」
「その事について私はさっぱりなんだが、詳しく知ってそうなのが来るよ……」
砂埃に汚れた眼鏡を拭き取ると、そのレンズに人影が映る。
「これは皆さん豪華なお出迎えで……感謝極まると呼べば良いかな? どうでも良いか……僕は用など無いのだから────」
そこに立つ男は笑顔を貼り付け、取って付けたような挨拶を交わす。夜風に流れるローブの隙間から、紅い眼光を覗かせた。
「やっぱり君か……想定はしていたが、私としても借りを返す良い機会だと思うよ────本当にね?」
アースラの表情は穏やかで無い。赤い瞳の奥には、確かな炎が宿った。いつでも武器である英知の書に手が届き、開ける体勢を取っている。
その他各々思う事はあれど、全員が警戒してその動向に逐一神経を尖らせる。
「ああ……彼の“暴走”は残念だと思ってるよ? でも、裁きが下った。それで終わりだろ?」
「そんな簡単な問題なら私も蒸し返さない。村の事を調べたさ、そしたら出てくる出てくる────呆れ果てて書類を投げ捨てたのは初めてだ」
「それだけかい────?」
試すようんな視線で、周囲全ての者を見渡す。
「知ったていで話をされようと、僕は正しく答えることは出来ないよ。無論君の問いに関してもだ」
視線が徐にアースラに向けられる。当人は眉を潜め、言葉の意図に理解を示さない。
「こうして君の時間稼ぎも成功したわけだが……僕個人としてはもう終わりにしたいんだよね?」
手を二度叩き、鬱陶しそうにフードを下げる。髪を掻き分けると、何かを探すように人差し指を向けて行く。
その指が止まり、くすりと笑う。
「蒼海の勇者カイト……君は僕の担当じゃ無いから詳しく無いけど、君は傑作だったよ。僕が仕組んであげれば良かったな────奴隷売買とかもね?」
視線が一瞬だけヴィーナスに向けられたのを見逃さない。眼を尖らせ、ギターの弦に指を掛ける。
「ほざきましたわね────」
「沸点が低いな黄金の魔王!」
指を弾くと、大気を震わせ衝撃が音色と共に波紋となり拡散する。加えて二度三度と弾く事で波は勢いを成し、タウラスを襲う。
それを片手で受け止めようと、左をかざす。その後ろにカイトが大剣を振り上げ影を映した。
「やるならもっと分かり辛くだぞ」
右手を振り上げ剣の腹を弾き飛ばす。それに引かれ、カイトは地に這いつくばる。
「なん……だと!?」
頭上からファホークが拳を振り下ろすと、一歩後退し涼しい顔で交わす。
「演舞地ノ舞──物語ノ章、快刀乱麻!」
背後に舞う切れ端を振り上げた足で即座に踏み潰す。効力が発揮する直前のコンマ二秒……踏みしだく事で効力を失う。もう片足でファホークを後方に蹴り飛ばす。
「────────ッツ!?」
音の波は手の平に掻き消され、涼しい顔で口を開く。
「意外と冷静だったね。僕はもっと感情的に動くと────」
周囲に無数の切れ端が舞う。瞬時に理解する。これだけの闘気を戦う前から練り上げ、ずっと時を窺っていたのだと────。
「文字通り出血大サービスだ。そのすかした顔を歪めたまえ!!」
数多のページが燃え尽きると同時に、無数の刃物が周囲を埋め尽くす。同時に降り掛かり金属音が周囲に鳴り響いた。攻撃は苛烈を極め、一同が動向を見守る。
相手が勇者や魔王であったとしても、この攻撃は決定打になり得るだろう────だが、例外とは純然たる事実として存在する。
「化け物め……」
アースラは後退る。生物として正しい本能。角を突き立てた獣が、こちらを睨みつける。
「化け物? 違うだろ……僕は教皇、星者、タウラス・ペテロ、君たちが逆立ちをしようと勝てない存在さ」
牛の頭を形取った槍を突き立てると、宙で静止していた刃物が次々に砕け散る。
皆が次々に闘気を込め、解放して行く。それをニヒルな笑みで見詰めた。
そんな中優しい音が鳴り響く。背中を押すその音色は、不思議と戦う者に力を与える。
「演舞金ノ舞──調和の応援曲!」
カイトたちの動きのキレが上昇する。皆の体が一斉に軽くなり、場の空気を塗り替え、活力が溢れ出す。実感出来るほどに、力がみなぎって行く。
「約束は時に命より重いもの……言いましたもの、力になると!!」
ヴィーナスが叫ぶより僅かに早くカイトが飛び出す。蹴り上げた砂が爆発するが如く舞い上がり、切っ先に宿る闘気が蒼く光る。
「演舞海ノ舞──断流漣!」
地に叩きつけた刀身から水流が溢れ出し、波となり打ち付ける。しかしそれは牛頭槍の一振りで打ち消されれた。
視線と視線が絡み合い、そこら更に踏み込んで行く。
「一人で来るか? まあ試してみなよ。結果は見えているけどね────」
鋭い踏み込みで頭に拳を打ち込む。それを片手で止めようと伸ばした瞬間体を一気に落とし、足で腹部を蹴り払うも受け止められた。
タスラスが手を伸ばした瞬間……突き出した地面が顎を撃ち抜く。
「アース・ウォールだ。じっくり味わいたまえ!」
しかしその顔はいまだに怯みすらせず、槍の柄で壁を砕き飛ばす。破片が降下するファルホークに命中し、その顔は歪んでいった。
「…………ッガ!?」
涼しい顔で喉元に手を伸ばした瞬間カイトの闘気が一気に溢れ出した。それを警戒し、瞬時に三歩後退する。
「演舞海ノ舞──風浪風波!」
斬り払うと共に突風に乗る波が、激流に乗せ押し寄せる。槍と大剣の刀身がぶつかり合い、その衝撃は周囲の砂塵を吹き飛ばした。
「やるねえ……君は他の三人とは違いそうだ」
「そうか、ならもっと見せてやっても良いぞ────」
噴き出す闘気は尚も蒼く染め上がる。鍔迫り合いの切っ先から火花が散り、お互いに引くと即座に槍の突きを大剣に滑らせ、受け流し突き刺し、柄をくるりと回し、軌道を逸らす。切って交わして切れれての無数の豪撃を繰り出し合う。
「演舞海ノ舞──渦潮波狼!」
切っ先に渦を巻く海流が生まれ、タウラスを囲い纏わり付く。その瞬間沈黙を貫いた三人が瞬時に動き出した。
「演舞金ノ舞──軍歌の侵攻曲!」
「演舞地ノ舞──神話ノ章、天雷の剣!」
「演舞翼ノ舞──閃爪!」
爆発に飲まれ、雷に焼かれ、爪に引き裂かれ、崩れ落ちるように膝を突く。だがタウラスは何事も無かったかのように平然と立ち上がった。
「驚きはした……だがそれだけだ────超えられはしない。それが星の意思である限りね」
瞬きの間に傷は癒え、瞳から紅い涙を流す。顔に出た驚きを眺めながら、満足そうに口角を吊り上げた────。




